『キャズム』の著者、Geoffrey A. Mooreは、2011年に出版したホワイト・ペーパー『Systems of Engagement and The Future of Enterprise IT』の中で、「Systems of Engagement(SoE)」という言葉を使っています。彼はこの中でSoEを次のように説明しています。
様々なソーシャル・ウエブが人間や文化に強い影響を及ぼし、人間関係はデジタル化した。
人間関係がデジタル化した世界で、企業だけがそれと無関係ではいられない。社内にサイロ化して閉じたシステムと、そこに記録されたデータだけでやっていけるわけがない。
ビジネスの成否は「Moment of Engagement(人と人がつながる瞬間)」に関われるかどうかで決まる。
System of Record(SoR)とSystem of Engagement(SoE)
これまで情報システムは、顧客へリーチし、その気にさせる役割はアナログな人間関係が担ってきました。そして顧客が製品やサービスを“買ってから”その手続きを処理し、結果のデータを格納するSystem of Record(SoR)に関心を持ってきました。ERP、SCM、販売管理などのシステムがそれに該当します。
しかし、人間関係がデジタル化すれば、顧客接点もデジタル化します。そうなれば、顧客に製品やサービスを“いかに買ってもらうか”をデジタル化しなくてはなりません。System of Engagement(SoE)とは、そのためのシステムであり、その重要性が増していると言うのです。CRM、マーケティング・オートメーション、オンライン・ショップなどがこれに当たります。
モード1とモード2
ガートナーは、SoRに相当する情報システムを「モード1」、SoEに相当するものを「モード2」と呼んでいます。そして、それぞれには次のような特徴があると述べています。
モード1:変化が少なく、確実性、安定性を重視する領域のシステム
モード1のシステムは、効率化によるコスト削減を目指す場合が多く、人事や会計、生産管理などの社内ユーザーを前提とした業務が中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- 高品質・安定稼働
- 着実・正確
- 高いコスト/価格
- 手厚いサポート
- 高い満足(安全・安心)
モード2:開発・改善のスピードや「使いやすさ」などを重視するシステム
モード2は、差別化による競争力強化と収益の拡大を目指す場合が多く、ITと一体化したデジタル・ビジネスや顧客とのコミュニケーションが必要なサービスが中心となります。そして、次の要件を満たすことが求められます。
- そこそこ(Good Enough)
- 速い・俊敏
- 低いコスト/価格
- 便利で迅速なサポート
- 高い満足(わかりやすい、できる、楽しい)
2つのモードの違いを理解して取り組むことの必要性
この両者は併存し、お互いに連携することになりますから、どちらか一方だけに対応すればいいと言うことにはなりません。その際に注意すべきは、従来のモード1やり方が、モード2ではそのまま通用しないことです。
モード1では「現場の要求は中長期的に変わらない」ことを前提に要求仕様を固めますから、仕様を凍結した後はビジネスの現場と開発を一旦切り離して作業を進めても、時間の経過にともなう要求仕様の変化が比較的少ないという特性があります。そのため、業務要件を確実に固め、要求仕様通りシステムを開発するというやり方でも対応できます。一方、モード2では、移ろいやすい顧客の志向やビジネス環境の不確実性にともなう変化に対応できなくてはなりません。そのため、事前に要件を完全に固めることはできず、開発の過程でも現場のフィードバックをうけながら、ニーズの変化に臨機応変に対応して、新たな開発や仕様の変更を受け入れなくてはなりません。
バイモーダルSIへの進化が求められている
デジタルな人間関係が大きな比重を占めるようになったことで、SoE/モード2で顧客にリーチし購買に結びつけ、SoR/モード1で購買手続きを迅速、正確に処理しデータを記憶するといった連係が重要になってきます。もはや、企業の情報システムはSoR/モード1だけでは成り立たず、SoE/モード2への取り組みを合わせて進めなくてはならないのです。
ただ、両者は、その特性の違いから、開発や運用の思想が違い、手法やツールも違います。この違いを理解して、両者を組み合わせて使いこなす必要があります。
ガートナーはこの組合せを「バイモーダルIT」と呼んでいます。しかし、両者は、往々にしてそこに関わる人たちの思想や文化の違いを生みだし、対立が起きやすいこともまた現実です。だからこそ双方に敬意を払いつつ、お互いの取り組みを尊重し、それぞれの違いを受け入れて、協調・連係する努力が必要です。
SIビジネスもまた両者を組み合わせて提供する「バイモーダルSI」へと、自らの役割を進化させる必要があるでしょう。
これこそが、SoR/モード1を主体に実績を重ねてきた企業の強みでもあります。つまり、SoE/モード2への取り組みを磨けば、「バイモーダルSI」へと進化できるのです。一方で、ベンチャー企業の多くは、企業規模やリソースの制約から、需要が大きく伸びているSoE/モード2へと傾注せざるを得ません。彼らが体力を必要とするSoR/モード1に手を伸ばすことは容易なことではなく、「バイモーダルSI」を目指すこともまた容易なことではありません。
この強みを活かすことです。そのためには、SoE/モード2のスキルを磨き、体制を整えることです。そして、新しい取り組みや技術に取り組むベンチャー企業とも対等につき合って、お互いの価値を融合させ、「バイモーダルSI」を自らの強みに育ててゆくことです。
SoR/モード1を主体に実績を蓄積して企業にとっては、新たなチャンスの到来と受けとめるべきではないでしょうか。
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・デジタル・トランスフォーメーションについて大幅に解説を増やしました。
・【講演資料】SIビジネスのデジタル・トランスフォーメーション を新規に掲載しました。
・量子コンピュータについて、チャートの他に解説文を作りました。
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追加・更新の詳細は以下の通りです。
プラットフォーム&インフラ編
【改訂】サーバー仮想化とコンテナ p.94
【新規】ビジネスとしてのランサムウェア p.113
ビジネス戦略編
【改訂】デジタル・トランスフォーメーションの意味 p.4
【新規】デジタル・トランスフォーメーションとは何か p.5
【新規】「限界費用ゼロ社会」の実現を支えるデジタル・トランスフォーメーションp.6
【新規】デジタル・トランスフォーメーションの全体像 p.7
【新規】デジタルトランスフォーメーションとCPS p.8
【新規】デジタル・トランスフォーメーションを支えるテクノロジー p.9
【新規】デジタル・トランスフォーメーション実現のための取り組み p.10
【新規】デジタル・トランスフォーメーションをとは p.11
【新規】デザイン思考・リーン・アジャイル・DevOpsの関係 p.16
【新規】SIビジネスとして注力すべきテクノロジー(解説付き) p.17
【新規】デジタルトランスフォーメーション時代に求められる能力 p.20
サービス&アプリケーション・先端技術編/IoT
【新規】機能階層のシフト p.46
サービス&アプリケーション・先端技術編/人工知能とロボット
【新規】手順が決まった仕事は機械に置き換わる p.18
【新規】深層学習の学習と推論 p.52
【新規】「AIカント君」の可能性について p.92
開発と運用編
【新規】DockerとKubernetesの関係 p.45
【新規】システム開発のこれから p.62
テクノロジー・トピックス編
【新規】スマート・コントラクト p.53
【新規】量子コンピュータについての解説文 p.67-68
ITの歴史と最新トレンド編
*変更はありません
クラウド・コンピューティング編
*変更はありません
サービス&アプリケーション・基本編
*変更はありません
【講演資料】SIビジネスのデジタル・トランスフォーメーション を新規に掲載しました。