如何なる企業にとっても新規事業開発への取り組みを欠かすことはできません。それは既存事業がもはや先が見えているからと言うことだけではなく、たとえいまが「順調」であっても、いつそれが脅かされるか分からないからです。
例えば、世界のタクシー業界はUberなどのライドシェア・サービスに顧客もドライバーも持っていかれてしまい存亡の危機に立たされています。また、自動車業界もGoogleやTeslaといった企業に戦々恐々としています。それは、エンジン自動車に比べ圧倒的に部品点数か少ない電気自動車の時代になれば、機械加工や組み立てノウハウの蓄積がない企業でも参入が容易になること、また、車の機能や性能の多くがソフトウエアに依存するようになると、ソフトウエアの開発力が製品の競争力になると考えられるからです。そうなると、車載OSで覇権を握られれば、Windowsがコンピューターで、Androidがスマートフォンでそうであったようにハードウェアはコモディティ化し、既存の競争力の源泉を失ってしまうことになるからです。
自動車の自動運転技術がもはや当然と受けとめられているように、情報システムの運用も自動化し、システムの開発やテスト、インフラの構築も自動化してゆくことは必然の流れと言えるでしょう。そうなれば、そこで工数を稼ぐビジネスは、必然的に成り立たなくなってしまいます。
こういう時代の変化が直ちに自分たちに影響を与えることがないにしても、それは確実にくるものであるという想定に立って、取り組んでゆかなければなりません。
「イノベーションのジレンマ」の著者であるクレイトン・クリステンセンは、新規事業への取り組みについて、「新機事業に成功した9割の企業は、試行錯誤を繰り返しながら成功するまで資金が続いた企業だ」と述べています。当たり前のような話しですが、もし思わぬ新規参入者が登場し、事業を圧迫されキャッシュフローが持たなくなった段階で、すぐにでも「稼げる新規事業を立ち上げろ!」と叫んでも、そんな簡単にできることではないことではないということです。
さて、そんな新規事業の取り組みですが、「何が新規なのでしょうか?」と首をかしげるような話を伺うことがあります。既存の事業の改善や拡張であり、顧客もまた既存の顧客の範囲に留まっています。
もちろん、それがダメだと言いたいわけではありません。ただ、既存事業に限界があるから新規事業への取り組みを模索するのであれば、既存事業の改善や拡張は、当面の食い扶持を稼ぐための延命措置にすぎないことを自覚すべきです。本当の意味での新規事業を模索しなければ、やがては行き詰まってしまいます。
では、本当の意味での新規事業には、どのような「新規」が必要なのでしょうか。
新規の価値
価格であれば、従来よりも1割安いとか3割安いということでは新規性はありません。1/10や1/100といったことを示すことができれば、新規性があると言えるでしょう。例えば、先日、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)が日本でのサービス提供を発表した「Sigfox」は、年額1ドル程度の利用料金から使えるIoT利用を想定した無線通信サービスです。既存の携帯電話サービスではとても実現できない価格です。
もちろん既存の携帯電話で使われている通信サービスを代替するものではありません。しかし、用途や目的を絞ることで、これまで高くて使えなかった、あるいは諦めていたという潜在需要を拾い上げてゆく可能性があります。
価格だけではなく、潜在的に需要はあるけど適当な技術がない、サービスがないといった状況に新しい解決策を提供することが、新規事業に求められる「新規の価値」といえます。
新規の顧客
価値が新しくなれば、その価値を求める顧客も変わります。むしろ、顧客を変えるために、その顧客が必要とする価値を提供するという視点を持つべきでしょう。
既存の顧客とは既存の価値を受け入れ、収益をもたらしてくれる存在でした。しかし、そのことが先行きへの不安を募らせているのであるとすれば、可能性のある新規の顧客を求めなくてはなりません。例えば、情報システム部門だけが顧客という企業にとって、彼らを新規事業の顧客として考えることは現実的ではありません。そのことについては、先日のブログでも指摘したとおりです。
>>「情報システム部門」しか顧客がいないとはどういうことか、どうすればいいのか
同じお客様であっても事業部門や経営者を顧客にする。あるいは、これまで関わったことのない、企業や業界を顧客にすることを視野に入れなければなりません。
そのためには、こんなことができる、こんな技術がある、こんなスキルがあるから、これを使って何かできないだろうかという「シーズ起点」の発想を一旦棚上げすることです。そして、これまで関わってきた企業や業界について、改めて深く考察し、お客様の現場の目線で彼らの抱える切実な課題と向き合うことです。そして、それを解決するために「何をすべきか」を考えることです。
「何ができるか」ではありません。自分たちでできることだけで解決しようとするから、事実をゆがめ、自分たちに都合のいい新規事業しか描けなくなってしまうのです。「何をすべきか」を考えれば、それを実現するために自分たちに「できること」と「できないこと」が見えてきます。
「できること」は考えなくてもできるわけですから、「できないこと」をどのようにできるようにするかを考えることです。そして、既に手もとにある「できること」と組合せ「すべきこと」を実現することです。このような「ニーズ起点」の取り組みが新規事業を成功に導くことになります。
新規の顧客とは、この「ニーズ起点」の取り組みからしか生みだすことはできません。
新規の評価
「サービス・ビジネスへの移行が最大の経営課題。各事業部門そして、営業ははそのために邁進して欲しい!」
そんな経営者のかけ声の一方で、業績の評価基準が「売上金額と利益金額」のままでは、現場のモチベーションは上がらず、思惑に沿った事業転換はすすみません。また、新規事業への先行投資も事業予算であり、それもまた既存の業績評価の枠組みの中でしか使えないとなると、ますます既存の仕事で何とかしようとなるでしょう。
事業戦略と業績評価基準を連動させなければ、現場は動きません。それができないとすれば、新規事業に取り組む人材を別組織にして業績評価基準を変えるとか、別会社にするなどしなければ、現場の力を新規事業に向けることはできません。精神論だけで人は動きません。評価や報酬が伴ってこそ、人は持てる力を発揮できるのです。
例えば、月額制のサービス事業の業績を評価するとき、契約以降3年分の売上と利益を業績として評価する。あるいは、初期投資分を業績評価の原価に参入せず、売上を全て利益として計上し評価するなどの方法で、事業戦略と現場のモチベーションを関連づけて成果をあげている企業もあります。
このように新規事業は業績の評価も新しくしてこそ、現場を味方に付けられることを理解しておくべきでしょう。
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ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
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【新規】講演資料・アテにされる/どういうこと?どうすればいいの?
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オープンソース・ソフトウェアについて、全17ページの新しい章を作りました。
【サービス&アプリケーション・先端技術編】
【新規】IoTに期待される経済価値 p.10
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【インフラ&プラットフォーム編】
【新規】クラウド・コンピューティングの起源 p.25
【新規】メインフレーム、クライアントサーバー、クラウド p.107
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【新規】ユビキタスからアンビエントへ p.116
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【新規】統合システム(Converged System)の分類 p.191
【新規】ハイパーコンバージドの仕組みと特徴 p.193-194
【更新】コンバージドとハイパーコンバージド p.195-196
【テクノロジー・トピックス編】
【新設+更新】FinTechとブロックチェーンについて新しい章を作り、ブロックチェーンの記述を大幅に増やしました。 p.24-37
【ITの歴史と最新トレンド編】
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【ビジネス戦略編】
追加・変更はありません。ただし、解説文を増やしました。