「あの方は確かに経験も豊富でプロジェクト・マネージャーとしては申し分ありません。しかし、うちのCIOをお願いするには適格者ではありませんでした。」
製造業の経営者からこんな話を伺った。
彼の会社は自社のデジタル戦略を推進するために、ITに精通したCIOを招きたいと人材紹介会社に頼んだそうだ。しばらくして、大手SI事業者でSEやプロマネの経験を持つ50歳代の男性を紹介されたという。
「大きなプロジェクトも経験し、修羅場もくぐり抜けてきたようです。ITについての知識やプロジェクトを管理する能力も十分にあると思います。ただ、うちの事業や経営についての提言を求めても、まともな話ができません。私たちの未来に関わる新しい戦略を託すのは、ちょっと難しそうですね。」
この経営者が求めていたのは、ITを活かして事業や経営の改革の道筋を描き、リーダーとして推進できる人材だった。言われたことは歯を食いしばっても完成させる人材ではない。
SI会社に勤める40歳代後半の男性からこんな話しを聞いたことがある。
「転職をしようと面接をうけました。担当者との面接は順調でした。その方からは、いまの会社の看板もあるし、プロジェクト経験も豊富なので、社長との面談も大丈夫でしょうということでした。しかし、社長からは私の実績を聞かれることはなく、ITの専門家として、今後うちの会社をどう変えてゆけばいいのか、そのためにどのような取り組みをすすめてゆけばいいのかを教えて欲しいと言われました。私は、そんなことなど考えていなかったので、少し考えさせて欲しい。改めて時間を頂きたいと申し上げたのですが、縁がなかったと言うことになってしまいました。」
私は何も転職を進めているわけではない。お客様が求めているIT人材がこれまでの延長線上にはないと言うことを知ってもらいたかったから、このような事例を紹介した。そのことに気がついていない人たちが少なからずいることを私は残念に思っている。
SI事業者の中には、「共創」の看板を掲げる企業が増えている。しかし、お客様の経営や事業に踏み込んでお客様と議論し、お客様のイノベーションに貢献できなければ、それはただのお題目に過ぎない。しかし、「イノベーション」の本質を問うことなく「共創」の看板だけが一人歩きしている現実に、私は大いに危惧をいだいている。それは、AIやIoT、ロボットなど先端テクノロジーの技術力を伸ばせば、お客様のイノベーションに貢献できるという考えに現れている。
「イノベーション(Innovation)」が、かつて「技術革新」と訳されたこと(1958年の経済白書)もあり、技術力と結びつけて考えがちだが、技術力だけではイノベーションは生まれない。シュンペーターが言うようにイノベーションとは「新しい組合せ」だ。
それを生みだす役割を担うのが「アントレプレナー(Entrepreneur)」である。「アントレプレナー」とは、一般的には起業家と訳されるが、より広い意味で「市場に変化と成長を起こす人として、新しい発想の創出、普及、適用を促す人、チャンスを積極的に探って、それに向かって冒険的にリスクを取る人」という意味で使われている。
つまり、アントレプレナーが、これまでにない新しい発想で既存の組織や事業などの経営資源を組み替え、新しい組み合わせを実現する取り組みがイノベーションということになる。
また、イノベーションの結果としてもたらされるのが「創造的破壊」だ。
シュンペーターは「創造的破壊」について、次のように述べている。
経済発展というのは新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくという、その一連の新陳代謝を指す。創造的破壊は資本主義における経済発展そのものであり、これが起こる背景は基本的には外部環境の変化ではなく、企業内部のイノベーションであるとした。そして持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であるとシュンペーターは説いた。(Wikipedia参照)
つまりイノベーションを起こすとは、アントレブレナーの存在が前提であり、彼が組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変え「創造的破壊」を生みだすことでなくてはならない。しかし、我が国に於いては、新しい技術を導入はしたものの、既存の組織や伝統的な仕事の仕方には手をつけず、「創造的破壊」を避けて「イノベーションのまねごと」で終わらせている企業が多いのが現実ではないだろうか。
「共創」を看板に掲げ、お客様の「イノベーション」に貢献するのであれば、新しい技術を追いかけるだけではなく、冒頭にあるように、アントレプレナーとして期待されるような人材を育てる必要がある。お客様と対等に渡り合い、お客様の事業や組織にまで踏み込んで提言できる力を持たなくてはならないと言うことだ。
お客様は「イノベーションのまねごと」ではもはや生き残ることができないと気づきはじめている。いやむしろ、この事実をお客様に積極的に知らしめ、お客様のイノベーションに貢献できることを訴えることで、新たなビジネス・チャンスを生みだすことが、「共創」を看板に掲げる意義ではないのか。
先週のブログでも紹介したが、デジタル・トランスフォーメーションは待ったなしでやってくる。この現実に向きあうためにも、SI事業者自らのイノベーションに向きあう必要がある。それは、組織を大幅に刷新し、仕事のやり方を大胆に変え創造的破壊をもたらすことだ。既存の延長線上に解決策を求めてもイノベーションを生みだすことは難しい。
技術力を育てることを否定するものではない。育てた技術力をビジネスの価値に置き換える物語が必要だ。それがアントレプレナーによるイノベーション、すなわち既存の価値基準を破壊して、組織や事業のあり方を大きく変えることである。それが理解できないのであれば、経営者や幹部は、会社の未来の足かせにならない道を自らすすんで選ぶべきではないか。もはや時代はそれほど差し迫っている。
工数に頼るビジネスの課題は景気やお客様の意向に左右されることにある。自分で自分の未来を描けないことだ。加えて、クラウドや自動化による工数需要の略奪も時間とともに加速する。もはやこれまでの延長線上に自分たちの未来はないことを自覚すべきなのだ。
一方で、ITは事業や経営のイノベーションを加速する原動力として、益々その役割を拡げ需要を拡大している。しかし、その需要は工数ではなく、ビジネスとITを結びつける物語を描く力だ。それを仕掛け、リードして、お客様のデジタル・トランスフォーメーションに貢献する「共創」力こそが、収益の源泉となるだろう。
冒頭のようなケースで採用される人材こそが、「共創」力を牽引する。そういう人たちを育て、チャンスを与え、常に成長の実感を与え続けることができれば、人材が離れていくことはない。
優秀な人たちが離れてゆくのは閉塞感だ。それに打つ手を示さないことが会社への魅力を失わせる最大の原因だ。つまり、「この会社にいても未来がない」と感じさせさてしまうことにある。このような状況にあれば、お客様から見ても「未来を相談できる相手ではない」と感じさせてしまうだろう。そうなれば、お客様の新たな取り組みに関わるチャンスを失うことになり、現場の閉塞感を助長する。そんな悪循環になってはいないだろうか。
イノベーションの本質を理解できない経営者や幹部は、会社の未来の足かせにならない道を自らすすんで選ぶべきではないか。それこそが自社にイノベーションをもたらす最善の策ではないのか。
そこに働く人たちもまた、「経験があること」にあぐらをかくべきではない。冒頭のような面接でお客様の経営者に自信を持って提言できるだろうか。そんな知識と能力を磨くことだ。それがこれからの求められる人材であることは言うまでもない。
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参加費も1日研修で1万円に設定しました。この金額ならば、会社が費用を出してくれなくても、志さえあれば自腹で支払えるだろうと考えたからです。
社会人として、あるいはIT業界人として、厳しいことや頑張らなくちゃいけないことも伝えなくてはなりません。でも「ITは楽しい」と思えてこそ、困難を乗り越える力が生まれてくるのではないでしょうか。
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詳しくは、こちらをご覧下さい。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
LiBRA 5月度版リリース====================
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【新規掲載】SI事業者/ITベンダーのためのデジタル・トランスフォーメーションの教科書
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「ITソリューション塾・第27期」の最新コンテンツを追加
メインテーマ
ITトレンドの読み解き方とクラウドの本質
ソフトウェア化するインフラと仮想化
クラウド時代のモバイルデバイスとクライアント
IoT(モノのインターネット)
AI(人工知能)
データベース
ストレージ
これからのアプリケーション開発と運用
これからのビジネス戦略【新規】
知っておきたいトレンド
ブロックチェーン
量子コンピュータ
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サービス&アプリケーション・先進技術編/IoT
【新規】伝統的なやり方とIoTの違い p.19
サービス&アプリケーション・先進技術編/人工知能とロボット
【新規】人間にしかできないコト・機械にもできること p.100
インフラ&プラットフォーム編
【新規】仮想化とは何か p.68
【新規】仮想化の役割 p.70
【新規】サイバー・セキュリティ対策とは何か p.125
【新規】脆弱性対策 p.127
クラウド・コンピューティング編
【新規】コンピューターの構成と種類 p.6
【新規】「クラウド・コンピューティング」という名前の由来 p.17
【新規】クラウドがもたらすビジネス価値 p.26