2019年10月23日の科学誌「Nature」に量子優越(Quantum Supremacy)を達成したというGoogleの論文が掲載された。米・エネルギー省の所有する世界最速のスパコン”Summit”でも1万年かかる計算を53Qubitの量子コンピュータを使って200秒で実行したという論文で、「量子優越」すなわち「通常のコンピュータでは実用的な時間では解けない問題が解ける」ことを実証したとしている。
これに対してIBMはGoogleの言う「1万年」というのは、使っている計算アルゴリズムが良くないからであり、最適化したアルゴリズムを使えば2.5日で実行でき、Quantum Supremacyの域に達しないと主張している。
ただ、2.5日かかるところを200秒でできたとすれば、それはそれで十分な成果であり、量子コンピュータの可能性が実証されたという点に於いては、疑う余地はない。
また、ここで使われた計算は、「乱数発生」という実用性に乏しいものであって、役に立たないという主張もある。しかし、ライト兄弟の動力飛行機による初飛行の距離は260mであり、実用的な意味はなかったが、動力飛行機で飛べるということが実証されたことは、いまの航空機につながるきっかけという意味において偉大な実績となった。このGoogleの成果も同様の意味を持つのだろう。
あと、10年あるいは20年かかるのかも知れないが、量子コンピュータは普通に使われるようになり、コンピュータとビジネスの関係、あるいは社会は、大きく変わっているはずだ。
しかし、私たちは、このような未来のことは、ピントこない。あまりにも日常からかけ離れていて、「凄いなぁ〜」とは思っても実感がわかない。
では、未来ではなく、過去に視点を移してみるとどうだろう。いまから13年前の2007年6月29日に米国に於いてiPhoneが発売された。翌2008年7月22日には、日本でもiPhone 3Gが発売され、いまのスマートフォン”あたりまえ”時代が始まった。
当時の日本は、docomoのi-mode全盛の時代であり、iPhoneに対して、絵文字が使えない、折りたためない、液晶画面が顔の皮脂で汚れる、だからこんなものは使えない、はやらないと揶揄されたが、もはやそんなことを言う人はいないだろう。
日常生活にとって欠かすことのできない存在となったスマートフォンは、ビジネスや生活のプラットフォームとして経済を大きく動かし、ソーシャルメディアや様々なネットワークメディアが、人々の価値観や世論に大きな影響を持つに至った。発売当時、このようなことになるとは、誰が想像できただろう。
さらに遡れば、1989年、最初のインターネット・サービス・プロバイダ (ISP)であるThe Worldが米国で運用を開始した。当時は、電子メールとネットニュースといったテキストでの利用に限られていたが、いまでは、社会のインフラとして定着し、生活や社会、ビジネスを支える欠くことのできない基盤となっている。当時、こんなことになるとは誰も考えなかった。
改めて、いまの量子コンピュータについて考えれば、まさに黎明期のスマートフォンやインターネットと同じかもしれない。どのようになるかは分からないが、少なくとも「大きな可能性」は事実であり、これを疑う必要はないだろう。ただ、どのように使われてゆくのかは、きっと想像を超えているだろう。
ならば、いまの”身近”に目を向ければどうだろう。どうなるかが、かなりはっきりと見えている。例えば、「パスワードレス・VPN不要・ファイヤー・ウォール不要」のセキュリティが当たり前になろうとしている。AWS OutpostsやMicrosoft Azure Stack、Google GKE On-premなどのクラウド・ネイティブなアプライアンスが登場したことで、オンプレミスとパブリック・クラウドの境界はなくなり、コンテナやマイクロサービス・アーキテクチャは必然となるだろう。今年からサービスが始まる5Gが普及すれば、「ネットにつながる」ことを前提にビジネスやサービスを考えることが、当たり前になるだろう。
システム開発についてはどうだろう。かつて社会は、モノの所有を前提に経済が回っていた。その時代の経済活動は、モノの価値を高め、モノの所有を増やし、モノを交換することで社会は回っていた。そんな「モノが主役の時代」には、「生産/工事」と言われる「QCDを守って作り納品する」という「ものづくり型/生産物としてのソフトウエア開発」、すなわち「ウォーターフォール開発」が主流だった。しかし、インターネットの普及やテクノロジーの進展により、社会が「限界費用ゼロ社会」を目指すようになり、「共有や共感」といった価値で経済が回るようになると、ビジネスは「サービスが主役の時代」となった。サービスは、できるだけ早く世の中に出し、ユーザーのフィードバックを得ながらアップデートを高速に繰り返し、変化するユーザーの志向に合わせて最適を維持し続けなければ使われなくなってしまう。「アジャイル開発」は、そんな社会の必然として、広く採用されつつある。
このような変化は、未来のことでもなければ、過去の出来事でもない。まさにいま起きている現実だ。そして、その利用シーンは、容易に想像できるというか、既に多くの実例がある。そんな「いまの現実」が、あなたには見えているだろうか。
もしそれが見えていなくても、何も悪いわけではない。そんなことを知らなくても生きてはゆける。人生の1つの選択として、そんな生き方もいいのではないかと思う。しかし、そんな生き方を選択したにもかかわらず、よりよい待遇を求めるのは、筋の通らない話しであることも心得ておくべきだろう。
また、この変化のスピードがどんどんと加速していることも現実だ。先に紹介したようなセキュリティやクラウド、開発の常識も新しい常識にどんどんと上書きされてゆくだろう。アップデートし続けなければ、時代の流れに置き去りにされる。ましてや「時間をかけて積み上げた経験値」があるという自己満足は、アップデートの足かせとなり、自分の成長や仕事の選択肢を狭めてしまうことになるだろう。
「いま何ができるか、何が得意かは重要だとは考えていません。必要とされるテクノロジーはどんどん変わります。だから新しいテクノロジーが登場したら直ぐに試してみる好奇心、そして、基本とか基礎とかを正しく理解していて、原理原則に立ち返って物事を考える人を採用するようにしています。」
数年前、ベトナムに行った時に、地元システム会社の採用担当者から聞いた話しだ。そういう人材は、きっといつの時代にも変化に翻弄されることなく、必要とされ続けるのだろうと気付かされた。
テクノロジーが変わることに臆するのではなく、むしろ歓喜して試してみる、やってみる人が時代を牽引してゆく。また、「新しいことが好きだから」というだけではなく、物事の本質を問い、原理原則に立ち返って新しいことを冷静に捉えることができる知識や態度がなければ、新しいことを活かすことなどできない。これは、先人も言っていることだ。
「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」
松尾芭蕉が、奥の細道の旅を通じて会得した言葉だ。
時代を経ても変わることのない本質的な事柄を知らなければ基礎はできあがらず、変化を知らなければ新たな展開を産み出すことはできないという。
「その本は一つなり」
両者の根本ひとつである。
「不易」とは変わらないもの。どんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないものという意味。一方、「流行」は変わるもの。世の中の変化に従って変わっていくもの、あるいは変えてゆかなければならないもの。
「不易」のなんたるかを知っているからこそ、新しいこと、つまり「流行」の意味や価値を知ることができる。この両者を結びつけ新しい組合せを見出すことが、イノベーションの本質だ。そういうことができる人材は、いつの時代にも必要とされる。
「流行」に惑わされず、「不易」つまり原理原則を問い、その時々の最適な「流行」を使いこなし、どんどんとこれを変えてゆく。テクノロジーの発展が急激にすすむいまの時代にあっては、あらためてこの基本に立ち返る必要がある。
テクノロジーの発展が既存の人間の仕事を奪うのは、いつの時代も同じだ。だからこそ、生き残り、成長してゆくためには、時代の変化にアンテナを張り、自分で問いを生みだし、テーマを作る力が求められる。そして、テクノロジーを駆使していち早く最適解を求め、次のテーマを生みだし、その答えを導くことで、新しいビジネスが生まれ、新しい役割や仕事が生まれる。私たちは、そうやってテクノロジーと共存し、さらに豊かで魅力的な社会を作ってゆくことができる。
時代のスピードが加速度を増すなか、わずかな躊躇が圧倒的な社会的格差となってしまう。これを「生きにくい世の中」と思考停止に陥るのか、「ワクワクする世の中」と考えどんどん前へ進むかは、人それぞれだ。ただ、ビジネスに関わり、そこでなにか事をなしたいとすれば、選択肢はひとつしかないだろう。
これは、IT業界についてだけ言える話しではない。むしろITは様々なビジネスと融合し、「IT業界」などというカテゴリーもやがてはなくなってしまうだろう。そう考えると、いまITに関わる仕事をしていることは、これからのキャリアにとって、大きなアドバンテージとなるはずだ。ならば、そんないまを楽しみ、それを成長の糧とすることは、とても素晴らしいことではないか。
もし、そう考えるのであれば、「いまの現実」を学び、試し、使いこなして自らの成長の糧とすることから、始めてはどうだろう。
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