先日、大手SIerに勤める20代から50代の男女30名の皆さんを対象にしたITトレンド研修で、次のような質問をさせて頂きました。
「ARMをご存知の方、あるいはARMの製品をお使いの方、いらっしゃいますか?」
手を挙げた方は、30代とおぼしき男性1名でした。また、手を挙げなかった方の中には、IoT担当の方もいらっしゃるとのことでした。
残念ながら、この結果は何もこの会社に限ったことではなく、SIerの皆さんを対象とした同様の研修で同じ質問をすると、ほぼ似たような結果となります。
これは私の推測でしかありませんが、自分が直接担当すること以外に興味がない、あるいは自分の仕事に直接関係のないことに興味を示している心の余裕がないということなのかも知れません。
IT後進国”ニッポン”の元凶の1つは、日本のITを担う人たちが、広い視点でITを見渡し、世の中のことやビジネスのことと結びつけて、ITを考える人たちが、まだまだ少ないことかも知れません。
SIerの方にしてこの有様です。ITの専門家ではない事業部門の方や経営者となれば、言わずもがなでしょう。ITを担うSIerの人たちは、本来であれば、そんな彼らのよき教師であるべきです。しかし、ITの専門家であるはずの人たちが、その役割を果たせない我が国のITの未来は、極めて憂慮すべきことと言えるかもしれません。
ここに1枚のチャートがあります。日本のIT投資およびITサービス産業の推移を表したものです。このチャートから読み取れることは、「IT市場は既に飽和・成熟している」ということであり、ITだけを相手にしていては、もはや成長できなくなったという現実です。
グローバルに見ても、インターネットやスマートフォン、PCといったIT市場は、新興国を除けば同様の傾向にあり、この分野におけるビジネス成長の余地は限られています。
「ITはもはや成長市場ではない」というと、奇異に感じられるかもしれませんが、データはそれが事実であることを示しています。一方で、ITの活用の重要性については、これまでにも増して喧伝されており、「攻めのIT」であるとか、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」であるとかが、大いに語られているのもまた事実です。このギャップは、どこにあるのでしょうか。
先般Facebookが、自らが主導する仮想通貨「Libra」を発表し、大きな話題となりました。ほかにもキャッシュレス決済や電子マネーなど、フィンテック/ネオ・バンキングについては、ここ最近話題に事欠きません。また、自動運転やMaaS、小売・流通・物流における自動化、製造業におけるインダストリー4.0など、様々な産業分野における”XTech”化が、いますごい勢いで進んでいます。
つまり、ITはもはやこれまでの狭い意味での「IT市場」というカテゴリーを離れ、様々な産業とデジタル・テクノロジーの融合という新たなカテゴリーを形成し、ITの重心はそちらにシフトしているということでしょう。
GAFAと呼ばれるGoogle、Amazon、Facebook、Appleに加え、BATと呼ばれるBidu、Alibaba、Tencentなどは、もはや旧来の狭い範囲での「IT市場」では、成長は見込めないとの認識に立ち、自らの持つ膨大なデータと資金を武器に、この新しいカテゴリーでのビジネスを拡大しようとしています。それが、FacebookのLibraであり、GoogleのWaymoであり、Alibabaの盒馬鮮生(フーマー・フレッシュ)であり、かれらがその他XTechに関わるベンチャーや自分たちの事業開発に莫大な資金を投じているのは、このような背景があるからです。ベンチャー・ファンドもまた同様の投資を拡大しています。
遅ればせながら、我国にも同様トレンドが押し寄せています。それが、「攻めのIT」や「DX」であるとすれば、IT市場の統計と世間の喧騒とのギャップの意味を理解できるのではないでしょうか。
しかし、このような変化が、まさにいま起きつつあるにもかかわらず、未だモノやヒトを売ることをベースとした事業戦略から舵を切ろうとしていないSIerが多いこともまた現実です。
「そんなことはない。新規事業にも取り組んでいる。」
そういいながらも、目先の稼働率の高さに、次のステージのための取り組みに腰が引けているところも少なくありません。「ARMを知らない」社員がこんなに多いのは、まさにそんな現実を示す1つの象徴的できごとと言えるでしょう。
IoTが、様々な産業とデジタル・テクノロジーの融合を支える基盤になろうとしています。DXはそんなIoTを基盤としたビジネスの変革です。それにもかかわらずARMの存在を知らず、その意味や役割を知らないわけですから、そんな彼らが「DX事業」や「DX戦略」などを担えるはずもありません。そして、DXをして、AIやIoTの新規事業を立ち上げる取り組み程度にしか捉えていない企業も多いわけで、これでは、いつまで経っても我国はIT後進国から脱することはできません。
なにも、ARMを知らないことがダメだと言いたいわけではありません。ARMに限らず、このようなビジネスやテクノロジーのトレンドと、お客様の事業や経営とを結びつけて考える企業文化、つまり行動習慣や思考パターンが、SIerには根付いていないと言う現実を申し上げているのです。
DXとは、「デジタルテクノロジーを駆使して変化に俊敏に対応できる企業文化へと変革すること」を意味する言葉です。その基盤となるIoTもそうですが、アジャイル開発やDevOps、クラウド、コンテナ、マイクロサービス、サーバーレスなどもこの文脈から自ずと導かれます。この文脈を理解できないままに、DX事業やDX戦略など、掲げられるはずもありませんが、実際には目新しいキャンペーン・メッセージ程度の扱いに留まっています。
もはや、これまでの「IT市場」にビジネスとしての未来はありません。まずは、この事実を真摯に受けとめるべきです。そして、お客様の事業や経営をデジタル・テクノロジーによってどのように変革すればいいのかに徹底して向きあい、お客様に提言できる能力を磨くべきでしょう。「共創」とは、そんな能力なくして成り立ちません。
先日、デジタルテクノロジーを積極的に活かして事業の変革に取り組む大手ユーザー企業のCIOと話をさせて頂く機会がありました。彼は、こんな話をしてくれました。
「こちらから頼んだことをちゃんとやってくれるだけの企業にお願いすることはこれからどんどん減ってゆくでしょうね。昔と違って、自分たちだけでもできることも増えましたから。むしろ、私たちにできないことや気付かないことを提案してくれるところと、これからはお付き合いを増やしてゆきたいと思っています。そうでもしなければ、私たち自身も生き残れませんから。」
こういうユーザー企業は、まだまだ少ないかも知れません。しかし、確実にユーザー企業の意識も変わり始めています。それを先取りできるか、劣後となるか、それは、SIer自身の問題です。
それよりも何よりも、そういう現状に違和感をを持つことなく、日常の業務に忙殺され、ただただ時間を過ごしてしまっている自分自身を心配した方がいいかもしれません。
【募集開始のご案内】次期・ITソリューション塾・第32期
次期・ITソリューション塾・第32期(10月9日開講)の受付が始まりました。
次期・第32期では、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)の本質と実践」を基本コンセプトに、それを支えるテクノロジーや実践ノウハウなどを充実させる予定です。
そのための特別講師として、SAPジャパン社長の福田譲氏に講師をお願いし、DX時代の次世代ERPとお客様との実践的取り組みについてのお話を頂きます。
また、DXの先駆的な取り組みで成果をあげられている戦略スタッフサービス代表の戸田孝一郎氏、そんな時代の新しいセキュリティ戦略である「ゼロトラスト・セキュリティ」についてはマイクロソフト・ジャパンCSOの河野省二氏にも講師としてお招きし、新しい常識への実践的な取り組みをご紹介頂きます。
詳しくは、こちらをご覧下さい。具体的な日程や内容について、ご紹介しています。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
【8月度のコンテンツを更新しました】
・量子コンピュータのプレゼンテーションに新しい資料を加えました。
・講演資料を2つ追加しました。
・動画セミナーを1編追加いたしました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年8月版・最新の資料を反映しました。
総集編
【改訂】新入社員のための最新ITトレンド研修・2019年8月版
【改訂】これからのビジネス戦略
ITソリューション塾・最新教材ライブラリー/ITソリューション塾・第31期
【改訂】IoT
【改訂】AI
【改訂】これからの開発と運用
【改訂】これからのビジネス戦略
ビジネス戦略編
【改訂】デジタルとフィジカル(1) p.3
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとCPS p.7
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(1) p.8
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(3) p.10
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(4) p.11
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(5) p.12
【新規】DXを支える4つの手法と考え方 p.64
【新規】「手段」と「目的」をはき違えるな! p.87
【改訂】事業戦略を考える p.88
【新規】共創ビジネスの実践 p.146
【新規】DXと共創の関係 p.147
【新規】イノベーションの本質 p.154
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
*変更はありません
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
*変更はありません
ITインフラとプラットフォーム編
*変更はありません
クラウド・コンピューティング編
【新規】クラウド・ネイティブとは p.106
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
開発と運用編
【新規】システム化の対象範囲 p.4
【新規】ITの役割分担 p.5
【新規】ワークロードとライフタイム p.6
【新規】人間の役割のシフト p.7
【新規】超高速開発ツール p.86
ITの歴史と最新のトレンド編
*変更はありません
テクノロジー・トピックス編
【新規】メモリードリブン・コンピュータ p.56-59
量子コンピュータ
【新規】物理学とコンピュータ p.3
【新規】量子コンピュータの分類 p.4
【改訂】量子コンピュータの限界と可能性 p.6
講演資料:
【大学生・講義】テクノロジーな未来は私たちを幸せにしてくれるのだろうか?
【SIer向イベント】Sierはもういらない! DX時代にそう言われないために