『日本軍のエリート学習は、現場体験による積み上げ以外になかったし、指揮官、参謀、兵ともに既存の戦略の枠組みの中では発揮するが、その前提が崩れるとコンティンジェンシープラン(うまくいかなかったときの代替となる計画)がないばかりか、全く異なる戦略を策定する能力がなかったのである。』
「失敗の本質」という本の一節です。第二次世界大戦中の日本軍の軍事作戦の失敗を組織論的に分析したものです。1984年の出版ではありますが未だに再販を重ねる名著で、私も思い出しては何度も読み返しています。
これを次のように読み替えてみると、まったく違和感がないことに気付かれるはずです。
『日本企業の管理者の学習は、現場体験による積み上げ以外になかったし、部長、課長、社員ともに既存の戦略の枠組みの中では発揮するが、その前提が崩れるとコンティンジェンシープランがないばかりか、全く異なる戦略を策定する能力がなかったのである。』
これまで、ITに関わる意志決定は情報システム部門がその権限を握っていました。しかし、事業の差別化や競争優位を生みだすための「攻めのIT」や「デジタル・トランスフォーメーション」への要請が高まる中、意志決定は事業部門へとシフトしつつあります。
一方で、情報システム部門が担う「守りのIT」は常にコスト圧力に晒されています。加えて、クラウドや自動化の適用範囲が拡大してゆけば、「情報システム部門を相手に機器の販売や構築、運用に関わる工数を提供する」という従来の枠組みではビジネスを拡大するどころかそれを維持することさえ難しくなるでしょう。まさに前提が崩れてしまったのです。
これまでの成功体験から導き出された体験的ドグマに固執し、その枠組みから外れるものについてはそれを遠ざけ、自分の経験則に合うように解釈を作り替えてしまう。世の中の変化やお客様の意識の変化から学習しようとはせず、これまでの枠組みを変えようとはしない。いや、「変えなくてはならない」と言いつつも行動しない。まさに「前提が崩れるとコンティンジェンシープランがないばかりか、全く異なる戦略を策定する能力」がないのです。
70年以上も前の組織のメンタリティが時代を超えて引き継がれているということに驚かされます。
デジタル・トランスフォーメーション以前(Before DX)のITは、「生産性向上・コスト削減・期間短縮」を目的としています。業績に関わる責任は事業部門が担い、ITは、そんな彼らの業務を支援する役割を担っています。その支援業務に責任を負うのが情報システム部門です。
「本業」や「コアコンピタンス」は、事業部門が産み出すものであって、ITは、それを支援する道具であるとすれば、ITは経費であり、「少しでも安く」が正義。当然、常に削減の対象です。
「IT投資」という言葉が使われますが、実質「投資」ではありません。システムを構築すれば、それを資産計上し、その資産の総額が「IT投資」と言われるものの「枠」となります。当然「資産」ですから減価償却しますが、5年の償却期間を考えると一年間に償却されるのは、総資産の20%であり、それが実質使える「IT投資」となります。これは、投資とは名ばかりで、実質的には「経費」であり、それを越えることは許されないという暗黙のプレッシャーがかかり続けているわけです。
「2025年の崖」で指摘されている「レガシーITのために予算の8割が使われ、新しいことに使える予算が2割しかない」との指摘は、まさにこのことを説明しているわけです。
本来、「投資」とは、ビジネスにおける「投資対効果」を考えて行うものです。効果、すなわち事業利益の期待値に見合う範囲で行います。事業利益が大きければ投資も大きくなるし、小さければ投資も小さくなるという原則に従います。そう考えれば、一般に言われる「IT投資」なるものは、「投資」ではなく「経費」であると言うべきでしょう。
「経費」は常に削減の対象です。その手段の1つとして、これまで「外注」によるシステム構築や運用がおこなわれてきました。そこには、「少しでも安く」の正義が常に働き続けますから、需要があって稼働率は確保できても、利益率を上げることは難しい状況はこれからも続きます。
「少しでも安く」をさらに推し進めようという正義は働き続けます。そうなると、外注よりもクラウドや自動化にシフトして行きます。結果として、Before DXに関わるビジネスは厳しくなってゆくでしょう。
ただ、これを推し進めることは、所轄部門である情報システム部門の仕事を減らすとともに、これまで積み上げてきたスキルや常識といった前提が崩れてしまいます。当然、これに抵抗するでしょう。これに与するのが、同じ前提を共有するSIerやITベンダーです。彼らもまた抵抗し、結果として、利害が一致することとなり、両者は共に、経営者や事業部門の期待するDXの実現の足かせとなってしまいます。
一方、After DXのITは、「変化への即応力・破壊的競争力・価値の創出」を目的とします。ITは事業を差別化するための武器として競争力の源泉となります。そうなれば、ITは本当の意味で「投資」として意識され、ITは事業価値を生みだすもの、すなわち「本業」であり「コアコンピタンス」そのものとなります。
事業価値を生みだすスキルやノウハウは企業にとって競争力の源泉となるわけですから、これを内部に蓄積し、磨きをかけていこうというのは当然の思惑です。従って、After DXのITは、収益の責任を負う事業部門の役割となり内製へと向かいます。
事業部門にとって重要なことは、ビジネス・ロジック、つまりアプリケーションです。インフラの構築や運用といった付加価値を産み出さないところに手間はかけたくありません。しかも、ビジネス環境の不確実性が高まる中、変化への俊敏な対応が求められます。そうなれば必然的に、アジャイル開発、DevOps、クラウドが前提となります。また、クラウドもインフラの構築や運用を必要としないサーバーレスやFaaSなどのクラウド・ネイティブでアプリケーションを開発・運用し、変化に俊敏に対処するためのマイクロ・サービスやコンテナが前提になります。
この点がBefore DXの志向するクラウドと大きく異なる点です。Before DXでのクラウド・シフトの目的は経費削減ですから、物理マシンを仮想化してIaaSへ移行することも選択肢になります。しかし、After DXでは、不確実性の高まるビジネス環境への俊敏な対応により事業収益を確保することが目的となるので、クラウド・ネイティブが前提になります。これもまた、前提となるスキルの転換を求められることになるでしょう。
DXの目的は、これまでもこのブログでも度々申し上げてきたことですが、デジタル・テクノロジーを駆使して、「変化に俊敏に対応できる企業文化・体質を実現すること」です。AIやIoTを使って、新しいビジネスを立ち上げることではありません。もし正しい意味でのDXを推進するとなれば、これは経営者や事業部門がこれを主導することになります。
そうなれば、「DX事業」や「DX案件」と称して、新たな事業機会を求めようとするSIerやITベンダーにとっての顧客は「事業部門」、事業内容は「内製化支援」、目標は顧客の「事業の成功」となります。Before DXの「情報システム部門」、「外注受託」、「工数の拡大」とは、前提が大きく変わってしまいます。
また、課題を解決するためのソリューション、製品や工数の提供ではなく、課題を見つけ、失敗を許容して試行錯誤し、圧倒的な技術力で内製化のためのスキルを移転することとなるので、売上や利益という業績評価基準で、その取り組みを評価することはできません。
業績に連動しなければ現場は動きません。だから、「共創/協創」というビジネス・スキームを掲げ、それにふさわしい業績評価基準を適用しなければならないわけです。
本来、「共創(Co-Creation)」とは「様々なステークホルダーと協働して共に新たな価値を創造すること」と定義されています。そのためには、オープン・イノベーション、試行錯誤、リスクテイクなど、おおよそSI事業のビジネス・スキームとはかけ離れてしまい、業績評価基準も新たに創らなければなりません。この点に於いても、前提は崩れてしまいます。
「前提が崩れるとコンティンジェンシープランがないばかりか、全く異なる戦略を策定する能力がなかったのである。」
改めて、冒頭の一節に立ち返ってみて下さい。
「そんなことはない、うちは変わろうとしているし、施策も打っている。」
ならば素晴らしいことです。しかし、たとえそうであっても、それに時間をかけているようであれば、それこそが命取りです。「昔のスピード感」という前提も崩れてしまっていることにも、気付くべきでしょう。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
【7月度のコンテンツを更新しました】
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- RPAのプレゼンテーションに新しい資料を加えました。
- 講演資料:「デジタル・トランスフォーメーションの本質と「共創」戦略」を追加しました。
- 動画セミナーを3編追加いたしました。
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総集編
【改訂】総集編 2019年7月版・最新の資料を反映しました。
動画セミナー/ITソリューション塾・第31期
【改訂】IoT
【改訂】AI
【改訂】コレからの開発と運用
ITソリューション塾・最新教材ライブラリー/ITソリューション塾・第31期
【改訂】IoT
【改訂】AI
【改訂】コレからの開発と運用
ビジネス戦略編
【新規】OMO(Online Merges with Offline) p.5
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとOMO p.16
【新規】デジタイゼーションとデジタライゼーション p.22
【新規】DX事業とは p.43
【改訂】DXを支えるテクノロジー p.55
【新規】Legacy ITとModern IT p.54
【新規】事業戦略を考える p.79
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】IoTセキュリティ p.82
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【新規】特化型と汎用型の違い p.13
【新規】ルールベースと機械学習 p.73
【改訂】知能・身体・外的環境とAI p.80
【改訂】機械と意識とAI p.81
【新規】学習と推論の関係 p.79
【新規】創造力とは何か P.114
ITインフラとプラットフォーム編
*変更はありません
クラウド・コンピューティング編
【改訂】クラウド・サービスの区分 p.43
【新規】なぜクラウド・ネイティブにシフトするのか p.105
サービス&アプリケーション・基本編
Frontier One Inc. (鍋野敬一郎氏)より提供の資料
【新規】ERPの進化 :業務システムの寄せ集めから次世代ERPへ p.18
【新規】SAPの提唱するインテリジェンス・エンタープライズp.19
【新規】SAPにおけるAIの定義(2018)p.20
【新規】SAP Leonardo :ERP+機械学習p.21
【新規】SAP Leonardo : ERP + AI = Intelligent Apps ! p.22
開発と運用編
【改訂】ビジネス・スピードを加速する方法 p.41
ITの歴史と最新のトレンド編
*変更はありません
テクノロジー・トピックス編
Facebook LIBRA
【新規】LIBRA協会の参加企業 p.52
【新規】LIBRAとは p.53
【新規】LIBRAとBit Coin との違い p.54
【新規】LIBRAへの懸念 p.55
RPA
【新規】AI-OCRの事例 p.25
【新規】導入上の留意点 p.26
【新規】成果をあげるための取り組み p.27
【新規】プロセス・マイニングとRPA 32
講演資料:デジタル・トランスフォーメーションの本質と「共創」戦略