「売るモノが変わる」
ポストSIビジネスを考える時、この変化の本質に向き合う必要があります。では何が変わるのでしょうか。
1970年から1980年代の日本の労働生産性は世界一位でした。この頃は、「いいモノを作って売る」ことがビジネスを成長させる原動力でもあったのです。そのために、腕に磨きをかけた職人や優れた技術を持つ企業との分業など、人間力による機能や品質の作り込みによって商品力を高めてきたのです。日本はこの点において、世界で抜きん出た存在だったのです。
1979年、社会学者エズラ・ヴォーゲルの著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)が出たころの日本経済は、まさにそんな黄金期を向かえていたのです。
しかし、いいモノが作れるようになれば、それを安く作り市場を拡げようとのモチベーションが働きます。それが差別化と成長力の原動力になりました。その結果、安い労働力を求めて中国やタイなどの新興国に生産拠点を移す動きが加速します。同時に自動化も推進し、生産性の向上に加え、品質や機能を機械によって底上げし、安定化させる取り組みが行われました。その結果、生産、投資、雇用の減少に伴う産業の空洞化が懸念されるようになるとともに、モノのコモディティ化も早まり、安さだけでは差別化や成長を促すことができなくなってきたのです。
そこで、顧客課題を起点とし、顧客毎に個別最適な組合せを提供するという「インテグレーション」の視点が注目されるようになったのです。コモディティ化が進む商品単体のアドバンテージではなく、顧客個別の課題に向き合い、商品や付随するサービスを組み合わせることで、顧客個別に最適化された商品(やサービスの組合せ)を提供することで差別化を図り、成長に結びつけようという動きです。しかし、ここに来てこの「インテグレーションして売る」というビジネスのあり方が揺らぎはじめているのです。
「いいモノを売る」、「安く作って売る」、「インテグレーションして売る」という取り組みは、いずれも「顧客価値を実現する手段」を提供するものです。顧客はその手段によって実現する価値を手に入れたいわけですが、そのためには手段を手に入れなくてはなりませんでした。しかし、この常識が変わろうとしているのです。
例えば、クラウドを使えば、コンピューター・システムという手段を手に入れなくてもアプリケーションをサービスとして手に入れることができます。また、センサーが組み込まれたジェット・エンジンはオンライン・リアルタイムで飛行中のデータをエンジンメーカーに提供できます。その稼働状況を確実に把握できることからエンジンの稼働時間に応じて課金するというビジネスが可能になりました。航空会社はジェット・エンジンという手段を買うことなくサービスとして利用できるようになったのです。また、Uberという個人所有の自動車による配車サービスはタクシーという手段を所有することなく「自動車で人を目的地に移送する」というサービスを提供しています。
つまり、「顧客価値」を実現する手段を提供しなくても、「顧客価値」そのものを提供できるようになったのです。これを支えているのが「モノのソフトウエア化」と「モノのサービス化」です。
「モノのソフトウエア化」とは、モノそのものの機能や品質が、ハードウェアだけではなく、そこに組み込まれているソフトウエアに依存しているということです。例えば、テレビやオーディオ、冷蔵庫や電子レンジ、自動車や航空機は、もはやそこに組み込まれたソフトウエアなしには機能しません。そして、そのソフトウエアによってモノの価値が規定されるようになったのです。その結果、モノは作って売れば終わりではなく、作った後もインターネットを介してそのソフトウエアをアップデートすることで機能や性能を高めることができ、価値を変え続けることができるようになったのです。つまり、モノの価値は製品そのものの価値から、その製品を使用することの価値へと変わり始めたと言えるでしょう。
「モノのサービス化」はクラウドや従量課金制のジェット・エンジンのように、モノそのものを所有しなくても顧客価値を受け取ることができるようになることを意味しています。
ここに紹介した歴史的変遷は、モノとビジネスの関係を表したものですが、これはITビジネスにとっても大きな変化をもたらすことを意味します。つまり、「モノのソフトウエア化」と「モノのサービス化」は、共にクラウドやインターネット、IoTやビッグデータ/アナリティクスなどのテクノロジーに支えられているからです。
ITはこれまでにも増して私たちの日常や社会活動に深く関わろうとしています。つまり、世の中の動きが、「顧客価値」を実現する手段を提供することから、「顧客価値」そのものを提供することへと変わりつつある中、ITビジネスも同様のことが求められようとしているのです。この現実にSIビジネスも向き合わなければならなりません。
モノの販売や工数のビジネスがなくなることはありません。しかし、モノや工数を手に入れなくても顧客価値を直接手に入れられるようになれば、そちらに需要がシフトすることは当然のことです。
「売るモノが変わる」
まさにそんな時代が押し寄せつつあるのです。
「SIビジネスはなくなってしまうのでしょうか?」
これまでと同じやり方では、収益を維持・拡大することは難しくなるでしょう。しかし、工夫次第では、SIを魅力的なビジネスに再生させることができます。
その戦略とシナリオを一冊の本にまとめました。
「システムインテグレーション再生の戦略」
歴史的事実や数字的裏付けに基づき現状を整理し、その具体的な対策を示すこと。
身の丈に合った事例を紹介し、具体的なビジネスのイメージを描きやすくすること。
新規事業を立ち上げるための課題や成功させるための実践的なノウハウを解説すること。
2016年1月25日発売
斎藤 昌義、後藤 晃 著 A5判/本文2色/240ページ 定価(本体1,880円+税)
978-4-7741-7872-1
こんな方に読んでいただきたい内容です。
SIビジネスに関わる方々で、
- 経営者や管理者、事業責任者
- 新規事業開発の責任者や担当者
- お客様に新たな提案を仕掛けようとしている営業
- 人材育成の責任者や担当者
- 新しいビジネスのマーケティングやプロモーション関係者
- プロジェクトのリーダーやマネージャー
【最新版】最新のITトレンドとビジネス戦略【2015年12月版】
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最新版【2015年12月】をリリースいたしました。
今月の目玉は、「オンプレからパブリッククラウドへの移行」について、ドキュメントを追加しています。移行をご検討のユーザー企業・情報システム部門の方は企画書や経営会議の資料として、SIerの方はお客様の提案資料としてご利用頂けると思います。
なお、今月より「テクノロジー編」を「インフラ&プラットフォーム編」と「サービス&アプリケーション編」の2つに分割致しました。(全438ページとなり資料探しに手間がかかるようになったため)
【インフラ&プラットフォーム編】(246ページ)
- ハイブリッド・クラウドについて、各社の取り組みを比較しやすいように資料を作り直しました。P44
- PaaSについての解説をわかりやすく修正しました。p.55-56
- 「パブリッククラウドへの移行の勘所」と「パブリッククラウド移行の企画書・提案書の作り方」の章を新しく追加しました。SIerにとっては顧客提案資料として、また、ユーザー企業の方は経営会議や企画会議の資料としてご利用頂けると思います。p.77-94
【アプリケーション&サービス編】(192ページ)
- 誤字・脱字等を修正しました。内容に大きな変更はありません。
【ビジネス戦略編】(74ページ)
- 「SI事業者の成功要因の変化」を追加致しました。
- 「PEST分析と5フォース分析で見るクラウド化」を追加しました。
- 「事業再構築の逆Cカーブ」と「SIビジネスへの適用」を追加しました。
- 「基幹業務のAWS適用事例」を追加しました。