誰しも時間をかけて苦労して身につけた「常識」が役に立たないと言われると、抵抗したくなるのは当然のことだと思います。しかし、変化が激しい時代には、経験によって築いた「常識」こそがリスクとなり、組織の足を引っ張ることを自覚しなければなりません。経営者であれば、その影響は大きく、なおさらのことです。
誰よりもたくさんの成功を積み上げてきたからこそ経営者や役職者になれたのであれば、その成功の経験こそが、もはや不良資産です。この現実を受け入れなければ、改革のスタートポイントに立つことさえできません。改革の足かせとなっているのは、自分自身であるかもしれないと考えてみるべきなのです。その上で、過去の経験に頼ることなく、「いま」の常識に照らして最適な決定を下す必要があるのです。
では、どう既存をアップデートすればいいのか、どう作り替えればいいのかと考えたくもなりますが、それもまた、過去の経験に引きずられた発想でしかありません。既存を修正するのではなく、既存を捨てて、あるいは忘れてリセットする覚悟がなければ、変化に対応することは難しいでしょう。
名だたる大企業を尻目に、GAFAと呼ばれる新興企業が世界を席巻したのは、かれらに経験に裏打ちされた「常識」がなかったからです。この歴然たる事実から、私たちも学ぶべきなのです。
つまり「新しいことを始める」と言うことです。これまでの組織の慣例や業績評価基準、意志決定の方法なども新しく作り替えなくてはなりません。少し乱暴かも知れませんが、それほど振り切って考えなければ、これからの時代に生き残ることは難しいかも知れません。
ITビジネスについて、考えてみれば、そのことがすぐにも理解できるはずです。例えば、企業はこぞって「デジタル・トランスフォーメーション」や「攻めのIT」へと、IT投資をシフトさせようとしています。その目的が、企業の競争力の強化であり、差別化の拡大であるとすれば、それはその企業のコアコンピタンスですから、ノウハウやスキルを社内に蓄積しようとするはずです。つまり、この部分でのIT投資は内製であり、これまでの仕事の源泉となっていた外注の対象にはなりません。
そうなるとSI事業者やITベンダーにとっては、DX事業、あるいはDX案件と言えるのは、内製化支援となります。内製化支援の業績評価基準はどれだけ工数を提供したか、あるいはサービスを提供したか、その結果として、どれだけ売上や利益を上げたかではありません。お客様の事業が成功したかどうかで業績評価されなくてはなりません。当然、請負や準委任、派遣といったこれまでのやり方では対処できず、新たな契約形態を作る必要があります。また、顧客に提供する価値は、労働力でもプロジェクト・マネージメントの能力でもありません。圧倒的な技術力とスピード、お客様の業務を深く考察し「あるべき姿」について提言できる能力です。特に重視されるのはスピードです。なぜなら、これこそが過去の常識から大きく外れているからであり、お客様が最も手に入れたいものだからです。
不確実性の高いビジネス環境に俊敏に対処できてこそ企業は生き残ることができます。それを実現する手段がITを含むデジタル・テクノロジーであるとすれば、その構築や運用もまたスピードが求められます。
時間をかけて要件を丁寧にまとめ上げ、その通りに時間をかけてシステムを構築し納品するという前時代的な常識では、この内製化支援のニーズに応えられません。
アジャイル開発、DevOps、クラウド、コンテナ、マイクロサービス、サーバーレスといった言葉は、そんな文脈から自ずと導かれるキーワードです。もし、この一連の言葉が思い浮かばないとすれば、それこそが過去の経験に基づく「常識」にとらわれている証拠であり、リセットしなければならない対象です。
業績評価基準も売上と利益だけでは現場は動きません。行うべき仕事の内容に即した新たな業績評価基準をきめ細かく用意すべきです。例えば、お客様の業績に貢献したか、試行錯誤を繰り返したか、リピート案件を依頼されたかなど、新しい基準を用意すべきです。そうすれば、叱咤激励や危機感で煽らなくても、現場は自身の役割を理解し、目標達成に向けて自己学習し自律的に行動します。
既存の情報システムについては、クラウドや自動化へとシフトし、少しでも構築や運用のコストを低減しようとするはずです。これに取り組めば、短期的には、工数を減らすことになりますから売上や利益は減少します。これは、これまでのビジネスの「常識」に照らせば、「あってはならないこと」となります。しかし、世の中の必然がそちらに向かうのであれば、この現実は受け入れるしかありません。そして、それを業績として評価する基準を現場に示すことです。例えば、受注時点で3年分の見込みの売上と利益を業績として計上する、原価をゼロにして売上=利益として100%計上するなどは、ひとつの方法かも知れません。
情シス部門を顧客とした既存システムについては、徹底してクラウド化や自動化へシフトさせ、事業部門を顧客としたこれからのシステムはアジャイル、DevOps、クラウドを土台に内製化を支援する。この両者へのアプローチを両立させ、後者へとポートフォリオの重心をシフトさせることが、事業を継続するための条件になるはずです。ただし、後者については、既に申し上げているとおり「リセット」を前提に、これまでのやり方の延長線上にはない「あるべき姿」を目指し、テクノロジーやスキル、業績評価基準、組織の行動習慣すなわち組織文化もそれにふさわしいカタチに変えなくてはなりません。同じ会社では難しいのであれば、別会社として縛りを外してやらせてみるのもひとつの方法かも知れません。
これまでの経験に裏打ちされた常識が、役に立たなくなることをご理解いただけたでしょうか。「捨てる」あるいは「リセット」するとは、いまの現実を先入観なしにありのまま受け入れ、新しく始めることなのです。
結果として、既存で使えることもあるでしょう。なにもそれを使うなとか、無視すべきだといっているのではありません。つかえるものは、どんどんと使うべきです。ただ、まずはその前に、前提となる目指すべき「あるべき姿」や「解決すべき課題」を過去の延長線上に求めるのではなく、「いま」という新しい地平で、まっさらの状態から考えてみるべきだと申し上げているに過ぎません。そんなとき、経験で培われた「常識」はバイアスであり、判断を曇らせるリスクとなってしまうことに、細心の注意を払うべきです。
ちなみに、「デザイン思考」とはこのような状況に対処するための手法です。現場をありのままに受けとめ、何が真の課題か、どう解決すればいいのかを試行錯誤を重ねて見つけ出していこうというアプローチであり、それはお客様との新たな関係を築く手段ともなりますが、何よりも自分たちを客観的に理解するための手段にもなり得るでしょう。
「だから新規事業に取り組んでいる」
そんな話を聞くことがありますが、まったく本末転倒です。新規事業は手段でしかありません。「あるべき姿」や「解決すべき課題」が先ず先にあるべきです。「新規事業を立ち上げること」を事業目標にすべきではないのです。上司への忖度や過去の常識を排除して、自分たちの置かれている「いま」を真摯に見据え、何を目指すべきかをオープンに議論することから始めるべきです。失敗を許容する組織風土の中で試行錯誤して方法を探り、結果として、目指すことが達成できるのであれば、それでいいはずです。その手段として新規事業を立ち上げる必要があるとすればそうすべきですし、「あるべき姿」を達成しようとしたら、結果として、新規事業になっていたというのが、本来の姿ではないでしょうか。
また、そんな取り組みに関わる人たちには、「これは面白そうだ」、「世の中が変わるぞ」、そんな想いと「何としてでもやり抜く」、「是非ともやってみたい」、そんなパッションなくして、成功することはありません。
これまでの事業計画や稟議の評価基準をそのままに、進捗をきめ細かく管理しロジカルにリスクを排除して行くような「常識」のままで、成功する新規事業など生まれるはずはありません。ましてや「これは、新規事業にふさわしいだろうか」、「新規事業として経営者に予算をつけてもらえるだろうか」などと考え、新規事業という手段を実践すること目的にした組織まで作ってやろうとしても、まっとうな成果があがることはないでしょう。
「稼働率は高く、まだしばらくは何とかなる。焦る必要はない。」
そうやって、様子を見ているつもりかも知れませんが、過去の常識というフィルターを通して見た姿は、薄ぼけてセピア色です。本当の色や姿が見えません。なによりも、遅いシャッタースピードでしか見ることができないので、いまの世の中は全てぼやけてしまいます。
そもそも、「稼働率」という評価基準が、もはや価値を失っていることに気付くべきです。社員を設備のように扱い、休まず働き続けているから評価するという考え方から、そろそろ脱すべきではないでしょうか。どれだけお客様に価値を提供できたか、どれだけお客様からの信頼を勝ち得たか、どれだけ本人が成長し、会社に新たな価値をもたらしたかといった評価こそが、時代にふさわしい考え方であり、「働き方改革」の土台となるように思います。
過去の経験の積み上げからもたらされた「常識」は懐かしい思い出として大切にしておけばいいのです。それよりも、いまを素直に捉える目を養うことです。
新しいテクノロジーや世の中が常識としているサービスに関心を持つことです。それを自ら使って、自分たちの感性に落とし込むことです。その感覚こそが、既存の「常識」を取り除いてくれるでしょう。いまだ、世の中がデファクトとしているようなクラウド・サービスをプロキシーやファイヤーウォールで規制しているような企業に、「デジタル・トランスフォーメーション」だ、「攻めのIT」だなどと言える資格はありません。それが、非常識であるということに気付いていないとすれば、それもまた過去の常識の呪縛に陥っている証拠です。こんなことを言えば、「セキュリティがぁ!」と言う人たちが必ずいます。それもまた、セキュリティの常識が、もはや過去のものであるということに気付いていないからでしょう。
1965年、ゴードン・ムーアは、後に「ムーアの法則」と言われる半導体技術の指数関数的な発展を予言した自身の論文の中で、次のように述べています。
「家庭用コンピューターという驚くべきものや携帯用通信機器、そしてもしかしたら自動操縦の自動車まで登場するかもしれない。」
同様のことが、これからも起こるに違いありません。もちろんムーアほどの達見は、そう誰もが持ち合わせているわけではありませんが、少しだけ先にある未来、あるいはいまの時代の流れる向きは、見ようと思えば見ることができます。
過去の経験に裏打ちされた「常識」を捨てさり、リセットすべきです。その上で改めて、いまを素直に受けとめ、未来に向かって流れる川の行く末を眺めてみてはどうでしょう。そして、その未来に立って、そこから「いま」をふり返れば、自ずと何をすればいいのかが、見えてくるはずです。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
【8月度のコンテンツを更新しました】
・量子コンピュータのプレゼンテーションに新しい資料を加えました。
・講演資料を2つ追加しました。
・動画セミナーを1編追加いたしました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年8月版・最新の資料を反映しました。
総集編
【改訂】新入社員のための最新ITトレンド研修・2019年8月版
【改訂】これからのビジネス戦略
ITソリューション塾・最新教材ライブラリー/ITソリューション塾・第31期
【改訂】IoT
【改訂】AI
【改訂】これからの開発と運用
【改訂】これからのビジネス戦略
ビジネス戦略編
【改訂】デジタルとフィジカル(1) p.3
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションとCPS p.7
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(1) p.8
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(3) p.10
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(4) p.11
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か(5) p.12
【新規】DXを支える4つの手法と考え方 p.64
【新規】「手段」と「目的」をはき違えるな! p.87
【改訂】事業戦略を考える p.88
【新規】共創ビジネスの実践 p.146
【新規】DXと共創の関係 p.147
【新規】イノベーションの本質 p.154
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
*変更はありません
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
*変更はありません
ITインフラとプラットフォーム編
*変更はありません
クラウド・コンピューティング編
【新規】クラウド・ネイティブとは p.106
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
開発と運用編
【新規】システム化の対象範囲 p.4
【新規】ITの役割分担 p.5
【新規】ワークロードとライフタイム p.6
【新規】人間の役割のシフト p.7
【新規】超高速開発ツール p.86
ITの歴史と最新のトレンド編
*変更はありません
テクノロジー・トピックス編
【新規】メモリードリブン・コンピュータ p.56-59
量子コンピュータ
【新規】物理学とコンピュータ p.3
【新規】量子コンピュータの分類 p.4
【改訂】量子コンピュータの限界と可能性 p.6
講演資料:
【大学生・講義】テクノロジーな未来は私たちを幸せにしてくれるのだろうか?
【SIer向イベント】Sierはもういらない! DX時代にそう言われないために
人間は余程の事が無い限りは、長年染みついた性格と同様、苦労して身に着けた経験は中々忘れる事は出来ない。しかしながら世の中はその変革を渇望しているのが現実です。スピードと技術は日頃の行動に現れるものと思われます。
例えば納期が決まってる案件を納期一杯使用する人や納期前に提示する人がいる様に、また安定を求めるビジネススタイルの人も居れば、野心剥き出しでガツガツやるビジネススタイルの人も居る。
その日頃の何気ない行動から変革しないとビジネススタイルだけ変更しても後で必ずボロが出てきます。