受託開発ビジネスの構造的問題は、人間の作業能力の限界を超えられないことです。例えば、美容師や料理人がそうであるように、ひとりの人間ができる仕事はその人間の能力の範囲であってその能力を何倍にも引き上げることは困難です。機械を使って自動化が可能な工場のように、ひとりの人間のできることを何倍、何十倍に拡張することはできません。
もちろんひとり一人が技術を極めることで労働単価を高めることはできますが、それらを組織的に拡大することは容易なことではありません。「カリスマ」と言われるごく限られた人がそうなったとしても、組織全体を「カリスマ」にすることができません。ですから、標準化や汎用化といった手法を用いて、誰もができる手順を作り、マニュアルによって徹底させるしかなかったのです。その手順を整え、それを遵守できる人材を育てることで「商品」としての受託開発を成り立たせてきたわけです。
一方、手順を見直し、改善することは「商品」の生産効率を上げることではなく、品質を維持することに力点が置かれてきました。もし生産効率を上げてしまえば、作業工数は減少し収益が下がってしまいます。これは受託開発ビジネスを成業する企業にとっては事業目的と相反する行為となるからです。ですから、提供した商品にお客様からのクレームや作業の手戻りが起こらず、余計なコスト負担を強いられないようにするための「品質向上」に力点が置かれてきました。
このようなビジネス構造を強いてきた最も大きな原因は「瑕疵担保」の存在です。工数で金額を固定させられ、完成責任を求められる契約形態の中で、収益を維持するためにはこのようなやり方しかなかったといってもいいでしょう。
情報システムが業務の効率化や生産性を向上させる道具として「本業ではない」使い方であれば、このようなやり方でもビジネスは成り立ってきました。しかし、ビジネスはITと一体化し企業の競争力や差別化を支える要件として意識されるようになり、この前提が崩れはじめています。
「IT部門が関与しないIT予算は6割超」
IDC Japanは、IT投資動向に関する国内CIO調査を行い、このような結果を公表しています。またこの調査報告の中で、「シャドーITなどは含まれない。そのため、実際はもっと多い可能性はあるだろう」とも指摘しています。
このような背景には、ITに関わるツールやサービスが充実し、しかもそれを使いこなすのに高い専門性が必ずしも必要なくなったことが考えられます。加えて、ITを武器にしてビジネスの差別化を図りたい事業部門が、新しいテクノロジーや方法に積極的ではなく、加速するビジネス・スピードに対応できないIT部門の関与を足かせと考えているためだとも考えられます。そんなIT部門のやり方に追従してきたSI事業者も一蓮托生として排除させる可能性があるわけです。
「QCDを守って仕様書通りのシステムを作ること」から「ビジネスの成功に貢献すること」へ
情報システムに求められる役割が大きく変わってきていることを受け入れなければなりません。それを前提に自分たちのビジネスを再定義し新たな収益構造を築かなければなりません。
ではどうすればいいのでしょうか。
ビジネスの回転率を上げる
人工知能や超高速開発ツール、PaaSやAPIを使ったサーバーレス開発など少ない工数で開発できる手段を活かし、短期間でビジネス・ニーズに対応できるシステムを開発、変更要求にも即応できるサービスを提供することです。そのためには、ツールの整備だけではなく、アジャイル開発やDevOpsの思想を前提とした仕事のやり方を採用することも不可欠です。
そうすれば、ひとつひとつの案件単価は下がっても回転率を高め売上を拡大し、ノウハウの蓄積とツールの活用により効率を上げることで利益も拡大できる可能性があります。さらに、これまでの請負契約にこだわらず定額準委任や定額課金型の収益モデルへのシフトも合わせて模索する必要がありそうです。
バイモーダルでの事業展開
人間ひとりひとりの生産性の限界に制約を受ける工数ビジネスでは、収益拡大は、いずれは頭打ちになります。この限界を突破する方法は、サービス・ビジネスの比重を高めるしかありません。しかし、既存のビジネスを一気にシフトさせることは現実的ではありません。
ガートナーは「バイモーダル」という言葉を使い、既存事業と新規事業を別事業体として分離混在させ、新規事業を育てつつその成長に応じて既存事業の人材をそちらに吸収してゆくことが現実的であるとしています。
業績評価基準や成長の加速度、リスクの意味が異なる新規事業を旧来のやり方に閉じ込めてしまうことは、事業の成長を妨げることになります。その意味でも、このようなやり方は現実的です。
高い専門性に特化する
「何でもできる、何でもやります」を辞めることです。自分たちのこれまでの経験やノウハウの蓄積をさらに先鋭化させ「〇〇なら弊社」と言い切れるメッセージを持つことです。
お客様の選択肢は大きく拡がっています。そういう中から自らの存在を強く訴求することに加え、その能力を先鋭化させることで存在を際立たせることです。先に紹介したバイモーダルな事業展開に際し、新規事業にこのような特徴を持たせることが大切になります。
ビジネス環境は加速度的に変化しています。加速度的に変化している市場は、小さな一歩が大きな差ととなります。既に出来上がってしまった大市場より、加速度的に成長する市場にいち早くアドレスし新規事業を打ち立てることが大切であることはまさにそのような意味もあるのです。そのためにも、テクノロジーやビジネスの動向を踏まえつつ自らの専門性を再定義し、選択的資本投下をいち早く行うことです。
工数ビジネスはまだ稼げるという人がいます。まさにいまその通りになっていますし、その事実を否定するつもりもありません。しかし、「稼働率は上がり工数も稼げているが、利益が出ない、あるいは減っている」という現実に直面している企業も少なくないはずです。これは、もはや付加価値がなく将来の成長が見込めない兆候と受け取るべきでしょう。ならば、稼げるうちに手を打っておかなければならないことは、いうまでもありません。
【お詫びと訂正】
IDC Japan様より、以下のご指摘を頂きましたのでそのまま記載させて頂きます。
「
IT部門が関与しないIT予算がある企業は61%となった」ということであり、 IT部門が関与しないIT予算は6割超あるということではありません。IT予算の割合でみると、 Directionsでもお話しているように、 CIOが最終決済をしている予算の割合は66%です。(2015年9月調査)
以上、ここにお詫びして、当初のタイトル「「IT部門が関与しないIT予算は6割超」という現実に向き合う3つの視点」を下記に訂正させて頂きます。
「IT部門が関与しない予算のある企業が6割超」という現実に向き合う3つの視点
【募集開始】ITソリューション塾・第23期
10月5日(水)より、次期「ITソリューション塾・第23期」が開講します。
「知ってるつもりの知識から実戦で使える知識へ」
をモットーに、テクノロジーやビジネスのトレンド、さらにはこれからのビジネス戦略に踏み込んで考えてゆこうと思います。
基本の講義以外にも特別な講義を用意しています。
【特別講師】
情報セキュリティとDevOpsについては、その分野の実践者を講師に迎え「実践ノウハウ」を伺います。
【特別補講】
参加された皆様のご要望にお応えするかたちで行う特別補講では、特にホットなテーマに関わる当事者をお招きし貴重なお話を伺います。これまでは、「クラウド4社・エバンジェリストによる各社の戦略紹介」、「IoT時代のセキュリティ対策」、「最新・SAPまるわかり」などをテーマに取り上げ、オープンな講演では先ず訊くことのできない生々しいお話を聞く機会を設けるなど、「実践」につながる講義を行いました。
【その他】
「実践でそのまま使えるロイヤリティ・フリーのプレゼン500枚」の提供も皆さんの実践をサポートするための一環です。
直近の参加実績は、以下の通りです。
- 第20期 88名
- 第21期 81名
- 第22期 84名
【事前連絡のお願い】
募集開始後、比較的早い段階で定員に達することが予想されます。まだ正式に決定できない場合は、まずはメールで構いませんの参加のご意向をお知らせください。参加枠を確保させて頂きます。
詳しくはこちらをご覧下さい。
【最新版】最新のITトレンドとビジネス戦略【2016年8月版】
*** 全て無償にて閲覧頂けます ***
最新版【2016年8月】をリリースいたしました。
【インフラ&プラットフォーム編】(295ページ)
フラッシュストレージの記述を新たに追加いたしました。
【新規】ストレージアレイの違い p.275
【新規】フラッシュストレージが注目される理由 p.277
【アプリケーション&サービス編】(250ページ)
解説(文章)付きスライドを増やしています。また、全体のストーリーを一部見直し、内容の古いチャートは削除しました。
【新規】なぜ今人工知能なのか p.147
【新規】人工知能と機械学習 p.148
【新規】人工知能と機械学習/全体の位置付け p.149
【新規】技術的失業と労働人口の移動 p.180
【更新】ウォーターフォール開発とアジャイル開発 p.220
【更新】DevOpsの目的 p.223
【新規】不確実性のコーン p.227
【新規】システム開発の理想と現実 p.228
【新規】ARとVRの違い p.248
【ビジネス戦略編】(92ページ)
記載内容が古いチャートを削除し、解説文付きのチャートを増やしました。
【新規】UberとTaxi p.4
【更新】ハブ型社会からメッシュ型社会へ p.5
【更新】これからのITビジネスの方程式 p.57
【補足】解説文を追加したチャートを増やしました。
新入社員研修教材「最新のITトレンド」 (119ページ)
【更新】原本の改訂に合わせ、内容を刷新いたしました。
閲覧は無料です。ダウンロード頂く場合は会員登録(500円/
http://libra.netcommerce.co.
まずは、どのような内容かご覧頂ければ幸いです。
ITソリューション塾・福岡を開催します
既に東京・大阪で多くの皆さんにご参加頂いております「ITソリューション塾」をいよいよ福岡で開催させて頂くこととなりました。
「知っているつもりの知識から、実戦で使える知識へ」
ITビジネスに関わる皆さんや情報システム部門の皆さんが、知っておくべき「ITのいまと未来の常識」をできるだけわかりやすく体系的にお伝え仕様という取り組みで。詳しい資料はこちらからダウンロード頂けます。是非、ご検討下さい。
「ポストSIビジネスのシナリオをどう描けば良いのか」
これまでと同じやり方では、収益を維持・拡大することは難しくなるでしょう。しかし、工夫次第では、SIを魅力的なビジネスに再生させることができます。
その戦略とシナリオを一冊の本にまとめました。
「システムインテグレーション再生の戦略」
- 歴史的事実や数字的裏付けに基づき現状を整理し、その具体的な対策を示すこと。
- 身の丈に合った事例を紹介し、具体的なビジネスのイメージを描きやすくすること。
- 新規事業を立ち上げるための課題や成功させるための実践的なノウハウを解説すること。
また、本書に掲載している全60枚の図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。経営会議や企画書の資料として、ご使用下さい。
こんな方に読んでいただきたい内容です。
SIビジネスに関わる方々で、
- 経営者や管理者、事業責任者
- 新規事業開発の責任者や担当者
- お客様に新たな提案を仕掛けようとしている営業
- 人材育成の責任者や担当者
- 新しいビジネスのマーケティングやプロモーション関係者
- プロジェクトのリーダーやマネージャー