「IoTで新しい事業を立ち上げるようにと、社長から言われています。どのようにすすめればいいでしょうか?」
製造業の新規事業の開発を担当されている方からこんなご相談を頂いた。
最近、このようなご相談を頂く機会が増えている。その多くは、この方同様に事業部門の企画や戦略、あるいは技術開発に携わっている人たちだ。世間でなにやら騒いでいるので、うちも何かしなくてはいけないと言うことなのだろう。
「部下にアイデアを出すように指示しています。でも、まともな企画がなかなかあがってきません。」
経営者から、こんな話しを聞くこともある。いずれにしろ、”絶対に”うまくいかないやり方の典型だ。
第一にテクノロジーは解決策であって、目的ではないからだ。事業が抱える如何なる課題を解決したいのか、事業を成長させるために何を実現したいのかをはっきりとさせないままに、テクノロジーを使うことが目的となってしまっているようでは、成果を評価することはできない。
- この課題が解決すれば、コストが半減する。
- このような仕組みを作ることができれば、競合他社に対して、圧倒的に優位に立てる。
- このやり方を変えられれば、残業をなくし、品質も高められる。
などの「この」が何かをまずははっきりさせないままに、取り組みを始めてもうまくいく道理はない。それにも関わらず、「何かをやらないわけにはいかない」とPoC(Proof of Concept/概念を検証するための取り組み)に取り組む企業が後を絶たない。そういう企業のPoCは次のような手順ですすめられる。
- うちの仕事で、この技術を使えるところはないだろうか。
- まずは、この技術でできることは何か、どんな機能や性能があるのか。
- うちの業務で使えるところはないだろうか。
- なんとか使えるところは見つけて使ってみたが、さほどの成果は期待できない(そもそも、使えるところを見つけて使っただけで、課題を解決したい、ブレークスルーしたい、改善したいために使っているわけではない)。
- 「使ってみた」という成果だけが残り、次に続かない。
このようなPoCが成功するはずがない。本来、PoCのC = Concept(概念)とは、事業の概念であり、その事業が思惑通り実現できるかどうかを検証することがPoCの趣旨である。しかし、IoTとは何だろう、あるいはAIで何ができるのだろうかといった機能や性能への興味や関心、好奇心を満たすためのPoCになっている。このようなPoCはProof of Curiosity(好奇心、物珍しさ、詮索好き)と言うべきかもしれない。これでは、事業の成果に結びつくことはない。
事業会社がこんな成果に結びつかないPoCを繰り返していたら予算がいくらあっても足りないだろう。まさにPoC貧乏である。一方、これに加担するITベンダーやSI事業者にとっては、必ずしも悪い話しではない。なぜなら、成果を保証する必要がなく、工数を稼ぎ、しかも、自分たちは技術検証ができて勉強になる。IoTやAIに多少なりとも見識があれば、短期的にはPoC成金になれるかもしれない。しかし、それがお客様の事業に継続的に組み入れられなければ、安定した収益の確保や継続的拡大にはつながらない。また、技術のつまみ食いが増えて、実績が積み上がらず、ノウハウが蓄積しない。持ち出しも増えるだろう。結局はこちらもPoC貧乏の憂き目にあうだけだ。
PoCは本来、次のような手順を踏むべきだ。
- この課題をブレークスルーできれば劇的な改善や圧倒的競争力が手に入るはずだ!
- 課題を解決するためのには、どのようなビジネス・モデルやビジネス・プロセスにすればいいのだろう?
- 使える方法論やテクノロジーには何があるのだろう?仕事のやり方を変える、成熟した技術を使うことで解決できることも多い。
- 事業での成果があげられたかどうかで当初の仮説や方法論、テクノロジーを評価する。機能や性能を評価することではない。
- 結果から改善点を見つけ、再びやってみる。ダメなら、やり方を変えることも辞さない。
IoTかどうかはどうでもいい話だ。大切なことは、事業の成果に結びつくかどうかであり、IoTを使うことではない。そこが入れ替わってしまうと不幸な結末を迎えることになる。
また、部下に企画をまとめるようにと指示をしても、IoTとは何かを正しく理解できていなければ、適切な使い道は見いだせない。例えば、サイバー・フィジカル・システム、機械学習、モノのサービス化など、IoTと深く結びつく概念がある。デジタル・ビジネス・プラットフォーム、システムの三層構造、IoTを想定した通信やセキュリティなどのテクノロジーについてもその仕組みや意味を理解しておかなければならない。
行き着くところは、「業務がITへ、ITが業務へとシームレスに変換される状態」、つまりデジタル・フォーメーションだ。IoTによる現場の把握とIT化されたビジネス・プロセスが連係を図りながら劇的な効率化や最適化を実現することだ。これによって、事業構造の転換を図ってこそ、その価値が生まれる。
実装はIT専門家にまかせればいい。しかし、それらが何を意味するのか、何ができるのか、どのようなビジネス価値をもたらすのかは事業会社の人間が知らなければ、何処に何を使えばいいのか分からない。また、ITベンダーやSI事業者はその価値を正しく伝えられなくてはいけない。そして、事業会社の事業の成果を実現するために、どうすればいいのかを共に考え、実現の筋道を歩んでゆく。それが、「共創」の本来のカタチではないかと思う。
テクノロジーの常識がないままにそのテクノロジーで何かを考えろと言っても何も出てこないのは当然こと。また、経営者だって、その価値をもまともに評価できないはずだ。経営者もまた、テクノロジーのもたらす価値については、正しく理解しておく必要がある。
「まずは、何を解決したいのか、何を実現したいのか、そこをしっかり議論されてはどうでしょう。」
冒頭の質問に、私はこんな回答をした。これは、事業会社自身が取り組むべきことであり、外部の人間にできることではない。ITベンダーやSI事業者は、先ずその取り組みに協力すべきだだろう。つまり、お客様からの依頼を待つのではなく、お客様と一緒になって、何を解決すればいまの事業を改善できるのか、どこをブレークスルーすれば飛躍的な成長が期待できるのかを、お客様の目線で、一緒になって考えることだ。もちろん、手段ありきの話しではない。
クラウドや自動化の進展により、これまでのような工数需要の拡大を期待できない。だからといって付け焼き刃の「技術力」では、PoC貧乏になるだけの話しだ。お客様の事業に関心を持ち、その課題をお客様と一緒になって解決する。そんな地に足が着いた関係を築いてゆかなければ、生き残ることはできない時代になろうとしている。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
LiBRA 10月度版リリース====================
・新たに【総集編】2018年10月版 を掲載しました。
「最新のITトレンドとこれからのビジネス戦略」研修に直近で使用しているプレゼンテーションをまとめたものです。アーカイブが膨大な量となり探しづらいとのご意見を頂き作成したものです。毎月最新の内容に更新します。
・アーカイブ資料につきましては、古い統計や解釈に基づく資料を削除し、減量致しました。
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ビジネス戦略編
【更新】UberとTaxi p.10
【更新】もし、変わることができなければ p.16
人材開発編
*変更はありません
サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】モノのサービス化 p.34
【更新】モノのサービス化 p.37
サービス&アプリケーション・先進技術編/AI
【更新】AIと人間の役割分担 p.12
【更新】自動化から自律化への進化 p.24
【更新】知的望遠鏡 p.25
【更新】人に寄り添うIT p.26
【更新】人工知能・機械学習・ディープラーニングの関係 p.64
【更新】なぜいま人工知能なのか p.65
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
サービス&アプリケーション・開発と運用編
【新規】マイクロサービス ・アーキテクチャ p.62
【新規】マイクロサービス・アーキテクチャの6つのメリット p.63
【新規】マイクロサービス・アーキテクチャの3つの課題 p.64
【新規】FaaS(Function as a Service)の位置付け p.68
ITインフラとプラットフォーム編
【更新】Infrastructure as Code p.78
【新規】Infrastructure as Codeとこれまでの手順 p.79
【更新】5Gの3つの特徴 p.235
クラウド・コンピューティング編
【更新】クラウドの定義/サービス・モデル (Service Model) p.41
【更新】5つの必須の特徴 p.55
【新規】クラウドのメリットを活かせる4つのパターン p.57
テクノロジー・トピックス編
*変更はありません。
ITの歴史と最新のトレンド編
*変更ありません