「現状のやり方を変えたくはないが、コストは下げたい」
そんな考えを持つ情報システム部門であったとすれば、彼らに変革を訴求し、ITの新たな活用を促すことはなかなかできません。だから経営者や事業部門など、結果として、情報システムの恩恵を手にする人たちにIT活用の意義を直接伝え、彼らが主導するカタチでITの一層の活用を促していかなければ、これからのビジネスを成長させることは困難です。その点については、下記のブログで詳しく書かせて頂きましたので、よろしければご覧下さい。
>「情報システム部門」しか顧客がいないとはどういうことか、どうすればいいのか
しかし、「経営者や事業部門へアプローチしなければならない」は、そういう目に見える現状に対応するためだけではありません。もっと、本質的な変化がおこりつつあることが、むしろ重要だと思っています。それは、「ITとビジネスの一体化」という言葉から紐解くことができます。製造業を例にとれば、その意味がよく分かるかもしれません。
- 仏タイヤメーカーのミシュランは、運送会社向けに走行距離に応じてタイヤの利用料金を請求するビジネスをはじめています。さらに、燃料を節約できる走行方法のアドバイスを、インターネットを介して運転手に提供したり、省エネ運転の研修を行ったりと、これまでのタイヤメーカーではあり得なかったビジネスに踏み出しています。このサービスによって運送会社は投資を抑えることができるばかりでなく運行コストも削減でき、経営体質強化に貢献することができます。
- 建設機械大手のコマツは、無人ヘリコプターのドローンで建設現場を測量し、そのデータと設計データ使って建設機械を自動運転し工事をするサービスを提供しています。これまで熟練者に頼っていた精密な測量や難しい工事を経験の浅い作業員でもこなすことができ、人手不足に悩む業界にとっては大きな助けとなっています。
- 世界三大ジェット・エンジン・メーカーの一社である英ロールスロイスは、ジェット・エンジンを販売するのではなく、ガス料金や水道料金のように、使用した出力と時間に応じて課金するビジネス「Power by the Hour」をはじめています。このサービスによって、顧客である航空会社はジェット・エンジンを購入する必要はなくなり、旅客が料金を支払ってくれるときだけ使用料を支払えばいいので大助かりです。このようなことが可能になったのは、ジェット・エンジンの稼働データをセンサーと衛星回線を使って確実に把握できるようになったからです。このデータは料金支払いのためだけではなく、エンジンの状態を把握することにも役立ち、故障や事故が起こる前に不具合の予兆を発見し、事前に点検や保守作業をおこなうことができます。そのおかげで欠航を減らすことができれば、お客様である航空会社に安定した収益をもたらし、顧客の信頼を確かなものにしてくれます。また、データを分析することで燃費を向上させる操縦方法や航路のアドバイスもできるようになり、コンサルティング・ビジネスという新規事業にも参入しています。サービスを提供するロールスロイスも点検の回数を減らすことができ、余計な部品在庫を抱える必要もなくなり、コスト削減に大いに貢献しています。両者にとって、Win-Win(双方にとって好都合なこと)の関係を築くことができます。
これらを可能にしているのは、タイヤや建設機械、ジェット・エンジンに組み込まれたセンサーやGPSがそれぞれの稼働状況や位置をリアルタイムで捉えることができるようになったからです。そのデータは、携帯電話回線や衛星通信を使ってサービス提供企業の情報システムに送られ分析されます。そして、適切な判断やアドバイス、機器の制御が自動的におこなわれる仕組みができているのです。
このようなビジネスは高額な製品ばかりではありません。以下のような身近な製品でも同様の取り組みが始まっています。
- 事務機器のブラザーが提供するインターネット接続プリンターは、インクがなくなりかけるとユーザーに代わってオンラインショップのAmazonに発注してくれます。
- 米家電メーカーのGEが提供する洗濯機は洗濯ごとに必要な洗剤の量を計測して洗剤を投入し、またいつ洗剤を補充しなければならないかを予測してスマートフォンのアプリにそれを知らせ、そこからAmazonに発注するサービスをはじめています。
- Gmateの血糖値測定端末は、スマートフォンと連動した血糖値測定のサービスを提供してくれます。そして、試験紙などの消耗品がなくなると補充してくれます。
「モノを売るのではなく、成果を売る」
そう言い換えてもいいかもしれません。もはや製造業はよいモノを作るだけでは勝ち残れない時代となり、これまでの「故障すれば駆けつけて修理する」といった顧客との関係だけでは差別化は難しくなりました。そこで、付帯業務も含めた業務の代行やデータ解析による故障予知などを長期かつ包括的な契約で提供することで、
- 顧客のダウンタイムを最小化する
- 顧客の経費を削減する
- 顧客の人手不足を解消する
など「顧客の成果に直接貢献する」サービスへとビジネスのあり方を変えようとしているのです。
「作って売ってしまえば終わり」のこれまでの常識から、「売ってからも継続的に関係を持ち続ける」という新しいしこれからの常識へと製造業は大きく変わろうとしています。このような取り組みが、「ITとビジネスの一体化」なのです。
クラウド・コンピューティングの普及は、この変化を業種、業態を越えてさらに加速することになるでしょう。
そもそも、ユーザーが手に入れたいのは、売上の拡大やコストの削減といったビジネス価値です。しかし、これまではそれを手に入れるために手段を手に入れなくてはなりませんでした。しかし、クラウドは、結果としてのビジネス価値を直接または短期間、低コストに手に入れることができる手段として存在感を高めているのです。
例えば、販売業務を効率化し業務効率を高めるためには、販売管理システムを開発し導入しなければなりませんでした。そのためのインフラ機器を購入しその構築を行わなくてはなりません。また、それらを設置するデータセンターが必要になります。そして、その運用管理と保守も必要です。
このような手段への手間やコストを大幅に減らしてしまうところにクラウドの価値があります。その結果、ITとビジネスの一体化はさらに進むことになるでしょう。
また、ビジネスの先を見通せない時代に、ビジネス環境の変化に即応することは企業が生き残るためには必須です。ITとビジネスの一体化がすすみつつあるいま、ビジネスの変化はITの変化であり、ITがビジネスの変化に即応できなければ、ビジネスはなり立たない時代になろうとしています。そうなると、これまでのように悠長に仕様書を丁寧に作り、その仕様通りにアプリケーションを開発するといったやり方では対応できません。だから、アジャイル開発やDevOpsの重要性が語られるようになったのです。
「ビジネスの成果に直接貢献すること」
クラウドもアジャイル開発・DevOpsも、共にこの目的を果たすための取り組みです。お客様の要望に応えることでもなく、ましてや仕様書通りにQCDを守ってシステムを作ることではありません。どうすれば、「ビジネスを成功させられるか」をお客様と一体となって考え、取り組んでゆくことが、これからのITにとって大切になるのです。
そんな「ビジネスの成功」に責任を持つのは経営者であり事業部門です。経営者事業部門に直接アプローチしなければならない本当の理由は、そんな「ITとビジネスの一体化」がすすんでいるからこそ、重要になるのです。
新刊書籍のご紹介
未来を味方にする技術
これからのビジネスを創るITの基礎の基礎
- ITの専門家ではない経営者や事業部門の皆さんに、ITの役割や価値、ITとの付き合い方を伝えたい!
- ITで変わる未来や新しい常識を、具体的な事例を通じて知って欲しい!
- お客様とベンダーが同じ方向を向いて、新たな価値を共創して欲しい!
斎藤昌義 著
四六判/264ページ
定価(本体1,580円+税)
ISBN 978-4-7741-8647-4 Amazonで購入
人工知能、IoT、FinTech(フィンテック)、シェアリングエコノミ― 、bot(ボット)、農業IT、マーケティングオートメーション・・・ そんな先端事例から“あたらしい常識” の作り方が見えてくる。
12月改訂版をリリースしました!
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
- 先進技術編のドキュメントが大幅に追加されたため、「IoT」と「人工知能とロボット」の2つのファイルに分割しました。
- アジャイル開発とDevOpsについてドキュメントを追加しました。
- 解説文を増やしました、
【講演資料とトピックス】
【改訂】ITソリューション塾・特別講義・Security Fundamentals / 情報セキュリティのジアタマを作る
【先進技術編】
「IoT」と「人工知能とロボット」のプレゼンテーションを分割しました。
IoT(92ページ)
【更新】モノのサービス化 p.29-30
【新規】コンテンツ・ビジネスの覇権 p.31
【新規】ガソリン自動車と電気自動車 p.32
【更新】ITビジネス・レイヤ p.49
【新規】インダストリアル・インターネットとインダストリー4.0 p83-84
人工知能(92ページ)
【新規】統計確率的機械学習とディープラーニング p.25
【新規】人工知能とは p.31
【新規】人工知能の得意分野と不得意分野 p.47
【新規】自動運転の定義 p.69
【基本編】(104ページ)
【新規】アジャイル・ソフトウエア宣言 p.59
【新規】アジャイル・ソフトウエア宣言の背後にある原則 p.60
【新規+改訂】DevOpsとは何か? p.66-69
【新規】DevOpsとコンテナ管理ソフトウエア p.74-77
【新規】マイクロサービス p.78
【新規】オーケストレーションとコレグラフィ p.79
【新規】AWS Lambda p.80
【新規】サーバーレスとサーバーレス・アーキテクチャ p.81
【ビジネス戦略編】(98ページ)
【新規】デジタルトランスフォーメーションの進化 p.7
新刊書籍「未来を味方にする技術」紹介 p.91
【テクノロジー・トピックス編】(49ページ)
【新設】FPGAについて新しい章を作り、解説を追加しました。 p.39-48
【ITの歴史と最新のトレンド編】(13ページ)
変更はありません。