「変わらなければならないことはよく分かります。しかし、お客様が変わらないのに、私たちも変わりようがありません。」
これまで、拙著「システムインテグレーション崩壊」や「システムインテグレーション再生の戦略」で、自らが変わらなければ、これからの時代を生き抜くことはできないと警鈴をならしてきました。しかし、言葉ではご理解頂けても実践に移せない企業が少なくありません。その理由のひとつが、「お客様が変わらないから」というものです。
こちらがこれまでとは違うやり方や新しい技術を使うことを提案しても、結局は人月での見積を求められるというのです。だから、変わりたくても変われないというわけです。
お客様の需要に対応するのが、ビジネスの基本です。ならば、当然のことでもありますが、それでビジネスの成長はあるのでしょうか。
お客様が、「変わらないこと」と「コストが下がること」という、2つの行動原理に支えられているとすれば、そこに成長の機会を見出すことはできません。残念ながら、多くの情報システム部門は、この行動原理に支えられています。
「変わらないこと」とは、いままでの開発や運用方法、アーキテクチャーをできるだけ変えないか、変えるとしても過去のやり方をできるだけ継承しながら、確実、安全に、そしてユーザーに変わることを意識させないように徐々にすすめたいと考えているということです。その背景には、減点でしか評価しかされないという企業文化があります。
安定稼働して当たり前で、トラブルでシステムが停止したり、処理に不具合が生じたりしたら、それは直ちに彼らへのクレームになり、減点評価されてしまいます。ならば安定しているシステムはできるだけ変更を加えず、その安定を維持することが得策だと考えます。
新しいことは、不確実性を増すことになり、これまで築いてきた「安定」が維持できなくなってしまうかもしれません。そのため、たとえメリットが期待できるとしても、不確実性が増すような取り組みには、できるだけ手を出したくないと考えてしまいます。
また、経営者はコスト削減を常に求めてきます。それは、「ITの価値」と「工数」の関係がわかりにくいからかもしれません。あるいは、情報システム部門が、それをうまく説明できる言葉を持っていないからかもしれません。そのために、コスト削減の要求に応え続ければならないのです。
もちろんコストを削減しても、安定を犠牲にすることはできませんから、不確実性を増すような手順の変更や新しい取り組みには慎重です。例えば、自動化で仕事が楽になるとしても、そのための新たなコストが発生することや運用方法が変わることには抵抗があります。つまり、いまのやり方や安定をそのままにコストだけを下げたいと願うわけで、それは単金の引き下げや値引き要求になるだけで、新たな価値を生みだすことはありません。
「変わることなくコストを下げる」ことを願っている相手を変えなければ、自分たちを変えることなどできるはずはありません。
相手を変えるとは、「相手としているお客様の考えを変える」ことと、「相手とするお客様を変える」ことの2つがあります。残念ながら、前者は容易なことではありません。むしろ、後者にチャンスを見出してみることです。
具体的には、経営者や事業部門の責任者に、ITの価値や魅力を伝え、ITが競争力の源泉として、自分たちの将来にどれほど大きな影響を持つかを理解してもらうことです。そして、彼らのビジネスの変革にともに向き合い、ITの専門家としての役割を果たしてゆくことです。
「情報システム部門の顧客」である、経営や事業部門がITへの変革を望むのであれば、彼らもそれに対応しなければなりません。システム・ベンダーは、そこに救いの手をさしのべることで自らのビジネスを変えてゆくことが、現実的な筋道であるように思います。
すこし話しはずれますが、アジャイル開発やDevOpsに取り組んでゆかなければとの機運が、システム・ベンダーの間でも高まりつつあります。しかし、その動機が「コスト削減」や「期間削減」であるとすれば、うまくはゆきません。それは、アジャイル開発やDevOpsは、ユーザーのビジネスの成功に直接貢献するための取り組みだからです。仕様書に書かれていることを100パーセント実現することではありません。ITを使うビジネスの現場が満足し、納得できるシステムを実現する事が目的であり、それが仕様書通りかどうかは重要ではないのです。この本質を理解できずして、うまくゆくはずはありません。
つまり、経営や事業部門の現場といったユーザーが、ITの積極的な活用を求めるとき、それに応えてゆくための取り組みがアジャイル開発やDevOpsであるということです。つまり、アジャイル開発やDevOpsに取り組むと言うことは、そういうユーザーの意識を醸成することもあるのです。
「業務のことは自分たちが決めるからITの連中は言われたことをやってくれればいい。」
「業務のことは分からないので、まずは事業部門で決めて下さい。」
こういうお互いの意識を変えてゆかなければ、新たなビジネスのチャンスは生まれません。そのためには、両者の間に割り込んで、ITの魅力や価値を経営者や事業部門に伝え、ITを活かした変革をユーザーから促してゆくしか解決策はないように思います。
「でも、経営者や事業部門にいくにはどうすればいいでしょう」
一番良い方法は、彼らと語れる言葉を持つことです。この度上梓した拙著「未来を味方にする技術」はそんな目的で書かれたものです。
本来の目的は、ITの専門家ではない経営者や事業部門のユーザーに、ITの魅力や価値をわかりやすく伝えることです。そして、ITが競争力の源泉として、なくてはならないものであり、それとどう付き合えばいいかを「IT言葉」を使わないように書きました。
しかし、それは同時にITに関わるプロたちが、ITの専門家ではないユーザーにITの魅力や価値を伝える言葉を持つための参考にもなるはずです。
自分たちが変わるために、お客様を変える
そのための一助になればと思っています。
新刊書籍のご紹介
未来を味方にする技術
これからのビジネスを創るITの基礎の基礎
- ITの専門家ではない経営者や事業部門の皆さんに、ITの役割や価値、ITとの付き合い方を伝えたい!
- ITで変わる未来や新しい常識を、具体的な事例を通じて知って欲しい!
- お客様とベンダーが同じ方向を向いて、新たな価値を共創して欲しい!
斎藤昌義 著
四六判/264ページ
定価(本体1,580円+税)
ISBN 978-4-7741-8647-4 Amazonで購入
人工知能、IoT、FinTech(フィンテック)、シェアリングエコノミ― 、bot(ボット)、農業IT、マーケティングオートメーション・・・ そんな先端事例から“あたらしい常識” の作り方が見えてくる。
12月改訂版をリリースしました!
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
- 先進技術編のドキュメントが大幅に追加されたため、「IoT」と「人工知能とロボット」の2つのファイルに分割しました。
- アジャイル開発とDevOpsについてドキュメントを追加しました。
- 解説文を増やしました、
【講演資料とトピックス】
【改訂】ITソリューション塾・特別講義・Security Fundamentals / 情報セキュリティのジアタマを作る
【先進技術編】
「IoT」と「人工知能とロボット」のプレゼンテーションを分割しました。
IoT(92ページ)
【更新】モノのサービス化 p.29-30
【新規】コンテンツ・ビジネスの覇権 p.31
【新規】ガソリン自動車と電気自動車 p.32
【更新】ITビジネス・レイヤ p.49
【新規】インダストリアル・インターネットとインダストリー4.0 p83-84
人工知能(92ページ)
【新規】統計確率的機械学習とディープラーニング p.25
【新規】人工知能とは p.31
【新規】人工知能の得意分野と不得意分野 p.47
【新規】自動運転の定義 p.69
【基本編】(104ページ)
【新規】アジャイル・ソフトウエア宣言 p.59
【新規】アジャイル・ソフトウエア宣言の背後にある原則 p.60
【新規+改訂】DevOpsとは何か? p.66-69
【新規】DevOpsとコンテナ管理ソフトウエア p.74-77
【新規】マイクロサービス p.78
【新規】オーケストレーションとコレグラフィ p.79
【新規】AWS Lambda p.80
【新規】サーバーレスとサーバーレス・アーキテクチャ p.81
【ビジネス戦略編】(98ページ)
【新規】デジタルトランスフォーメーションの進化 p.7
新刊書籍「未来を味方にする技術」紹介 p.91
【テクノロジー・トピックス編】(49ページ)
【新設】FPGAについて新しい章を作り、解説を追加しました。 p.39-48
【ITの歴史と最新のトレンド編】(13ページ)
変更はありません。