purpose beyond profit (企業の存在意義は利益を超える)
IIRC(International Integrated Reporting Council/国際統合報告評議会)の2018年の報告書のタイトルです。
IIRCは、企業などの価値を長期的に高め、持続的投資を可能にする新たな会計(情報開示)基準の確立に取り組む非営利国際団体で、業績などの財務情報だけでなく、社会貢献や環境対策などの非財務情報をも一つにまとめた統合報告(integrated reporting)という情報開示のルールづくりやその普及に取り組んでいます。
利益は企業が自らの存在意義を追求した結果としてもたらされる
不確実性が高まる時代にあって、企業は利益を追求するだけでは生き残れない時代になりました。ピーター・ドラッカーが語ったように「社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たす」ことで、自らの存在意義を追求し続けなければ、事業の継続や企業の存続が難しくなったのです。だからこそ、企業の経営者はpurpose beyond profitを問い続ける必要があるのです。SDGs(持続可能な開発目標)の達成が2030年に迫るいま、まさにこの言葉は、大きな意味を持ち始めています。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)もまた、purpose beyond profitと切り離して考えることはできません。
未だ多くの企業の経営者が、DXを「デジタル・テクノロジーを駆使して新しい事業を立ち上げることや業務プロセスの効率化を図ること」であると考えているようです。言葉の解釈というのは、恣意的なものですから、それを一概に間違いであると申し上げることはできませんが、それは本来の意味とはかけ離れているように思います。
DXについては様々な定義や解釈がなされていますが、概ね「社会や経済の視点/社会現象」と「経営や事業の視点/企業文化や体質の変革」の2つに区分できるでしょう。
「社会や経済の視点/社会現象」としてのDXとは、2004年、スエーデン・ウメオ大学教授のエリック・ストルターマンらによって初めて示された言葉で、「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、よりよくなっていく」との定義に沿った解釈です。これは、デジタル・テクノロジーの発展によって社会や経営の仕組み、人々の価値観やライフ・スタイルが大きく変化し、社会システムの改善や生活の質の向上がすすむという社会現象を意味しています。
「経営や事業の視点/企業文化や体質の変革」としてのDXは、2010年以降、ガートナーやIMD教授であるマイケル・ウイードらによって示された概念に沿った解釈です。これは、デジタル・テクノロジーの進展により産業構造や競争原理が変化し、これに対処できなければ、事業継続や企業存続が難しくなるとの警鈴を含むもので、デジタル・テクノロジーの進展を前提に、競争環境 、ビジネス・モデル、組織や体制の再定義を行い、企業の文化や体質を変革することを意味しています。これをストルターマンの定義との区別するならば、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」と呼ぶべきかもしれません。
ビジネスの観点に立てば、後者の解釈が前提となるでしょう。
なお、後者に含まれる解釈として、「経済産業省・DXレポートの視点/変革の足かせとなる課題の克服」があります。本レポートでは、IDC Japanの次のDXの定義を採用しています。
「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」
この解釈は、概ね「経営や事業の視点/企業文化や体質の変革」と共通していますが、本レポート全体を見れば、「老朽化したレガシー・システムや硬直化した組織、経営意識といった変革の足かせとなる課題を克服する活動」に焦点が当てられています。そして、この課題を払拭しなければ、「企業文化や体質の変革」は難しいという問題提起でもあるのです。
ただ、このレポートの作成に関わったひとたちの顔ぶれを見ると、大手SI事業者やITベンダー、IT部門の関係者も多く、「レガシー・システムの再構築」を促すことで、既存ビジネスの延命を図ろうとの思惑もあるのではないかと思われ、少し割り引いて読む必要があるかも知れません。
いずれにしても、DXは「企業文化や体質の変革」であり、「新しい事業を立ち上げることや業務プロセスの効率化を図ること」ではないと解釈すべきでしょう。
では、なぜ「企業文化や体質の変革」が必要かと言えば、社会の不確実性が高まり、長期計画的に事業を継続することが難しくなったからです。つまり、変化に俊敏に対応できるビジネス・スピードを持たなければ、事業の継続や企業の存続ができない時代になったからこそ、アナログで時間のかかるビジネス・プロセスを変革し、デジタルを駆使して高速化しなければならないのです。さらに、そのスピードに適応できる組織の運営方法や働くひとたちの行動習慣を変えなくてはなりません。それが、「企業文化や体質の変革」であり、DXが必要である所以なのです。
具体的には、業務の現場を徹底してデータで捉え、機械学習やシミュレーションを駆使して最適解を見つけ出し、それを再び現場にフィードバックする仕組みを経営や事業に組み込むことです。つまり、デジタル、すなわちデータやアルゴリズムとフィジカル、すなわちヒトや組織が、一体となって改善活動を高速で繰り返しながら、常に最適な状態を維持し続けることで、不確実な世の中に対応していこうのがDXの実践と言えるでしょう。
このような取り組みに欠かせないのが、purpose beyond profitという考え方です。世の中の先行きが見通せない時代にあって、短期的に利益を上げることを優先させるのではなく、自分たちは何のために事業を行っているのか問い続け、それを基準に自分たちを変化させ続けなければ、やがては自分たちの存在意義を見失ってしまうからです。DXは、そのための企業インフラなのです。
不確実性が高い時代とは言え、足下を見れば工数需要は旺盛です。その理由は、堅調な国内景気であり、SAPの25年問題などの外部的要因によって生みだされています。これらは既存のビジネスの延長にある「効率化」のためであり、DXが目指す「変革」ではありません。
オリンピック/パラリンピックが終わり、SAP需要も一巡した先に同様の需要があると考えるべきではないでしょう。
では、どうすればいいのでしょうか。
このチャートは及川卓也氏の著書「ソフトウェア・ファースト」に掲載されたチャートを参考に作成したものです。
このチャートにある「デジタイゼーション」とは、デジタル技術を利用してビジネス・プロセスを変換し、効率化やコストの削減、あるいは付加価値の向上を実現する場合に使われます。例えば、アナログ放送をデジタル放送に変換すれば、周波数帯域を効率よく使えるようになり、限られた電波資源を有効に使えるようになります。紙の書籍を電子書籍に変換すれば、いつでも好きなときに書籍を購入でき、かさばらず沢山の書籍を鞄に入れておくことができます。手作業で行っていたWeb画面からExcelへのコピペ作業をRPAに置き換えれば、作業工数の大幅な削減と人手不足の解消に役立ちます。
このように効率化や合理化、あるいは付加価値の向上に寄与する場合に使われる言葉です。
一方、「デジタライゼーション」は、デジタル技術を利用してビジネス・モデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を創出する場合に使われます。例えば、自動車をインターネットにつなぎ稼働状況を公開すれば、必要な時に空いている自動車をスマートフォンから選び利用できるカーシェアリングになります。それが自動運転のクルマであれば、取りに行かなくても自ら迎えに来てくれるので、自動車を所有する必要がなくなります。また、好きな曲を聴くためには、CDを購入する、ネットからダウンロードして購入する必要がありましたが、ストリーミングであれば、いつでも好きなときに、そしてどんな曲でも聞くことができ、月額定額(サブスクリプション)制で聴き放題にすれば、音楽や動画の楽しみ方が、大きく変わってしいます。
このように、ビジネス・モデルを変革し、これまでに無い競争優位を実現して、新しい価値を生みだす場合に使われる言葉です。
しかし、「デジタイゼーション」や「デジタライゼーション」だけでは、DXは実現せず、それにふさわしいヒトや組織の変革を伴わなくてはなりません。
つまり、DXに取り組むとは、まずは自分たちの足下の仕事の進め方や働き方、経営オペレーションを見直し、徹底してムダを排除して、デジタル・プロセスに置き換えることが最初のステップと言うことになります。PPAPやハンコ文化、儀式と化した会議をなくすことであり、徹底したペーパーレス化やリモートワークを、デジタルを駆使して可能にすることから始める必要があります。
そんな「デジタイゼーション」なくして、「デジタライゼーション」はなく、DXなどあり得ないのです。ましてや自分たちの「デジタイゼーション」さえまともにできない企業が、他社である「お客様のDXの実現に邁進する」など、口が裂けても言うべきではないのです。
いまの需要を支えるのは既存業務やシステムの「改善・最適化」であることを心得ておくべきでしょう。それをDXという流行言葉で抽象化し、あたかも時代の先端にいるかのような自己欺瞞を放置すべきではありません。
なにも「改善・最適化」を否定するわけではなく、そこには確実に需要もあり、自分たちの事業を維持するためにも価値ある取り組みです。ただそのことと、「デジタライゼーション」やDXと同義に語ることは、厳に慎むべきです。
「経済産業省・DXレポート」にある「レガシーシステムの再構築が必要」とのメッセージにただようSI事業者やITベンダーの思惑は、DXの本質を曖昧にし、彼らの自己欺瞞を放置しているように思えてしまうのは、私がひねくれているせいかもしれません。
いずれにしても、「お客様のDXの実現に邁進します」などと勇ましい看板を掲げる前に、まずは自分たちの足下の「デジタイゼーション」や「デジタライゼーション」にとりくむとともに、自分たちの取り組みを「改善・最適化」として明確に位置付け、それを極めてはどうでしょうか。お客様はそれを必要としており、確実に需要はあります。ただ、DXは別の話です。
purpose beyond profit
SI事業者は、まずは自分たちの存在意義を改めて問うべきです。たぶん創業時の高い志であり、そこで働くひとたちが新入社員として入社したときの熱い想いもまた、その存在意義に通じるものがあるでしょう。
なぜ、何のためのDXなのか。その原点に立ち返り、自分たちの取り組んでいることを改めて再定義してみてはどうでしょうか。
【参考】「ボーッと生きてんじゃないよ!」と叱られないための「DX」と「共創」の基本の「き」
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ITソリューション塾・第33期(2月4日開講)の募集を開始しました。
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特にDXについては、事業戦略や実践と絡めながら丁寧に話をしていこうと考えています。
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ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【1月度のコンテンツを更新しました】
・総集編の構成を1日研修教材としてそのまま使えるように再構成しました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年1月版・最新の資料を反映しました。
パッケージ編
ITソリューション塾(第32期)
【改訂】これからのビジネス戦略
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ビジネス戦略編
【改訂】変革とは何か p.4
【新規】テクノロジーによる産業構造の転換 p.7
【新規】イノベーション p.10
【新規】イノベーションの本質 p.11
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとは何か p.36
【改訂】複雑性を排除してイノベーションを加速する p.57
【新規】最適な解決策を見つけ出すためのデザイン思考 p.87
【新規】新規事業の成功確率を高めるリーン・スタートアップ p.88
【新規】SI事業者の抱える3つの不都合な真実 p.183
【新規】情シスへの依存がビジネスを萎縮させている(1) p.184
【新規】情シスへの依存がビジネスを萎縮させている(2) p.185
【新規】情シスへの依存がビジネスを萎縮させている(3) p.186
【新規】新しいデマンドを開拓できない(1) p.187
【新規】新しいデマンドを開拓できない(2) p.188
【新規】新しいデマンドを開拓できない(3) p.189
【新規】「木こりのジレンマ」に陥っている p.190
【新規】ITビジネスのトレンド p.191
ITインフラとプラットフォーム編
【改訂】ソフトウェア化するインフラストラクチャー p.62
【新規】パスワード認証のリスク p.109
【新規】FIDO2による認証プロセス p.110
【新規】FIDO2とSSO p.111
【新規】本人認証の方法 p.112
クラウド・コンピューティング編
【新規】クラウドがもたらす本質的な変化 p.21
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【新規】Googleが発表した自然言語処理モデル BERT p.88
【新規】新しい学習法 p.105
テクノロジー・トピックス編
【新規】ムーアの法則 p.6
下記につきましては、変更はありません。
開発と運用編
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
サービス&アプリケーション・基本編
ITの歴史と最新のトレンド編
「経済産業省・DXレポートの視点/変革の足かせとなる課題の克服」この題名自体が大きな的外れを表していませんか?日本独自解釈ですね。国がグローバルの流れをミスガイドしている事が大問題です。最早国の発表は某国と同様に信用できないレベルまで落ちている現状に強い危機感を感じます。変革を実行する時には、全てが足かせ、抵抗勢力になるもので、そうでなければ変革ではなく改善です。このような足かせをブレイクスルーすることが変革ですよね。課題を克服するという発想は、変革をするという考え方には至ってなく現状維持の延長戦上の発想ですからDXとは程遠い題名です。単にDXと言うバズワードを題名に挿入した。価値のないレポートです。