私は、東日本大震災の直後、毎週のように南三陸や石巻などの沿岸地域を訪れていた。壊滅的な光景を目の当たりにして、復興なんて無理じゃないかと、半ば諦めにも近い気持ちを抱いていたことを覚えている。
2011年7月9日・宮城県南三陸町志津川にて筆者撮影
しかし、瓦礫がなくなり、土地が整備され、新しい建物が建ち始めるのに、何年もかからなかった。何としてでも復興を遂げようと、多くのひとたちの情熱と努力が、原動力になったことは、言うまでもない。しかし、それでも元に戻せなかったことがある。それは、「過疎化」の勢いだ。
道路や交通機関、施設や住宅などのカタチあるものは、新しくなったが、もともと進んでいた「過疎化」の勢いは、むしろ震災によって加速されてしまった。
震災をきっかけに、戻ってきた若者たちもいたが、人口が減少し、少子高齢化が進んでいた地域を元に戻すほどではなく、震災を機にそのスピードを速めてしまった。
社会が大きな変化に見舞われると、時代の潮流は顕在化し、その流れを加速するのかも知れない。いま私たちが直面しているコロナ・ショックもまた、同様の変化を私たちにもたらすのではないかと思っている。その潮流とは、「デジタル・シフト」だ。
そんなものは、とっくに始まっているし、いまさら目新しくもないと思われるだろう。まさにその通りで、このトレンドはとっくに始まっている。「過疎化」同様、既に始まっているトレンドであり、”ゼロ”が”1”になるわけではないからこそ、一気に大きな波になって、押し寄せてくる。
そんな、「デジタル・シフト」は、「クラウド・シフト」、「ワーク・シフト」、「オーナー・シフト」の3つのシフトが重なり合って進んでゆく。
クラウド・シフト
このチャートは、オンラインでサービスを提供している企業のシステム構成図だ。業務に必要な機能は、ほぼクラウド・サービスで対応している。この会社のかたに話しを聞くと、「何も困らない」と言う。
自社の事業を実現するサービスもまたクラウドを駆使している。PaaSやFaaS、コンテナなどを駆使し、インフラの構築や運用に手間をかけずに、リソースをアプリケーションの開発や運用に振り向けているとのことだった。その目的は、サービスをいち早く起ち上げ、現場のフィードバックにいち早く対応し、改善できるようにするためだ。
汎用的な業務(コモディティ・アプリケーション)は、基本的にはSaaSにすることで、自分たちの負担を減らし、ビジネスを差別化する独自性の高い業務(ストラテジック・アプリケーション)は、クラウド環境で内製化する。そんなメリハリが、これからのシステムの定式となってゆくだろう。
この背景にあるのは、不確実性の増大だ。変化に即応できる俊敏性が、企業の死命を制す。そして、ビジネスは、「モノが主役」から「サービスが主役」の時代へと変わろうとしている。サービスの実装はソフトウエアであり、変化への即応力は、ソフトウエアの開発や改善のスピード、運用の俊敏性にかかっている。
この要件を充足するには、クラウドを最大限に活用する以外に手段はない。
こんなことを申し上げると、「オンプレミスはなくなる」とか、「人間の仕事が奪われる」と過剰反応する人もいるが、そんなことを申し上げるつもりはない。
「クラウド利用を前提に、システムのあり方やビジネスの仕組みを再定義する」
当然、大量のデータが発生する現場や低遅延を求められるアプリケーションをクラウドにシフトすることは難しい。ホスピタリティや戦略的判断などは、人間にしかできないことだ。しかし、いまのビジネス・プロセスや人間の役割は、クラウドがなかった時代の常識を前提としている。この常識を上書きすべき時が来ているということだ。
コロナ・ショックによって、人の移動が制限され、「モノが主役」から「サービスが主役」への勢いをさらに加速することとなるだろう。そうなれば、クラウドへの対応の如何が、企業の生命線となる。そんな、「クラウド・シフト」が、加速する。
ワーク・シフト
「”ズーム(?)”で、打ち合わせですか?それって、クラウドですよね?クラウドなら、うちでは使えません。」
うそのような本当の話を聞いた。インターネットの先にあるサービスは、ことごとく使えないという。使えるサービスも限定されていて、しかもVPNを経由したVDI環境に限られている。
「在宅勤務になったのですが、社員が一斉に社外からVPNセッションを張ろうとするので、何時間たってもつながりません。VDIなので、つながらなければ仕事にもならず、VPNを使わなくていいオフィスに出社して仕事をしています。」
クラウドが、日常となっていない企業は、いまこんな現実に向きあっている。
一方で、こんな会社もある。
「社内にサーバーがなく全てSaaSのツールを利用しており、インターネットさえ繋がればどこでも仕事ができる」
サーバーワークスのエンジニア氏が、自分のパソコンが壊れてしまい、代替機を使って何も困ることなく仕事を続けられた経験をブログに投稿していた。サーバーワークスは、早い段階からリモートワークに切り替えているが、何ら支障なく業務を遂行できていると聞いている。
「緊急事態宣言」が出されたことで、出社を含む外出の自粛が強く求められている。これまで、リモートワークに慎重だった企業も、なし崩し的に対応せざるを得なくなった。いろいろと不便はあるものの、とりあえずやってみると何とかなることを実感した人たちは多いだろう。
一方で、都心部に構えた立派なオフィスへ、満員電車に乗って「痛勤」することが、プライドでありブランドだと信じていた価値観が、崩れ去った人もまた多いだろう。なによりも、「仕事とはオフィスに出ること」でしかなかった人たちにとっては、アイデンティティの崩壊をもたらしているはずだ。
紙の書類がなければ仕事の状況がつかめない。ハンコを押さなくては、決済も手続きもできない。お客様には、紙の請求書にハンコを押して郵送しなければならないなど、デジタルだけでは完結できない現実にも直面している。
コロナ・ショックが収束した暁には、リモートワークは減少するだろうが、完全に戻ることはないだろう。むしろ、リモートワークの制約をなくすための取り組みが進み、ワークスタイルのひとつのオプションとして、定着することになるはずだ。
その鍵を握るのが、「徹底したペーパーレス」だ。ワークフローから紙を一切排除することで、物理的な場所に制約されることなく仕事ができるようになる。通勤の負担が減少することで、仕事の生産性は上がるだろう。働く時間の自由度が増せば、育児や介護に時間を使わなければならない人にも戦力として、活躍してもらうことができる。会社に対するエンゲージメントも高まる。
一方で、従業員は、達成目標へのコミットメントやセルフマネージメントの能力が問われることになる。自律した個人、自律したチームに権限を委譲し、即決即断でビジネスを回してゆくことが、求められる。そうなれば、マネージメントは、現場への深い信頼と成果に対するコミットメントを大切にするという考え方を持たなくてはならない。つまり、従業員の時間を管理するのではなく、従業員の信頼とやる気を管理することが、役割となる。定時での退社や出社、年功序列といった、時間を前提とした労働制度やマネージメントスタイルは、変更を余儀なくされる。
また、「徹底したペーパーレス」は、情報資産のガバナンスを高める一方で、それをうまく使いこなすためのビジネス・プロセスやセキュリティ対策のあり方も、根本的に見直すことが求められる。
物理的なワーク・プレイスだけではなく、デジタルを駆使したワーク・プレイスがあるかどうかが、優秀な人材を引き留め、集める魅力になるだろう。そうなれば、働くことのあり方を根本的に問い直さなくてはならない。それができるかできないかが、企業の価値を左右する。そんな「ワーク・シフト」が、加速する。
オーナー・シフト
企業の業績は、事業部門の責任だ。「モノが主役」から「サービスが主役」への勢いが加速すれば、ITとビジネスの一体化も進だろう。ビジネス・スピードもこれまでにも増して求められるので、事業部門主導で、システム内製化をすすめてゆこうとの勢いが増してゆく。
情報システム部門の位置づけは、大きくは2つに分化するだろう。1つは、インフラやコモディティ・アプリケーションを担う組織となり、ストラテジック・アプリケーションは、新たな組織が担う体制となる。もうひとつは、事業企画部門との一体化、あるいは、事業戦略を担う組織に組み込まれ、事業価値の創出をミッションとする組織に生まれ変わる。
いずれにも共通するのは、事業に付加価値を産み出さないインフラやプラットフォーム、コモディティ・アプリケーションのクラウド・シフトの範囲は拡大するだろう。この領域は、コストを少しで引き下げることが、これまでにも増して求められるようになる。一方で、事業ニーズが明確であり、成果が出れば投資が拡大するのが、ストラテジック・アプリケーションの領域だ。必然的に、ITに関わる予算と意志決定の重心は、事業部門へとシフトする。そんな、「オーナー・シフト」が、加速する。
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SI事業者は、これまで情報システム部門からのリテンション・ビジネスで収益目標を満たしていたが、もはやそれだけに頼ることは難しくなるだろう。自らの事業領域もシフトしなくてはならない。このような状況に対処するには、次のような能力を求められる。
- クラウドを前提としたシステム構築や運用に関わるコンサルティング力や提案力
- コンテナやサーバーレス、アジャイル開発やDevOpsといった、俊敏性とスピードに対応できる開発や運用のノウハウやスキル
- 事業戦略の策定にテクニカル・プロフェッショナルとして支援できる見識と提言力
また、これまで営業が関係を深めてきた情報システム部門以外の事業部門からの案件(LoB案件)を創出するために、マーケティング機能のひとつである「デマンド・センター」を構築し、営業効率を高めてゆくことが必要となる。
「これまでの事業領域だけでは、生き残ることはできない」と危機感を煽ることや、「LoB案件を開拓せよ!」と営業に叱咤激励するのではなく、営業とは別のマーケティング・チームが、システマティックにLoB案件を創出することに取り組むべきが、現実的なアプローチだ。
これに対応するには、事業戦略を見直し、新たな事業戦略に応じた組織体制や業績評価基準、人材の育成とマーケティング機能の拡充など、抜本的な対策を強いられることになる。
想像力を働かせよう!
緊急事態宣言に従い、「外出を徹底して自粛すれば、感染拡大が収束する」は、想像力の産物でしかない。もちろん、そう願いたいが、一方では、「そんな簡単に収束するはずはない」と心のどこかに引っかかっていることも、また正直な気持ちだ。それでも、来たるべき未来を信じて徹底して行動すれば、例え結果はその通りにならなくても、新たな知見と方策が見えてくるはずだ。
「デジタル・シフト」もまた、そんな想像力の産物だ。しかし、まずは信じて、行動してみるだけの価値はあるように思う。
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ビジネス戦略編
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【改訂】Purpose:不確実な社会でもぶれることのない価値の根源 p.22
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か p.29
【新規】「何を?」変革するのか p.30
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【新規】サイバー・セキュリティ対策とは p.132
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