「これから工数ビジネスは益々厳しくなるとおっしゃいますが、これまでも同じようなことを言われ続けていました。しかし、こうやって、何とか続けてこられました。今後も何とかなると思いますよ。」
SI事業を営む経営者のこんなことばに、次のように応えました。
「私もそう思います。今後とも仕事がなくなることはないと思います。でも、御社の経営に求める価値とは何でしょうか。雇用を維持することでしょうか。それとも利益を上げることでしょうか。」
その方は、その両方だと言われました。しかし、それが本当に可能なのでしょうか。
「売上は伸びているが、利益率は下がっている」という話をよく聞きます。この事実は、提供するサービスの顧客価値および競争優位が低いことを意味しています。
顧客価値とは、「お客様が必要としていること」と「自分たちが提供できること」が重なっているところです。いくらお客様が必要としていてもこちらが提供できなければ、顧客価値を生みだすことはできません。ただ、顧客価値を提供できるからといって、自分たちが競争優位に立てるという保証はありません。
競争優位とは、「お客様が必要としていること」と「自分たちが提供できること」で、「競合他社にはできないこと」となります。いくら自分たちが顧客価値を提供できても競合他社も提供できるのであれば、競争優位になりません。ユニークネス、あるいは、差別化と言われるのはこの部分で、この大きさが競合を征する条件となります。
この「競争優位」の大きさが利益率です。つまり、顧客価値が高く競合他社も提供できない領域であれば、売値を高くしてもお客様が手に入れたいと望まれるわけで、高い利益率を確保することができます。ですから利益率が低いということは、競争優位がなく顧客価値が低いことを示しています。
例え仕事があったとしても利益率を維持できない、あるいは利益率が減少傾向にあるとすれば、それは顧客価値や競争優位を提供できていないことを意味しています。
顧客価値が低く競争優位がないことと、システム開発や運用の需要がなくなることは同義ではありません。ただ、顧客価値が低く競争優位がないことは誰にでも代替できることであり、利益率を上げることは難しく、やがては限界コストに達し利益はゼロになります。また、自動化や自律化といった機械の仕組みに置き換えられてゆく可能性もあるでしょう。
それ以前に、低い利益率のままでは、ちょっとした稼働率の低下で直ちに赤字に転じますので、人材を維持することもままならず、長期継続的に人材を育成する余裕も生まれません。2016年から2017年にかけて、数千人月単位のビックプロジェクトがどんどんとなくなっていきますが、それを乗り切ることはかなりの覚悟がいるでしょう。
もちろんオリンピックなど新たな需要も期待できますが、レガシーなテクノロジーと開発手法のプロジェクトに何年も拘束され、新しい時代の波に対応する機会も与えられなかったエンジニアたちが、クラウド・ネイティブやモバイル・ファースト、IoTの開発をアジャイルでやってくれと求められて対応できるのでしょうか。需要があっても対応できないといったスキルのアンマッチも懸念されます。
「2010年には8000万人以上の生産年齢人口は、2030年に6700万人ほどになり、「生産年齢人口率」は63.8%(2010年)から58.1%(2030年)に下がる。つまり、人口の減少以上に、生産年齢人口が大幅に減るのである。(国内人口推移が、2030年の「働く」にどのような影響を及ぼすか)」
直近の5年間(2015〜2020)をみても、7682万人から7341万人、341万人の生産年齢人口が減少するようです。この数字は、同時期の総人口の減少が、250万人の減少であることを考えると、それを上回る勢いで、生産年齢人口の減少がすすむことになります(参照:内閣府・平成25年版 高齢社会白書)。
工数を増やすことで売上や利益を上げる工数ビジネスの収益構造は、生産年齢人口の減少という構造的問題を抱えており、これは努力して何とかなることではありません。需要があっても対応できる人材、特に若手の人材の確保は容易なことではなくなります。そうなると、高齢化する人材で対応しなければなりません。しかし、年齢が上がれば昇給させなければなりません。しかし、単金の上昇が抑えられていますから、利益は益々圧迫されます。
このような事実を重ね合わせて考えれば、工数ビジネスで雇用と利益を両立させることはかなりの困難を伴うことは容易に想像できます。
この現状を打開するための具体的な戦略やシナリオについては、以前のブログに紹介させて頂きましたのでよろしければそちらをご覧下さい。また、来年1月に出版予定の拙著(共著)にて詳しく解説しましたので、よろしければそちらも合わせてご覧下さい。
ここで述べている戦略とシナリオを実践する条件は、「一時的な売上減少、中長期的な利益拡大」というKPIを受け入れられるかどうかにかかっています。これを株主や借入先の金融機関が受け入れてくれるかどうかも大きなハードルです。
売上が減少するのは、人手に頼っていた作業が大幅に減少するからです。自動化や自律化といった機械による代替、PaaSや高速開発ツールによる開発生産性の劇的向上、アジャイル開発による無駄な開発投資の減少があいまって、売上金額を構成する工数需要が減少するからです。
工数が減ってもビジネスの現場に深く関与し、業務とITを結びつけることでITのビジネス上の価値を高めることができる、あるいは、ノウハウをメソドロジーやツールとして整備し利益率を高め、案件単価は下がっても回転率を上げることで利益規模を確保することは可能です。ただ、それが軌道に乗るまでは売上の減少、および初期投資に伴う利益の減少を受け入れなければなりません。
いままでと同じやり方で営業努力をすれば業績が上向くことは望めません。そのことを覚悟の上で、次のステージに歩を進めるか、あるいは、利益は出ないが雇用維持のためだけの仕事を続けるか、そろそろ決断を下し行動しなければなりません。キャッシュフローが回っているうちにその決断を下さなければ、何もできなくなってしまいます。
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今月の目玉は、「オンプレからパブリッククラウドへの移行」について、ドキュメントを追加しています。移行をご検討のユーザー企業・情報システム部門の方は企画書や経営会議の資料として、SIerの方はお客様の提案資料としてご利用頂けると思います。
なお、今月より「テクノロジー編」を「インフラ&プラットフォーム編」と「サービス&アプリケーション編」の2つに分割致しました。(全438ページとなり資料探しに手間がかかるようになったため)
【インフラ&プラットフォーム編】(246ページ)
- ハイブリッド・クラウドについて、各社の取り組みを比較しやすいように資料を作り直しました。P44
- PaaSについての解説をわかりやすく修正しました。p.55-56
- 「パブリッククラウドへの移行の勘所」と「パブリッククラウド移行の企画書・提案書の作り方」の章を新しく追加しました。SIerにとっては顧客提案資料として、また、ユーザー企業の方は経営会議や企画会議の資料としてご利用頂けると思います。p.77-94
【アプリケーション&サービス編】(192ページ)
- 誤字・脱字等を修正しました。内容に大きな変更はありません。
【ビジネス戦略編】(74ページ)
- 「SI事業者の成功要因の変化」を追加致しました。
- 「PEST分析と5フォース分析で見るクラウド化」を追加しました。
- 「事業再構築の逆Cカーブ」と「SIビジネスへの適用」を追加しました。
- 「基幹業務のAWS適用事例」を追加しました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン