「自分は命令に従っただけだ。」
ドイツのナチス政権による「ユダヤ人問題の最終的解決(ホロコースト)」に関与し、数百万の人々を強制収容所へ移送するにあたって指揮的役割を担ったアドルフ・アイヒマンが、後の裁判で繰り返し述べた言葉です。
彼は、「自分の所属する組織の命令に従ったまで」であり「自分の意志ではない」と抗弁し無罪を主張し続けました。
この裁判を傍聴したハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は、その記録を元に『イエルサレムのアイヒマン〜悪の陳腐さについての報告』を著しています。彼女はドイツ出身の哲学者、思想家であり、ナチズムが台頭したドイツからアメリカ合衆国に亡命したユダヤ人でもありました。彼女は、本書で次のように述べています。
「彼は愚かではなかった。まったく思考していないこと、それが彼があの時代の最大の犯罪者の一人になる素因だったのだ。」
そして、彼女はこの現象を「悪の陳腐さ(あるいは凡庸さ)the banality of evil」と名づけました。
「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。」
と述べています。そして、次のようにも述べています。
「悪とは、システムを無批判に受け入れることである。」
アイヒマンは、人間の大切な能力、すなわち「思考する能力」を放棄し、その結果、数百万人のユダヤ人を殺害する「悪」を生みだしたのです。
「悪」は「善」の対極にあるのではなく、思考を停止した普通の人たちが、結果として作り出してしまうもの、つまり、どこにでもある「凡庸なこと」なのだとアーレントは訴えています。
電通の違法残業事件。東芝の不正会計事件。三菱自動車の燃費偽装事件やリコール隠し事件などにも、同様の構図がありそうです。人の幸せや安全と言った最優先されるべき価値すなわち「正しいこと」に対して思考を停止し、組織としてのしきたりや空気、あるいは、「なんとかしろ」という曖昧な指示に、考えることなく無批判に従うことで「悪」を生みだしたわけです。結果として、経営破綻や存続の危機にさらされてしまいました。そして、これに荷担した人だけではなく、他の社員や関連企業、取引先をも深刻な事態に巻き込んでしまいました。
「正しいこと」とは、それが直接的に自分たちの利益にならなくても、世のため、人のためになることです。それを追求し優先する態度が、「誠実さ」です。組織は、この「誠実さ」を失った時、破綻への道を歩むのかもしれません。
「正しいこと」は、時にして組織の論理の外にあります。かつて組織の論理が「正しいこと」であっても、社会やビジネスの環境が変われば、もはやそうではなくなることも普通に起きることです。しかし、新しい常識から自分たちのことを客観視することなく思考停止に陥ると、自分の所属する組織の論理を唯一の「正しいこと」として受け入れてしまいます。
それは当然のことかもしれません。なぜなら、組織の中で自分の地位を守り、さらには昇進するためには、組織の「正しいこと」に従わなくてはならないからです。それが「誠実であること」に反したとしてもです。そのような状況の中で、自分の心の合理性を保つためには、思考を停止すればいいのです。つまり、「自分の所属する組織の命令に従ったまで」と考えることです。それが「誠実」であるかどうかは、どうでもいいことなのです。
「悪」とまでは言い切れないかもしれませんが、多くのSI事業者が陥っている状況も、この構図に似ているのかもしれません。
売上や利益の拡大、顧客満足度の向上、顧客数の増加などの「ビジネスの成果」を少ない「生産量(工数)」で、かつ「スピード(短期間)」で実現すること。
先週のプログでも紹介させていだいた「お客様が求める情報システムの品質」です。
>> CIerとSIer : 両者にまたがる大きなギャップとその解決策
かつては、「ビジネスの成果」を手に入れるための手段、つまり、ハードウェアの購入やシステム開発、その維持管理に多大な費用を払わなければ、それを実現できませんでした。それを前提としたビジネスが「システム・インテグレーション」です。しかし、クラウドが普及し自動化の範囲が広がりつつあるなか、手段を調達するコストは大幅に下がりました。手段への手間やコストを抑えつつ、迅速に「ビジネスの成果」を実現できるようになったのです。AIの発展はこの流れを加速しようとしています。
「お客様が求める情報システムの品質」は今も昔も変わりません。この等式を追求することが、お客様の経営や事業の成果に結びつくのです。しかし、それを実現する手段は簡単に手に入るようになりました。また、ビジネスはITとの一体化の度合いを高め、「ビジネスの成果」を少ない「生産量(工数)」で、かつ「スピード(短期間)」で実現すること」の重要性はこれまでになく高まっています。そんな期待に真摯に応えることが、お客様への誠実な態度といえるでしょう。
そんなことは分かっていると誰もが認めています。しかし、誰も変えようとしない、動こうとしない、そして、組織の理論、すなわち旧態依然とした業績評価制度や人事制度が、組織の「正しいこと」に従うことを半ば強制しています。
「いままでの常識にとらわれることなく、新しいことにチャレンジしてほしい」
そう言いながらも、リスクを排除する仕組みである稟議制度によって潰されるか凡庸な取り組みへと変えさせられてしまいます。ならば、自分たちにできないことをベンチャー企業と組むことで実現しようとしても、与信審査が通らず、あるいは「検討する」という言葉で意志決定を先送りし、自ら断らずして相手に断らせてしまうという愚を繰り返している。そんなことにはなっているとしたら、「悪の陳腐さ」に陥っていることを疑ってみるべきです。
先に紹介した等式が「正しいこと」であり、それを実現することが、お客様に対する「誠実さ」であることを「間違いだ」という人はいないでしょう。そのことが分かっていながら、その実現に向けての思考を停止し、ただ無批判にいままでのやり方を変えようとしないとすれば、それは「自分の所属する組織の命令に従ったまで」ということであり、アーレントの言う「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」そのものになってしまいます。
こんなことを申し上げると、「まっくそのとおり、うちも同じです。」と自分は外の人間であるかのように、または第三者の評論家のように言う人がいます。あるいは、組織の中でアウトロー的に動き回り、「自分は闘っている」という人がいます。しかし、そんなやりかたでは何も変わらないことは、これまでの歴史が証明しています。
当事者として権限を持ち、自らの役割を果たしながら思考し、精一杯の「誠実さ」を貫いてこそ、組織は変えられるのだということを自覚しなければなりません。その意味で、経営者の責任は大変重いと言わざるを得ません。
これまでのSIビジネス、すなわち物販や工数に依存するビジネスは、時間の問題で収益のあげられないものになってゆくでしょう。どうすればいいのか分からないなどと言っている余裕などありません。どうにかするしかないのです。その筋道は、お客様に誠実であることであり、自分たちの組織の「正しいこと」に無批判に従うことではないのです。
「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」
アイヒマンのような凡人になってはいないでしょうか。あるいは、単なる評論家やアウトローにはなっていないでしょうか。当事者として、誠実に現実に向きあっているでしょうか。
組織を正しい方向に向けてゆくためには、そんな自分への問いかけを続けてゆくしかありません。
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