「そろそろ覚悟を決めなくてはなりませんね。」
ある中堅SI事業者の経営者からこんな言葉がこぼれました。
この会社も昨今の特需で売上を大いに伸ばしたそうですが、一方で利益率はむしろ下がっているそうです。
「人もいないし、例のプロジェクトもそろそろテスト・フェーズですから、今後の工数の伸びは期待できません。」
しかし、売上を代替してくれるはずの新規事業への取り組みは、この特需で人材を割くことができず開店休業だそうです。
「パブリック・クラウドへの取り組みを強化しようと思うんですよ。うちはこれまでも機器やライセンスの販売はたいしたことはありませんでした。だから、パブリック・クラウドになってもオンプレからクラウドへのインフラやプラットフォームの移行は必要でしょうし、アプリケーションの開発や運用は残るはずですから、その部分であれば、これまでの人材も活かせるのではないかと考えています。」
このような考えのところは、きっとこの会社だけではないでしょう。
かつて、「レガシー・マイグレーション」という言葉がもてはやされた時期があります。メインフレームやオフィスコンピュータなど、ベンダー独自アーキテクチャのシステムからオープンシステムに乗り換えようという、プロダクトベンダーからのキャンペーン・メッセージでした。
しかし、これは、業務上の必要からアプリケーション・システムの再構築を迫られたことや販売が伸び悩んだオフコンメーカーが製品開発を辞めたことなどの仕方のない理由から結果としてすすんだという経緯があり、プロダクトベンダーの売り込みが功を奏したわけではありませんでした。その理由は明白で、マイグレーションに大金を投資しても、現状をそのまま移行するだけでは何も付加価値を生みださないばかりか、新しいシステム基盤に移行することで未知のリスクを背負い込み安定稼働への不安も払拭できなかったからです。コストを抑えることを求められ、安定稼働が当たり前、トラブルになれば減点評価される情報システム部門が、積極的になれるはずはありません。パブリック・クラウドへの移行も同じ課題を抱えているのです。
また、クラウドの設計思想は、オンプレミスとは異なります。例えば、稼働率はオンプレと遜色ないレベルではありますが、メンテナンス停止はこちらの都合など考えてくれません。セキュリティやガバナンスの考え方、課金方式、運用管理のやり方もオンプレとは大きく変わります。そのため、オンプレを前提とした現行システムの要件を満たさなかったり、そのまま移行してもスループットが落ちたり、費用が増えてしまったりとメリットどころかデメリットしか生まれません。
また、アプリケーション開発にしても、もはや最初から作るのではなく、SaaSのAPIを使う、PaaSを使うと行った「サーバーレス」が当たり前となると、開発と運用のあり方も根本的に変わってしまいます。そうなれば、工数は大幅に減るだけではなく、工数を前提とした取引そのものが難しくなるでしょう。
このような「クラウド・ネイティブ」のスキルやビジネス・モデルなくして、お客様の期待に応えることはできなくなります。そうなれば、果たして「いまの人材を活かせる」でしょうか。
先週のブログでも紹介しましたが、もはや時代は「顧客価値を生みだす手段を提供するビジネスから、顧客価値そのものを直接提供するビジネスへ」変わろうとしています。これは、かつてメインフレームからミニコンやオフコンへ、さらにはPCへといった手段の変遷とは根本的に異なる変化です。当然、かつての前提となっていた収益構造が崩壊し、あらたなものへと移行することにもなります。では、どうすれば良いのでしょうか。
利益率の低い事業は切り捨てて、利益率の高い事業に経営資源をシフトすること
一時的な売上の減少は享受し利益額の確保を優先できなくてはなりません。また、一時的に利益額が増えても、すぐにボリュームを求めず安定的に高利益を確保できる仕組みを確立するまで、我慢することが大切です。
アーキテクト人材の育成に注力すること
アーキテクトとは、業務や経営視点からテクノロジーをどのように活かしてゆくかをデザインし、そのビジネス・モデルを設計できるアプリケーション・アーキテクトと、テクノロジー目線からその活用をデザインし、企画・設計できるテクノロジー・アーキテクトに分けられます。彼らが、ITを活かしたビジネスのデザインやテクノロジー活用の指揮官役として、お客様のIT活用に貢献してゆくことが求められます。
自らの事業価値を再定義すること
これまではモノや労力といった「顧客価値を実現しする手段」を売り、そのボリュームを増やすことが成長でした。しかし、顧客価値を直接提供できるようになれば、手段は売れなくなります。つまり、売るモノを変えなければならないわけで、自分たちの企業としての事業価値を再定義する必要があると言えるでしょう。つまり、「自分たちは”何屋”なのか」を改めて問うことが必要となるのです。
これまで自分たちは、お客様にどのような顧客価値を提供してきたのかを再度確認します。そして、そのための手段を切り離したときに、どうやって価値だけを提供でき、どうやって稼げるかを再考する必要があるでしょう。
今年は、従来型パラダイムの絶頂期にあったと言えるかもしれません。多くの企業はこの恩恵を受け、売上を伸ばしました。その一方で、利益は伸び悩みました。また、クラウドがキャズムを越えエンタープライズ基盤として注目されると共に、そこに注力した新しいプレイヤーが大きく力伸ばしました。IoTや人工知能など、これまでのビジネスや社会に大きな影響を与えるであろうテクノロジーも実用へと大きく踏み出した年でもありました。
この時代の変化にうまく乗ることができるか、それともはじき飛ばされるか。「そろそろ覚悟を決めなくては」なりません。
今年、最後のこのブログは、そんな問い掛けで締めくくりたいと思います。
「SIビジネスはなくなってしまうのでしょうか?」
これまでと同じやり方では、収益を維持・拡大することは難しくなるでしょう。しかし、工夫次第では、SIを魅力的なビジネスに再生させることができます。
その戦略とシナリオを一冊の本にまとめました。
「システムインテグレーション再生の戦略」
歴史的事実や数字的裏付けに基づき現状を整理し、その具体的な対策を示すこと。
身の丈に合った事例を紹介し、具体的なビジネスのイメージを描きやすくすること。
新規事業を立ち上げるための課題や成功させるための実践的なノウハウを解説すること。
2016年1月25日発売
斎藤 昌義、後藤 晃 著 A5判/本文2色/240ページ 定価(本体1,880円+税)
978-4-7741-7872-1
こんな方に読んでいただきたい内容です。
SIビジネスに関わる方々で、
- 経営者や管理者、事業責任者
- 新規事業開発の責任者や担当者
- お客様に新たな提案を仕掛けようとしている営業
- 人材育成の責任者や担当者
- 新しいビジネスのマーケティングやプロモーション関係者
- プロジェクトのリーダーやマネージャー
【最新版】最新のITトレンドとビジネス戦略【2015年12月版】
*** 全て無償にて閲覧頂けます ***
最新版【2015年12月】をリリースいたしました。
今月の目玉は、「オンプレからパブリッククラウドへの移行」について、ドキュメントを追加しています。移行をご検討のユーザー企業・情報システム部門の方は企画書や経営会議の資料として、SIerの方はお客様の提案資料としてご利用頂けると思います。
なお、今月より「テクノロジー編」を「インフラ&プラットフォーム編」と「サービス&アプリケーション編」の2つに分割致しました。(全438ページとなり資料探しに手間がかかるようになったため)
【インフラ&プラットフォーム編】(246ページ)
- ハイブリッド・クラウドについて、各社の取り組みを比較しやすいように資料を作り直しました。P44
- PaaSについての解説をわかりやすく修正しました。p.55-56
- 「パブリッククラウドへの移行の勘所」と「パブリッククラウド移行の企画書・提案書の作り方」の章を新しく追加しました。SIerにとっては顧客提案資料として、また、ユーザー企業の方は経営会議や企画会議の資料としてご利用頂けると思います。p.77-94
【アプリケーション&サービス編】(192ページ)
- 誤字・脱字等を修正しました。内容に大きな変更はありません。
【ビジネス戦略編】(74ページ)
- 「SI事業者の成功要因の変化」を追加致しました。
- 「PEST分析と5フォース分析で見るクラウド化」を追加しました。
- 「事業再構築の逆Cカーブ」と「SIビジネスへの適用」を追加しました。
- 「基幹業務のAWS適用事例」を追加しました。