これまでの情報システムはビジネス環境の変化が緩やかであることを前提に作られてきました。つまり、大きな変更が無いことを前提に仕様を決定した後は、それを凍結し時間をかけてシステムを開発するウォーターフォール開発や、稼働環境の安定性を最重要ミッションとして取り組む運用管理などが、その典型です。
また、「工数」が見積金額決定の基準として使われてきました。これはオブジェクト指向プログラミング以前の手続き型プログラミング、つまりCOBOLやPL/Iを使ったプログラミングを前提に定着したものです。
この見積方法は、決められた仕様に基づき上から順に一つ一つ書いていく、つまり「シーケンシャルにコードを入力する」ことを前提に考えられています。この場合は、1ヶ月間でコードを書く量は、だれがやってもほとんど差がありませんから、妥当な工数が導き出せました。
しかし、1990年代、オブジェクト指向プログラミングやウェブアプリケーションが登場し、大規模システムにも適用されるようになったことで、「工数」が簡単には見積もれないようになってしまったのです。
例えば、オブジェクト指向プログラミングの場合、どのような設計をするかで、1ヶ月あたりのエンジニアの工数が大幅に変わってきます。そのため過去の経験と勘に基づく規模感を勘案し、それを山積みして算出する方法で見積もりを作るようになったのです。
サーバーやストレージなどのインフラ側の見積もりも、技術が細分化されたので、知見のあるエンジニアの場合とそうでないエンジニアの場合では、1ヶ月で働くエンジニアの生産性が均一ではなくなりました。
現在、行われている見積もりの多くは、このような過去の類似例を参考に期間を積む方式で作られているため、過去に経験のないものについては余裕分を上乗せし、見積金額を算出しています。しかし、未知の案件では、その余裕分さえも食いつぶし、赤字案件が増え続けることもしばしばです。そのため、コンテンジェンシという名目でさらに余裕分を上乗せし、期間以上に見積もりをするようになったため、見積金額の積算根拠がさらに曖昧になってしまいました。
このような現実が、瑕疵担保責任の問題を複雑にしています。システムは、顧客と決めた仕様通りに納品しなければ、瑕疵担保責任として修正を義務づけられます。
期間×人数で見積もっているので、これが増えれば、本来は、追加費用を支払ってもらわなくてはなりません。しかし、請負契約なので、お客様の支払金額は原則として変更されません。加えて、瑕疵担保責任があるため、「仕様書通りではない」ということになれば、仕事を受託した側は、見積根拠が曖昧であることもあり、さらには検収・支払いが人質に取られているようなものですから、泣く泣く対応せざるを得ないのです。
顧客側は、仕様を一度決めてもビジネスが変われば仕様を変更したいと考えます。なぜならシステムはビジネスのための手段ですから、ビジネス環境が変われば仕様も変わるのは当然です。しかしシステム開発者側は、当初合意した仕様通りに作ることを目指します。ここにゴールの不一致が起きてしまい、問題をさらに複雑にしてしまいます。
ビジネス環境の変化が緩やかな時代であれば、仕様の変更は少なく工数持てがたく算定でき、瑕疵担保責任という考え方にも妥当性がありましたが、もはやそんな時代ではないのです。
ビジネスの不確実性が高く一度決めた要求仕様が変わってしまう、あるいは要求仕様が決まらなくても、ビジネスの開始時期が決まっているのでシステムを開発しなければならないなどの事態に対応しなければならないのです。
そのため、仕様が変わることを前提にシステムの開発をはじめなくてはなりません。また、開発したら直ちに本番に移行し、ビジネス要件が変われば、直ちにそれを本番システムに反映させなければなりません。
安定稼働の意味も大きく変わってしまいました。かつては、社内に閉じたシステムで、負荷の予測が可能なシステムが大半を占めていました。しかし、インターネットやモバイルの普及により、顧客接点がデジタル化し、負荷の予測が困難なアプリケーションも増えています。このような使い方では、応答時間の劣化やトラブル、セキュリティ事故は、短期的な売上だけではなく、長期的な企業の信頼にも影響を与えることになります。ビジネスとITの一体化が進みつつあるいま、システム運用の安定と安心は経営問題でもあるのです。
比較的変化のない従来型のシステム、例えば、財務会計や販売管理、人事給与などが不要になるわけではありませんが、その相対的な需要は低下しつつあります。一方で、顧客接点のデジタル化や業務環境の変化に即応しなければならないシステムの重要性が高まり、予算もそちらに重点配分される傾向にあります。
また、従来型のシステムは、「機能やサービス品質はそのままに少しでも低コストで維持して欲しい」となり、需要が拡大するシステムは、「変更への俊敏な対応力をビジネスの成果に見合うコストで実現して欲しい」となります。
企業には、両方のシステムが必要です。しかし、求めるニーズが異なりますから、そこに関わるビジネスのあり方も変わることを念頭に置かなければなりません。つまり、同じ儲け方はできないのです。
しかし、現実には、新しいシステム需要に対しても、従来型のウォーターフォール型開発、開発と運用の分離独立、工数見積と瑕疵担保責任で対応しようという企業が少なからず存在しています。
このようなことになってしまう原因は、業績評価基準にあると、私は考えています。つまり、経営の評価、事業部門の評価、営業の評価が、工数を増やし売上を上げ、案件単価を高くして利益を増やすという考え方一辺倒であるということです。
その一方で、ストックを増やせ、サービス・ビジネスの割合を増やせと経営側は求めます。しかし、それは短期的な売上と利益の減少を許容することが前提であるわけですが、それは許さないといった状況の中では、努力しても報われず、現場のモチベーションは上がりません。そんな状況をそのままに成果を期待することなどできるわけがないのです。
「工数を増やす」と「単金を増やす」といった従来型のシステムに軸足を置いた経営は、今後困難になります。また、そういう企業には、なかなか若くて優秀な人材が定着しないことから高齢化がすすみます。そこに工数減少と単金を押さえたいというお客様の圧力が加わります。一方で、人件費は年齢に応じてあげなくてはならないため、利益がさらに圧迫されることになります。
このような状況に対処するには、従来型のビジネスで収益が確保できるうちに、業績評価基準に多様性を持たせ、ストック重心の事業構造への転換を推し進めることしかありません。
その鍵となるのが、「お客様のビジネス・スピードに即応すること」と「お客様のビジネスの成果に貢献すること」を軸に、事業内容を作りかえ、それに見合う業績評価基準を持つようにすることです。経営者は、この変更に伴う売上と利益の一時的減少、新たな成長軌道に載せる時期とそこに至る現実的なロジックについて株主と金融機関に納得させなくてはなりません。これは、かなり重たい仕事ですが、それこそが新規事業や事業変革の前提なのです。
世間では、アジャイル開発やDevOps、サービス型ビジネスなど、その方法論に注目が集まっています。それは、「スピード」と「ビジネスの成果への貢献」にとって有効な手段であることは、言うまでもありません。しかし、そのための取り組みを成果につなげるためには、業績評価基準を多様化し、現場のモチベーションを高めなくてはなりません。それができなければ、現場は疲弊し、優秀な人材が流出してしまうことになるでしょう。
新規事業の開発や事業の変革に取り組んでも、なかなか成果をあげることができないままに無為に時間を費やしていることはないでしょうか。もし、そんな現実に直面しているとすれば、それは事業内容や方法論についての検討に終始し、業績評価基準を棚上げしているためかもしれません。
こんなことが続けば、優秀な人材は「報われる仕事」を求めていなくなってしまいます。そうすれば、新規事業の開発や事業の変革は、ますます困難になることを覚悟しなくてはなりません。
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詳細日程や正式なお申し込みにつきましては、こちらをご覧下さい。
ITソリューション塾では、IoTやAI、クラウドといったテクノロジーの最前線を整理してお伝えすることはもちろんのこと、ビジネスの実践につなげるための方法についても、これまでにも増して充実させてゆきます。
また、アジャイル開発やDevOps、それを支えるテクノロジーは、もはや避けて通れない現実です。その基本をしっかりとお伝えするよていです。また、IoTやモバイルの時代となり、サイバー・セキュリティはこれまでのやり方では対応できません。改めてセキュリティの原理原則に立ち返り、どのような考え方や取り組みが必要なのか、やはりこの分野の第一人者にご講義頂く予定です。
2009年から今年で8年目となる「ITソリューション塾」ですが、
「自社製品のことは説明できても世の中の常識は分からない」
当時、SI事業者やITベンダーの人材育成や事業開発のコンサルティングに関わる中、このような人たちが少なくないことに憂いを感じていました。また、自分たちの製品やサービスの機能や性能を説明できても、お客様の経営や事業のどのような課題を解決してくれるのかを説明できないのままに、成果をあげられない営業の方たちも数多くみてきました。
このようなことでは、SI事業者やITベンダーはいつまで経っても「業者」に留まり、お客様のよき相談相手にはなれません。この状況を少しでも変えてゆきたいと始めたのがきっかけで、既に1500名を超える皆さんが卒業されています。
ITのキーワードを辞書のように知っているだけでは使いもものにはなりません。お客様のビジネスや自社の戦略に結びつけてゆくためには、テクノロジーのトレンドを大きな物語や地図として捉えることです。そういう物語や地図の中に、自分たちのビジネスを位置付けてみることで、自分たちの価値や弱点が見えてきます。そして、お客様に説得力ある言葉を語れるようになるのだと思います。
ITソリューション塾は、その地図や物語をお伝えすることが目的です。
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最新版(4月度)をリリースしました!
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
新入社員のための「最新トレンドの教科書」も掲載しています。
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*クラウドについてのプレゼンテーションをインフラ編から独立させました。
*使いやすさを考慮してページ構成を変更しました。
*2017年度新入社員研修のための最新ITトレンドを更新しました。
*新しい講演資料を追加しました。
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クラウド・コンピューティング (111ページ)
*「インフラとプラットフォーム編」より分離独立
【新規】クラウドによるコスト改善例 p101-108
開発と運用(68ページ)
【新規】管理運用の範囲 p.37
【新規】サーバーレスの仕組み p.40
インフラとプラットフォーム(211ページ)
*クラウドに関する記述を分離独立
【新規】多様化するデータベース p.127
【新規】クラウドデータベース p.156-158
IoT(101ページ)
【新規】IoTはテクノロジーではなくビジネス・フレームワーク p.16
【新規】LPWA主要3方式の比較 p.52
人工知能(103ページ)
【新規】自動化と自律化が目指す方向 p.14
【新規】操作の無意識化と利用者の拡大 p.21
【新規】自動化・自律化によってもたらされる進歩・進化 p.22
テクノロジー・トピックス (51ページ)
【新規】RPA(Robotics Process Automation) p.17
サービス&アプリケーション・基本編 (50ページ)
*変更はありません
ビジネス戦略(110ページ)
*変更はありません
ITの歴史と最新のトレンド(14ページ)
*変更はありません
【新入社員研修】最新のITトレンド
*2017年度版に改訂しました
【講演資料】アウトプットし続ける技術〜毎日書くためのマインドセットとスキルセット
女性のための勉強会での講演資料
実施日: 2017年3月14日
実施時間: 60分
対象者:ITに関わる仕事をしている人たち
【講演資料】ITを知らない人にITを伝える技術
拙著「未来を味方にする技術」出版記念イベント
実施日: 2017年3月27日
実施時間: 30分
対象者:ITに関わる仕事をしている人たち
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新刊書籍のご紹介
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