デジタル・データとITが、これまでの仕事のやり方や人と人のつながりを大きく変えようとしています。この変化を「デジタル・トランスフォーメーション」と呼んでいます。トランスフォーメイションとは、形を変える、あるいは再編成するという意味があります。では、いったい何がどう変わるのでしょうか。
「人間が行うことを前提に最適化されたビジネス・プロセスから、機械が行うことを前提に最適化されたビジネス・プロセスへの転換」
ITの進化は、これまで「人間のできること」を機械に置き換え、効率化やコストの削減を実現してきました。さらに、インターネットやクラウド、IoTや人工知能の普及は、「人間にしかできなかったこと」や「人間にはできないこと」をどんどんできるようにしています。ならば、そんなITや機械の新しい常識を前提に、人間が行うのではなく、ITや機械が全てを行うことを前提に、それに最もふさわしい仕事の流れを実現してもいいはずです。どうしても「人間にしかできないこと」が残るとすれば、それは人間がやりましょうと、発想を逆転して考えてみると、これまでの常識では考えられなかったことが実現するかもしれません。これが、「デジタル・トランスフォーメーション」の目指しているところです。
この「デジタル・トランスフォーメーション」により、これまでの常識を根本的に変えてしまう事例がいくつも登場しています。例えば、米ハーレーダビッドソン(Harley Davidson)社は、お客様のわがままなカスタム注文に応えることを売りにするのオートバイ専業メーカーです。その注文を受けるペンシルバニア州にあるヨーク工場では、これまで部品手配の都合上、15~21日前に注文を締め切らざるを得ませんでした。これをなんと6時間前に短縮してしまったのです。また以前は8~10日分ほど持っていた部品在庫もなんと3時間分に圧縮してしまいました。「数日の短縮」といった改善のレベルではなく、「数十分の一の短縮」という大変革を実現したのです。ちなみにこの工場では、すべての製造装置や工作機械に取り付けられたセンサーによって、稼働状態をリアルタイムで把握できるIoT(Internet of Things)の仕組みを取り入れて、この大変革を実現したのです。
他にも独アディダス社の「Mi Adidas(マイアディダス)」は、シューズやウェアなどさまざまな商品のカスタマイズ注文を受付け、それを標準品と同じ価格で提供しています。そのカスタマイズの組合せ数は1.4兆種類もあるというのです。また、独ハンブルグ港湾局は、港での荷の積み降ろし、トラック、鉄道、海運などの物流を改革することで、従来の3倍の処理能力を実現しようとしています。
このようにITを活用することで仕事流れを変革し、「何割」ではなく「何倍/何十倍」もの変革を成し遂げようとしています。また、先に紹介した配車サービスのUberや民泊仲介のAirbnbのように、これまで人間が関わることを前提にしていた仕事の流れを、人間を介さずITだけで完結する仕組みに置き換えることで、既存の業界秩序を破壊してしまうほどの変革を生みだしています。
「デジタル・トランスフォーメーション」とは、こんな常識の大転換なのです。
そんな「デジタル・トランスフォーメーション」は、「サービス化」、「オープン化」、「ソーシャル化」、「スマート化」の4つの変化を生みだしています。
サービス化
ジェット・エンジンを「出力×稼働時間」で従量課金する、あるいは建設機械を測量、設計、自動運転とともにサービスとして提供するといった、これまでは「モノを売って儲ける」が常識だった製造業のビジネスにもサービス化の流れが生まれています。また、「所有」することが当たり前だったコンピューターは、もはやクラウド・サービスとして「使用」することが当たり前になろうとしています。
私たちは、これまで利用するためにはその手段である機械やコンピューターを所有しなければなりませんでした。しかし、様々な価値がサービスとして手に入れられる時代へと変わろうとしています。
人々が求めているのは結果であり、その手段ではありません。手段を所有しなくてもサービスとして求める価値が直接手に入るのであれば、そちらに人々の需要がシフトするのは自然の流れです。
ミシュランやコマツ、ロールスロイスなどの「モノのサービス化」への取り組みはそんな動きを象徴するものです。
オープン化
「特定の企業が占有する技術や製品ではなく、ひろく多くの人が関与する技術や製品の方が進化のスピードは早く、安心・安全も担保される」
そんな「オープン」という常識が広く受け入れつつあります。
例えば、スマートフォンのカメラ機能は、デジタル・カメラの強力なライバルだと思われがちです。その理由として「手軽さ」を挙げる人は多いと思いますが、じつはそれだけではありません。スマートフォンで撮影した写真はすぐにFacebookやLINEなどのソーシャル・メディアに投稿し、みんなで共有して楽しむことができます。また、画像編集アプリを使って修正を加え、飾りやキャプションを付けることが簡単にできてしまいます。そして、それをソーシャル・メディアに投稿してみんなで「あそぶ」ことができるのです。また写真に写っている人物や背景、あるいはシーンを人工知能が分析し、テーマ別に分類して登録してくれるクラウド上のアルバム・サービスも登場しています。このように、スマートフォンのカメラ機能が他の様々なサービスと簡単につながり、新たな付加価値を生みだすことができることに、さらに大きな魅力があるのです。
写真ばかりではありません。デジタル・データとITを駆使した様々な機能やサービスは、そんなオープンさを武器にしてお互いに連携し、単独ではなしえない大きな魅力や価値を増殖させているのです。
さらにオープンであることが、もはや社会正義にも近い感覚となりつつあります。自らがオープンなコミュニティのなかで貢献し、その中でリーダーシップを示すことが社会的評価を高めビジネスを成長させる原動力となることを、多くの人が受け入れはじめています。まだそのことを受け入れられず、密室での意志決定や経営判断が、企業価値を大きく毀損する事件は後を絶ちません。「アラブの春」や「香港での民主化デモ」など、オープンは政治をも動かす大きな力ともなっています。
もはや、世の中はオープンに支えられ、オープンでなければ生き抜くことができなくなったとも言えるでしょう。
スマートフォンを誰もが持つようになり、インターネットやソーシャル・メディアを介してオープンに情報が行き交う時代、ビジネスは「オープン」を味方に付けることが不可欠になろうとしているのです。
UberやAirbnbなどのシェアリング・エコノミー、3Dプリンターを活かした「ネットワーク型製造業」、FinTechに見られる様々なサービスとの組合せによる新たなビジネス・モデルなどは、そんなオープン化によって支えられているのです。
ソーシャル化
インターネットの普及と共にコミュニケーション・コストが劇的に下がりました。また、誰もがスマートフォンを所有し情報を直接手に入れることができるようになりました。その結果、誰もが仲介者に頼らなくても直接つながることができるようになったのです。その結果、情報の流通をコントロールすることで権力や富を維持してきた仲介者はその役割を失いつつあります。インターネットやソーシャル・メディア、スマートフォンの普及は、そんな情報の民主化を加速しています。
UberやAirbnbなどに代表されるシェアリング・エコノミーは、この流れを支えに需要と供給を直接結びつけることで、既得権益を破壊する新たなビジネスを登場さているのです。
スマート化
人それぞれの趣味嗜好に合わせ個別に対応していたら手間もかかりコストもかかります。そのため大量生産や標準化、全体最適化こそがあるべき姿だと言われ続けてきました。しかし、IoTの普及により、「個別の事実」をきめ細かくリアルタイムに捉えることができるようになり、この常識も変わろうとしています。
IoTによって収集された「個別の事実」は、人工知能によって分析され、それぞれの事実や意向をくみ取ります。そして、全体を考慮しつつも可能な限り個別のニーズに対応しようとするでしょう。さらに人工知能は大量の「個別の事実」を分析し、新たな知見、未来予測、最適な判断を促し、私たちの住む現実社会をより快適にしてくれます。
また機械が人間の代わりを果たしてくれる範囲はますます拡がってゆきます。肉体的にも知的にも、時間と労力をかけることで生みだしてきた価値は機械が代わりにやってくれます。その方が、遥かに効率的で正確で安全だからです。一方で、人間の役割は大きく変わってくるでしょう。感性、協調性、創造性がこれまでにも増して重視されるようになり、人間は新たな進化のステージに立たされることになります。
FinTechや農業IT、ロボット、マーケティング・オートメーション、情報システムの開発や運用管理、秘書サービスや健康アドバイザーなど、様々な分野に人工知能は埋め込まれ、「人間しかできない」と考えられていたことや「人間にはできないこと」を、機械ができるようになってゆきます。
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