経団連の中西会長は、今年4月、「企業が今後、終身雇用を続けているのは難しい」という趣旨の内容を述べ、雇用のあり方を見直す方針を示しました。
終身雇用を前提とした日本型雇用が制度疲労を起こしていることは誰もが認めるところですが、それを公言することは、政治的には難しく、経済界トップがこうした発言をあえて行ったというのは、それだけ企業が置かれた状況が深刻であることを示しているといえるでしょう。
そんな中、政府は高齢化と公的年金の財政悪化に対処するため、現在65歳までとなっている企業の雇用義務を70歳まで延長し、事実上の生涯雇用制度へのシフトを進めようとしています。しかし、実態は役職定年の強化、定年後に再雇用されても給料は大幅に下がり、場合によってはグループ内の派遣会社の社員となり、まったく別の会社に派遣されるという可能性も少なくありません。見かけは定年延長であっても、実質は転職と変わりのない扱いとなることも多いようです。
また、最近「45歳以上の希望退職」の話しをよく聞くようになりました。これは45歳あたりが、年功序列型給与の恩恵を受けてきた最後の世代だからで、45歳以上の年代を減らし、年齢に関係なく能力と成果に基づく公平な給与体系という、新しい秩序へと転換を図りたいとの思惑があるからでしょう。
そんな中、今年1月、トヨタ自動車本社で行われた新年の社長年頭挨拶で、豊田章男社長が次のような話をして話題になりました。
「トヨタの看板がなくても外で勝負できるプロを目指してください」
その真意は、どこででも働ける人材、すなわち、社内的な評価ではではなく、社会的な評価を高められるように自らを磨き続けてほしいということであり、自らの意志で行動し自律できる人材は、組織をさらに強くするという想いが込められているのでしょう。そして、それは、同時に、そういう人材に魅力を与えられない会社からは、彼らは去って行くことを自らに戒めた言葉と言えるのではないでしょうか。
このような社会情勢の中で、NTTグループは今年7月から専門職を対象にした新しい人事制度「アドバンスド・スペシャリスト制度」を開始しています。制度上は報酬の上限はなく、3000万円を超える可能性も十分あるとしています。ただ、いいことばかりではなく、退職金はなく企業年金の運用もできなくなること、会社と本人との間で話し合ってKPIを設定し、KPIを達成できないと、基本的には報酬が下がるなど、かなりチャレンジングな制度だそうです。そうなると、ますます「どこででも働ける」能力が問われることになることは言うまでもありません。
また、テクノロジーの進化と相まって、ライフスタイルや医療・衛生・栄養が改善し高齢化を助長しています。日本の場合、平均寿命は10年間で2〜3歳伸びてゆくと言われており、いまの20歳代の人たちは、100年人生が当たり前になるかもしれません。
もはや、終身雇用という幻想に期待できません。100年人生は当たり前になろうとしています。そんな時代だからこそ、どこででも働ける自分になること、すなわち「社会的価値」を高めてゆくことに、真摯に向き合わなければならないのです。
私自身、還暦を過ぎ、この現実を身につまされる思いで向きあっています。わかりやすく言えば「恐怖」です。この「恐怖」に目をつぶっていても逃れることはできない以上、どうすれば自分の社会的価値を高められるかに向きあうしかありません。会社や組織という看板など、守ってくれるものは何もありません。自分の行動や発言が世の中に晒されるわけで、それ次第では、仕事や収入が大きく変わってしまいます。
私は、36歳の時にサラリーマンを辞めて独立しました。その時は勢いであり、まあ何とかなるだろうと気楽に考えていました。しかし、世間はそんなに甘いものではありませんでした。いろいろなことがありましたが、だからこそ覚悟ができたと思っています。本当の覚悟は、様々な経験があったからこそ築かれるものです。
転職する、あるいは独立するかどうかを考えている人がいらっしゃるかもしれません。私は、そんな想いを応援したいと思います。ただ、ひとつ考えて欲しいことは、それが自分の「社会的価値」を高めることができるかどうかです。
「社会的価値」とは、会社や地域の文脈に依存せず広く社会に求められる存在であることを意味します。そのためには、リスクを冒してでも、自らを世間に晒し、様々な人のつながりやいろいろな経験を通じて、自らの覚悟を育ててゆくことなのだろうと思っています。それは、必ずしも転職や独立をしなくてもできることです。
もちろん、そんな機会も与えられないほどにブラックな職場であるのなら、とっととそんな会社を辞めて環境を変えた方がいいでしょう。でも、もしそうでないとすれば、自分は、「社会的価値」を高めることに関心を持っているのか、そのための行動をしているのかをまずは問うべきかも知れません。
確かに環境が変われば、気分も一新して、頑張れる気になるかも知れません。しかし、それはきっかけにすぎません。成り行きでは「社会的価値」を高めることはできません。そのための行動を起こすことは、自分の意志であり、まわりが与えてくれることではありません。たとえ、環境が変わっても、また同じをことを繰り返すだけになってしまいます。
まずは行動することです。「まずは覚悟を決めてから」などと行動を先送りしてはいけません。行動すれば、その結果として、覚悟は固まります。「どこででも働ける」能力とは、そんな行動習慣を持っているかどうかです。
では何をすればいいのでしょうか。いろいろと理屈を考えるのではなく、自分の感性に従って「面白そうだからやってみる」ことから始めることです。これをやれば給与が上がる、待遇が良くなるではありません。ITに関わる仕事をしている方ならこの意味がよく分かると思いますが、いまの流行なんて長続きしないのです。自分の向き不向きも、過去の限られた経験の中での勝手な思いこみです。それが正しいという保証はどこにもありません。だから面白そうなことに飛びつき、徹底していじり倒し、また新しいことが登場したら、また飛びついてみる。そういう感性が必要なのだろうと思います。
そうすれば、それにまつわる情報は集まり、人のつながりは増え、アウトプットの機会も与えられ、自分を世の中にさらけ出す機会はどんどんと増えてゆきます。自ずと、自分の向き不向きも見えてくるでしょう。結果として、自分の覚悟は固まり、社会的にも存在感を高められるようになるはずです。
そういう人材は、いまの会社も求めているし、どこでも働けますから、選択の自由は拡がります。ますます、自分の「社会的価値」を高める機会が増えてゆく、成長のサイクルに乗ることができます。
ところで、「社会的価値」を高めるためのツールについても、少し触れておこうかと思います。
言うまでもなく、「社会的価値」の本質は、行動習慣と、その結果としてもたらされる覚悟です。しかし、次の3つのツールを使いこなすことができれば、そんな「社会的価値」を高めることに役立つでしょう。
ひとつ目は、「書く」ことです。それも、単語の羅列や箇条書きではなく、文章として書けるようにすることです。
単語の羅列や箇条書きは簡便ですが、重大な弱点があります。それは、言葉の要素や概念のあいだに「論理」をつくれないことです。羅列や箇条書きで、関係や構造を考えないまま書き出しだけでは、安易な達成感を味わってしまい、分かった気になってしまいます。当然そんな中途半場な知識では、人に何かを説明するにも筋の通った説明ができません。それが習慣化すると致命的です。
羅列や箇条書きではなく文章にすると、自分の理解の度合い、つまり論理を伴う理解の程度が「見える化」されます。例えば、論理がないと、唐突な展開や文意が通りませんし、単調でつまらないものになってしまいます。文章にして「見える化」することで、はじめてそのことが分かります。だから羅列や箇条書きではなく文章にすることが大切になるのです。
それは、自ずと、他人にも伝わりやすいものになり、自分の存在を分かりやすく伝えることにもなります。
ふたつ目は「描く」ことです。分かりやすい図表やチャートで表現することです。「書く」ことで、自分の知識を見える化し、論理構造を与えます。それを誰が見ても直ぐに分かる絵に「描く」ことで、効率よく、そして深く他人に自分の考えを伝えることができます。
絵は文章以上に一人歩きしやすく、印象に残りやすいものです。その価値を駆使できれば、多くの人たちに自分の存在を印象づけることができます。
みっつ目は、「話す」ことです。話す上で大切なことは、確信と論理です。確信とは、自分が伝えようとしている内容に迷いがない、大好きである、是非とも伝えたいというパッションです。論理とは、「書く」と同様に、「筋の通った説明」であり、矛盾なく相手に伝えることができることです。
話すテクニックは、確信と論理が前提になければ役に立ちません。テクニックで大切なことは、適切な例え話、緩急とメリハリ、対話力でしょう。例え話は、相手にとって身近な例を引き合いに出して物事の本質を直感的に理解させること、緩急とメリハリは、何が大切かを明確に伝えること、対話力とは、相手の表情や場の雰囲気、質問や反応に臨機応変に対処して相手の知りたいことを伝え、相手の感情の機微に合わせることで、心地よさを与えることです。
例え知識や能力があり、「自分には社会的価値がある」と思っていても、それが相手に伝わらなければ、社会的価値はないも同じです。社会的価値があるかどうかは、自分が決めるのではなく、相手が、あるいは世間が決めることだからです。「書く」、「描く」、「話す」、そのために欠かすことができないツールなのです。
もちろん、そのツールを鍛えてゆくことはなかなか大変なことです。だからこそ、リスクを冒してでも、自らを世間に晒し、様々な人のつながりやいろいろな経験を積極的に作り、このツールを実践で磨く機会を増やしてゆく必要があるのです。
転職や独立を志す人たちを、私は心から応援したいと思っています。ただ、それを目的にしないことです。目的は自分自身の人生を豊かに、生きがいのあるものにするために「社会的価値」を高めることです。転職や独立はそのための手段であると心得るべきでしょう。その心構えがあり、既に「社会的価値」を高めるための行動している人であれば、自ずと転職や独立もうまくと思います。
不確実性の高まる世の中にあって、長期安定した未来を描くことなどできない時代になりました。だからこそ、頼れるのは自分自身しかありません。もはや自分の「社会的価値」を高めてゆくことでしか、これからの100年人生を生き抜くことはできないと、覚悟を決めるしかないように思います。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
【10月度のコンテンツを更新しました】
・”デジタル・トランスフォーメーションの本質と「共創」戦略”を改訂しました。
・RPAプレゼンテーションを改訂しました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年10月版・最新の資料を反映しました。
パッケージ編
【新規】デジタル・トランスフォーメーション ビジネスガイド(PDF版)
【新規】デジタル・トランスフォーメーション プレゼンテーション
ビジネス戦略編
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは p.12
【新規】DXによってもたらせる2つの力 p.22
【新規】競争環境の変化とDX p.34
【新規】前提となるITビジネスの環境変化(〜5年)p.36
【新規】デジタル・トランスフォーメーションのBefore/After p.54
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの実践 p.56
【新規】共創ビジネスの実践 p.58
【新規】DX事業の類型 p.77
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【新規】「自動化」と「自律化」の違い p.32
【新規】機械翻訳の現状とそのプロセス p.85
【新規】機械翻訳の限界 p.86
ITインフラとプラットフォーム編
【新規】ゼロ・トラスト・セキュリティ p.110
【新規】Microsoft 365 Security Center での対応 p.111
【新規】ユーザーに意識させない・負担をかけないセキュリティ p.112
【新規】ローカル5G p.254
テクノロジー・トピックス編
【改訂】RPAプレゼンテーション
下記につきましては、変更はありません。
・サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
・クラウド・コンピューティング編
・サービス&アプリケーション・基本編
・開発と運用編
・ITの歴史と最新のトレンド編