常識崩壊の時代、ITがもたらす「これからの常識」
朝起きるとスマートフォンでFacebookアプリを開き、友人たちの楽しい会話や写真にしばし時間を潰す。さて今日はどんな予定だったかとスケジュールをチェックする。そうだ、午後から営業会議だ。資料を準備しておかなくてはと備忘録アプリに「営業会議の資料作成、午前中」と話しかけると「登録しました」と返事が返ってきた。
朝食を済ませ身支度を調え駅に向かう。電車の中でメールを確認し返信が必要なものにチェックを入れておく。そして、スマートフォンのニュースアプリを開くと自分の興味や仕事に関係のありそうな記事が表示された。
「ヤマシタ物産とウチダ産業が経営統合」
ヤマシタ物産だって!担当のお客様じゃないか。これは、ちゃんと調べておいたほうがよさそうだ。ニュース記事に要チェックの印を付けておこう。
オフィスに到着しパソコンを開くと、「認証しました」とメッセージが返ってきた。最近、顔で認証する機能が導入されたおかげでIDやパスワードの入力も不要になった。これまではパソコンを開くたびにIDとパスワードの入力を求められていたが、その必要もなくなり、煩わしくなくなった。
「営業会議の資料作成」のメッセージが表示されている。そうそう、忘れないようにしなければ。その前に通勤途中で「要返信」のチェックを入れておいたメールに返信することにしよう。資料作りはそれからだ。
営業会議では今月の計画と進捗を報告しなければならないが、これについては、既にSFA(Sales Force Automation:営業活動の状況を登録、報告するためのシステム)に登録済みなのでそれを見せればいい。問題は、ヤマダ工業への提案戦略について説明しなければならないことだ。
「ヤマダ工業の財務状況を調べてくれ」
パソコンにそう話しかけた。
「ヤマダ工業の過去3年間の財務状況と今期の予測を表示します。」
そんな返事とともに、わかりやすいグラフと共に財務状況が表示された。
「競合他社と比較してくれないか」
すると、同じ業種で規模も似ている3社の財務状況を比較するグラフが表示された。ヤマダ工業は同業他社に比べて営業利益率がかなり低いようだ。
「ヤマダ工業の営業利益率が低いようだけど原因は何だろう」
そんな問いかけを繰り返しながら、どのような提案がお客様に興味を持ってもらえそうかを考えてゆく。
「よし、それでいこう。同様の提案事例をいくつかピックアップしてくれ」
パソコンからは「分かりました」の返事と共にこれまでの提案事例が優先順位と共に3つリストアップされた。これは、使えそうだなぁと資料に目を通し、2番目の資料をたたき台に提案書をまとめることにした。
今日の営業会議での説明内容も決まった。提示された事例を手直しし、まずはたたき台を作ろう。今日の会議はこれで乗り切れそうだ。
会議も無事に終わり再びパソコンを開くと、交通費を精算するように通知が来ていた。すっかり忘れていた。2週間ほど溜まっている。そこで、パソコンにSuicaを読み込ませると、これまでの行動履歴から自動的に経費精算の一覧が表示される。新しい訪問先もあったので、データを手直しし「承認申請」ボタンを押す。明日には振り込まれているだろう。
さて、お客様からの注文を確認しておこう。最近は、ネットで注文することが当たり前になったので、担当のお客様の注文状況を確認し、問題があるものだけアクションをとればいい。
どうもお客様の希望納期を満たせない注文が2つほどありそうだ。早速の最短の納期を確認する。これは連絡を入れておいた方が良さそうだ。早速、電話でお客様にその旨をお伝えした。幸い、緊急ではないとのことで、了解頂くことができた。
少し時間ができたので、「要チェック」の一覧を開く。すると通勤途中でチェックした「ヤマシタ物産とウチダ産業が経営統合」の記事が一番上に表示されている。関連する記事や財務状況なども合わせてリストアップされ、その要約もまとめられている。なるほど、これは直接話しを訊いた方が良さそうだ。早速、ヤマシタ物産の担当者にアポイントメントを依頼するメールを送る。
さて、今日は少し早いが、息子の宿題を見る約束をしているので、早く帰ることにしよう。明日の予定を確認し、備忘録リストにやらなければいけないことをいくつか追加登録し、パソコンを閉じた。
この物語は、ここ数年の内には当たり前になっている光景です。
- 友人たちとの気楽な会話や連絡
- ニュースのチェックや情報収集
- 電子メールやスケジュール管理
- 注文や出荷の手配
- お客様情報の分析や提案資料の作成など
ITはもはや私たちの日常に溶け込み、ビジネスはITなしではできない時代になりました。
スマートフォンのアプリで買い物をしたりタクシーを呼び出したり、レストランを予約したりといったことはだれもがやっていることです。ITは私たちの生活を便利なものと変えてくれました。一方で、そういうことができない企業が淘汰されつつあります。さらに、
- 自分好みのオプションや塗装を施した製品を標準品と変わらない金額と納期で提供してくれるメーカー
- これまでの注文履歴からその人の趣味嗜好を読み解いて、お勧めの商品を紹介してくれるオンライン・ショッピング・サービス
- 銀行の預金残高やカード会社の支払い予定の情報をインターネットでつなぎ、自動で家計簿を付け、資金繰りをアドバイスしてくれるサービスなど
ITを駆使してこれまでできなかったことを可能にし、圧倒的な競争優位や差別化を図ろうという企業も登場しています。
「ビジネスはITで動き、ITは新しいビジネスを創造する」
これまでの常識は崩壊し、新しい常識が登場しています。ITはそんな「常識崩壊の時代」を牽引する大きな力となっています。
ITとの正しい付き合い方
「ITは道具に過ぎない」
「ITは私の仕事じゃない」
「ITは難しくて分からない」
だからITの専門家に任せておけばいいという時代はもはや過去の話しです。機器の設定やプログラミングは、確かに「ITの専門家に任せておけばいい」のですが、冒頭の事例で紹介したように、ITは経営や業務プロセスの実践を支える基盤として欠かすことのできないものとなっています。「ビジネスはITと一体化」しています。
では、そんなITとどのように付き合えばいいのでしょうか。
「思想としてのIT」との付き合い方
ITの進化はこれまでの常識を崩壊させています。例えば、
- 高額な機器を購入し専門的なスキルを持つエンジニアいなければ扱えなかったコンピューターは、クラウドの登場で月額数百円や数千円から簡単に使えるようになりました。
- 機器の動作や状態を把握するには数万円から数十万円はする高価で大きなセンサーを取り付け、コンピューターを横に置き、費用のかかる自社専用の通信回線でつながなくてはなりませんでした。いまでは、数十円から数百円のセンサーをワイシャツのボタンサイズのコンピューターにつなぎ、安価な携帯電話の回線を使って世界中につながるインターネットを介して、様々なモノの動作や状態を把握できるようになりました。
- 専門家の経験やノウハウは人工知能に置き換えられ、誰もがインターネットを介して、ほとんど無料に近い金額で利用できるようになりました。しかも、人間の専門家以上の精度で未来を予測し正確な判断を下してくれる分野も増えつつあります。
それがどのようなプログラム・コードで書かれているのか、どのような機能や性能を持つコンピューターによって動いているのかを知り、どのように実現するかはIT専門家(ITプロフェッショナル)たちに任せておけばいいのです。しかし、ITが「これまでの常識」を崩壊させ、どのような「これからの常識」をもたらそうとしているのかを知っておくことは、経営や業務の立場の人(ビジネス・プロフェッショナル)たちにとっても知っておかなければならないことです。
ITがもたらす「これからの常識」を最大限に活かし、ビジネスの変革や新たなビジネスの創出に取り組むことは、ビジネス・プロフェッショナルの役割です。それが「思想としてのIT」との付き合い方です。
「仕組みとしてのIT」との付き合い方
必要な情報を手に入れたければコンピューターに問い合わせれば、情報を見繕い整理して届けてくれます。業務プロセスがどのように処理されるかをしらなくても、データを入力すれば手続きが自動的に進んでゆきます。もはやITは経営や業務プロセスという「仕組み」を実現するものとして機能しています。ですから、
- 経営判断を迅速で的確におこないたい
- 仕事の効率を上げたい
となると、
- どのような情報をどのように見えれば迅速で的確な経営判断ができるのか
- どのような業務プロセスにすれば仕事の効率を上げられるのか
をビジネス・プロフェッショナルが、まずは考え判断しなくてはなりません。ITプロフェッショナルは、そんな彼らの要望を聞いて、可能な予算や技術のトレンドを考慮しながら実現方法を考え提案します。
その提案をビジネスの成功に責任を持つビジネス・プロフェッショナルは評価できなくてはなりません。自分たちが実現したいことを主張するだけではなく、ITの常識をわきまえ、その価値や可能性、限界を正しく理解し、ITプロフェッショナルと議論できなくてはなりません。それが「仕組みとしてのIT」との付き合い方です。
「商品としてのIT」との付き合い方
オンライン・ゲームやオンライン・ショッピングは、ITを駆使して作られています。そして、それ自身が収益を生みだしています。その出来の善し悪しが収益を大きく左右します。金融機関の融資や決済、預貯金、株式の売買や為替の取引なども、そのための情報システムが収益を稼ぐ手段となっています。ITが商品としてお金を稼いでくれる、そしてITがビジネスの成長を支えてくれます。このようなITが「商品としてのIT」です。
「商品としてのIT」はその商品の事業責任を負うビジネス・プロフェッショナルが責任を持って設計、構築、運用しなくてはなりません。マーケティングや営業も深く関わってくるでしょう。当然、そこに関わるビジネス・プロフェッショナルは、ITにできること、できないこと、そしてITがもたらす価値や可能性を深く理解しておく必要があります。設計、構築、運用の実務はITプロフェッショナルに任せることはできますが、その成果についての責任はビジネス・プロフェッショナルにあります。
「商品としてのIT」と付き合うには、「仕組みとしてのIT」以上にビジネス・プロフェッショナルがITについて深く精通しておかなければなりません。
「道具としてのIT」との付き合い方
スマートフォンやワープロ、電子メールなどは仕事を便利にしてくれる道具です。また、自宅でのリモートワークやオンライン会議などを使いこなすことができれば、多様性のあるワークスタイルを実現できます。そんなビジネスの利便性や多様性を実現する手段が「道具としてのIT」です。
「道具としてのIT」は、ITプロフェッショナルに任せることのできるITです。もちろん、ビジネスの現場でどのように使われるかは、また使い勝手や機能などはそれを利用するビジネス・プロフェッショナルの評価に耳を傾けなければなりません。しかし、先々の技術動向や他の製品やサービスと比較したコストパフォーマンスなど、専門家でなければ判断できないことも少なくありません。ITプロフェッショナル主導ですすめてゆくべきが、「道具としてのIT」との付き合い方と言えるでしょう。
ITの進化は「常識崩壊」を加速し、「ITとビジネスの一体化」を推し進めてゆきます。そんな時代を生き抜くためには、ビジネス・プロフェッショナルであってもITの価値や可能性を理解しておかなければなりません。
「ITは分からないから専門家にまかせておけばいい」
もはやそんな時代ではないのです。
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ITの未来:主に新入社員を対象に、IT(情報技術)の未来について解説したモノです。プレゼンテーションに加え、解説文(教科書)も合わせて掲載いたしましたので、自習にも役立ちます。
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【目次】
- アンビエントITの時代に生きる私たち
- 現実世界をデータ化する仕組み:IoTとソーシャル・メディア
- あらゆるものをつなげる:インターネット
- ビッグ・データを蓄え処理する:クラウド
- ビッグ・データを解釈し意味や価値を取り出す:アナリティクスと人工知能
- 人間の身体能力を拡張する:ロボット
- 現実世界とサイバー世界が一体となって機能する:サイバー・フイジカル・システム
- ITを抜きにして考えられない時代へ
- 最新のITトレンド
- インターネット
- クラウド・コンピューティング
- IoT(Internet of Things)
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【サービス・アプリケーション編】(207ページ)
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- IoTの設備サービス事例として、CRMとトータルエンジニアリング・サービスについてプレゼンテーションを追加しました。P.50
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【ビジネス戦略編】(89ページ)
- 2つのIT:「企業価値を高めるIT」と「顧客価値を高めるIT」を追加しました。 p.9
- 「道具としてのIT」から「思想としてのIT」への進化を追加しました。p.10
- 「いつまでなら大丈夫ですか?」への回答を追加しました。p.43
「ポストSIビジネスのシナリオをどう描けば良いのか」
これまでと同じやり方では、収益を維持・拡大することは難しくなるでしょう。しかし、工夫次第では、SIを魅力的なビジネスに再生させることができます。
その戦略とシナリオを一冊の本にまとめました。
「システムインテグレーション再生の戦略」
- 歴史的事実や数字的裏付けに基づき現状を整理し、その具体的な対策を示すこと。
- 身の丈に合った事例を紹介し、具体的なビジネスのイメージを描きやすくすること。
- 新規事業を立ち上げるための課題や成功させるための実践的なノウハウを解説すること。
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こんな方に読んでいただきたい内容です。
SIビジネスに関わる方々で、
- 経営者や管理者、事業責任者
- 新規事業開発の責任者や担当者
- お客様に新たな提案を仕掛けようとしている営業
- 人材育成の責任者や担当者
- 新しいビジネスのマーケティングやプロモーション関係者
- プロジェクトのリーダーやマネージャー