「デジタル・トランスフォーメーション」
いくらこのお題目を唱えても、自分たちの未来が良くなるわけではない。
外に向けては、「デジタル・トランスフォーメーションは企業文化の変革である」と大きな声で唱えている一方で、自分たちは、既に意味や目的を失ってしまった昔ながらの習慣化したやり方を守り続けている。そんな自分たちの「企業文化の変革」には無頓着な企業が、人様の変革を、こうしろ、ああしろと言える立場ではないだろう。
そんなことを先週のブログで事例とともに申し上げたら、実に多くの反響があった。「まさにそのとおり」や「うちのことじゃないか」というような声とともに、「まずは自分たちの足下から見直すべき」との声も聞かれた。
参考>「DX」という看板を掲げることを恥ずかしいと思えない残念な人たち
しかし、それ以上にもっと深刻な問題がある。いや、目をつぶって見過ごしてしまいたい3つの「不都合な真実」がある。この本質的で根本的な問題を解決しなければ、「デジタル・トランスフォーメーションに取り組む」など、まさにお題目にすぎない。
不都合な真実 その1:情シスへの依存がビジネスを萎縮させている
2018年9月にリリースされた経済産業省のDXレポート、通称「2025年の崖」でも指摘されているが、IT予算のうち、新規のシステム開発に使えるのは全体の2割に過ぎない。これは、複雑化し、肥大化したレガシー・システムの維持管理に関わる経費がかかりすぎているからだという。そのことが、ITの戦略的な活用の足かせになっていると分析している。
そもそも、レガシー・システムすなわち「既存のビジネスを支えるシステム」の予算は、その企業の全IT資産、すなわちハードウェアや設備、ソフトウェアのライセンス、独自開発したシステムの無形資産の総合計がIT予算の総枠となり、これが毎年原価償却(5年償却)されるので総枠の20%が投資できる金額となる。
つまり、年間使える実質的な新規IT投資は、次のような計算式になる。
[全IT資産の20%]×[レガシー・システムの維持管理を除く20%]=[全IT資産の4%]
ただ、その4%ですら、この予算の実行を主管しているのは情報システム部門なので、新しいことと言ってもインフラやプラットフォームが、その多くを占めている。
このIT投資の総枠は、少しでも減らせという上からの圧力がかかり続けている。一方で新しいことをやらなければという下からの圧力も強く、実質的にはSI事業者に対して「これまで以上の仕事を期待しています。但し、予算枠に納めなくてはならないので、単金は引き下げてください」となり、結果として、稼働率は上がっても利益率を上げにくい構図となっている。
単金を下げるためには原価の安い低スキル人材を集めてくるのが手っ取り早いやり方ではあるが、いまは人手不足でそれさえも難しく、自ずと単金引き下げにも限界がある。
しかし、情シスが主管するIT予算は削減が正義である。その証拠に、多くの情シスの年次の事業目標に、かならず「IT予算を削減する」という項目が入っている。従って、それを実行するためには、クラウドへの移行、自動化の拡大といった手段を使わざるを得ない。しかし、これはSI事業者の事業目的である「工数の増大」に反することになり、かれらの協力を得にくい状況となっている。
「丸投げ」をしてきた情シス部門もまた自前で行えるスキルもメンタリティもないので、なかなか進まないという、尻すぼみの状況が続いている。
上位のアプリケーションについては、情シスが窓口になることも多いが、その予算はそのアプリケーションを使う事業部門が担うことも多く、実質的な意志決定権限は情シスにはないことも多い。
実際に、事業部門に話しを聞けば、「情シスは業務のことを知らないので、こちらで決めるしかない」との声を聞くことも多く、情シスは購買窓口としての機能しか持たないことになる。
インフラやプラットフォームはクラウドや自動化へと移行し、アプリケーションの主導権は業務部門にある。そうなれば、情シスにしか顧客チャネルを持たず、情シスからの依頼に応えることでしか収益を確保できていないSI事業者は、今後収益の拡大は難しくなることは、想像に難くない。
いま、「ITの戦略的活用」が叫ばれているが、「業務を知らない情シス」に任せられるわけがなく、アプリケーション以上の領域は、自ずと事業部門主導での内製化へとシフトせざるを得ない。この領域は、ITを武器にしてビジネスの創出することになるから、「予算の総枠」という縛りはない。ビジネスの成果に結びつくのであれば、スモール・スタートであっても投資は拡大する可能性がある。
もちろん、それが容易なことではないが、志向はそちらに向かっている以上、ここに関わってゆくことが、SI事業者のビジネス・チャンス拡大になる。
このようなことから、「情シスへの依存がビジネスを萎縮させている」について、まとめれば次のようなことだ。
- 過去の実績や人間関係に依存した顧客との関係が維持できなくなる。
- インフラやプラットフォームの案件だけになってしまう。
- アプリケーション以上のパートナーの選択肢から外されてしまう。
いかにして、事業の主軸を上流にシフトするかが、SI事業者にとっては課題となるわけだが、それがなかなか容易ではない。それは、次の「不都合な真実 その2」を知れば、納得することになるだろう。
不都合な真実 その2:新しいデマンドを開拓できない
情シスからの依存に頼るとは、「製品やサービス」においても「市場や企業」においても、「既存×既存」に大きく依存していることを意味している。しかし、「既存×既存」のビジネスが萎縮するわけだから、それぞれの「新規」に顧客を拡げなければならない。それは、アプリケーションや事業戦略、さらにはその上位に位置する企業文化の変革、すなわち「デジタル・トランスフォーメーション」に関わる案件の獲得だ。
しかし、その任を担う営業には、その余力もモチベーションもない。
営業の業績評価の多くは、売上と利益だ。その目標を達成すれば、ボーナスも増えるし人事査定も高くなるので出世もできる。ならば、手っ取り早く業績評価基準を達成できる「既存×既存」にアプローチするほうが、効率がいい。幸いにも景気が上向いていることもあり、「既存×既存」で十分に目標を達成できるし、それ以上を求められても人手がいないので工数を稼げない。
もちろん、将来を考えれば、既存顧客の新規部門や新規顧客の開拓が大切なことは分かっている。しかし、営業も人間である以上、時間的にも肉体的にも限界はある。ならば、「既存×既存」で稼ごうと考えるのは自然のことだ。
ではどうすればいいか。その方法は業績評価基準の見直しとマーケティング機能の拡充、すなわちデマンド・センターの設置と言うことになるだろう。
「おとうさん、今年のボーナス、いつもよりすくないのでは?」
誰しも奥さんからそんなことは言われたくないので、確実に業績目標を達成できるところに傾注するだろう。なにせ「新規」は効率が悪い。ましてや「共創」なんて、いつ成果がだせるか、まったく見当がつかない。危機感を煽られようが、叱咤激励されようが、「デジタル・トランスフォーメーション」などと高邁な理想が掲げられようが、そんなことに時間を使っている余裕はないのだ。
「既存×既存」でしっかり稼ぐことが、自分の業績評価基準を確実に達成できる筋道であるとすれば、それに邁進するのは何も間違ってはいない。
この状況を変えたいのなら、業績評価基準を変えることだ。危機感や叱咤激励よりもはるかに即効性がある。経営者や幹部の任務とはそこにあるのではないか。
マーケティングやデマンド・センターについて、素人の私が語るのはおこがましい限りだが、聞きかじりながら、すこし説明したいと思う。詳しくは、庭山一郎氏の著書「究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)」をご覧頂くのがいいだろう。
かいつまんで話せば、日本の営業の多くは、「ターゲットの選択」から「サポートと関係維持」の全てを引き受けている。これは、欧米ではあり得ないことで、時間と肉体に制約のある生身の人間でやりきれることではない。しかし、「既存×既存」にしか顧客を持たない営業としては、これまでは「案件の定義と商談の推進」と「案件のクローズ」だけで十分であり、本来、マーケティングの機能である「デマンド・ジェネレーション」すなわち「案件の創出」は、お客様から依頼される仕事をこなせば予算が達成できるので必要はない。従って、生身の「営業」でも何とかこなすことができた。
しかし、「その1」で述べたように、「新規」へのシフトを進めなければならない状況にあっては、もはやこのやり方は通用しない。そこで、マーケティング、すなわちデマンド・センターが、「案件の創出」を引き受け、その案件を営業に引き継いでクローズに持ち込むことで、営業効率を上げるしかない。
「もっと業務や経営に関心を持って、勉強して欲しい」や「LoB(Line of Business)/事業部門にもっとアプローチしなさい」と言うのはたやすいが、そのための施策を打たないままに、それを営業の自助努力に頼るという考え方は、大いに反省すべきだろう。営業は生身の人間なのだと言うことをちゃんと認識すべきである。
「新しいデマンドを開拓できない」のは、業績評価基準がそれにふさわしくないからであり、デマンド・センターのような効率よく案件を創出する組織としてのメカニズムがないからだ。できないことを営業の責任に帰するような愚は慎むべきだ。
不都合な真実 その3:「木こりのジレンマ」に陥っている
ある大手SI事業者の経営幹部に、ここに書いてあるような話をすると、つぎのような言葉が返ってきた。
「それはよく分かっています。でも、十分に業績は伸びているし、人手も足りません。」
先日、転職を斡旋している企業のコンサルタントと話しをしたのだが、この会社からは、優秀な人材が転職希望者としてどんどん出てくると言っていた。なるほど、人手が足りないのは仕方がないのかも知れない。
【募集開始】第33期 ITソリューション塾
遠隔地からもオンラインでご参加いただけます。
ITソリューション塾・第33期(2月4日開講)の募集を開始しました。
既に多くの方からお申し込みをいただいております。
次の特別講師にもご登壇頂きます。
・デジタル・トランスフォーメーションと次世代ERP・SAP Japan 社長 福田譲 氏
・ゼロトラスト・ネットワーク・セキュリティとビジネス戦略・日本マイクロソフト CSO 河野省二 氏
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デジタル・トランスフォーメーションを軸に、AIやIoT、クラウドやインフラ、これからのビジネス戦略について、体系的かつ網羅的に整理してゆきます。
特にDXについては、事業戦略や実践と絡めながら丁寧に話をして行こうと考えています。
ぜひ、ご参加下さい。
- 日程 初回2020年2月4日(火)〜最終回4月18日(水)
- 毎週18:30〜20:30
- 回数 全10回+特別補講
- 定員 80名
- 会場 アシスト本社/東京・市ヶ谷
- 料金 ¥90,000- (税込み¥99,000)全期間の参加費と資料・教材を含む参加登録された方はオンラインでも受講頂けます。出張中、あるいは打ち合わせが長引いて間に合わないなどの場合でも大丈夫。PCやスマホからライブ動画でご参加頂けます。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー
【12月度のコンテンツを更新しました】
・総集編の構成を1日研修教材としてそのまま使えるように再構成しました。
・最新・ITソリューション塾・第32期の講義資料と講義の動画(共に一部)を公開しました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年12月版・最新の資料を反映しました。
*1日研修で使える程度に、内容を絞り込みました。
パッケージ編
ITソリューション塾(第32期)
【改訂】ビジネス・スピードを加速する開発と運用
動画セミナー・ITソリューション塾(第32期)
【改訂】ビジネス・スピードを加速する開発と運用
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ビジネス戦略編
【新規】変革とは何をすることか p.4
【新規】イノベーションとインベンションの違い p.8
【改訂】デジタル化:デジタイゼーションとデジタライゼーション p.37
【新規】経済政策不確実性指数(EPU)p.38
【新規】デジタル・ディスラプターの創出する新しい価値 p.41
【新規】ハイパーコンペティションに対処する適応力 p.42
【新規】価値の重心がシフトする情報システム p.54
【新規】複雑性を排除してイノベーションを加速する p.55
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】IoT実践の3つの課題 p.74
ITインフラとプラットフォーム編
【新規】ゼロ・トラスト・ネットワーク 境界型セキュリティの限界 p.110
【新規】ゼロ・トラスト・ネットワーク セキュリティと生産性の両立 p.111
開発と運用編
【改訂】改善の4原則:ECRS p.5
【新規】ITの役割の歴史的変遷 p.8
【新規】アジャイル開発:システム構築からサービスの提供(体制変化) p.11
【新規】仮想マシンとコンテナの稼働率 1/2 p.60
【新規】仮想マシンとコンテナの稼働率 2/2 p.61
【改訂】DevOpsとコンテナ管理ソフトウエア p.63
【新規】モビリティの高いコンテナ p.65
【新規】モノリシックとマイクロ・サービス p.71
テクノロジー・トピックス編
【新規】急増するAI専用プロセッサ p.62
下記につきましては、変更はありません。
・クラウド・コンピューティング編
・サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
・サービス&アプリケーション・基本編
・ITの歴史と最新のトレンド編