「そろそろ、人剰り(あまり)が始まりますよ。」
つい先日のことです。ある大手SI事業者の経営幹部からそんな話を伺いました。
「本番は来年4月からです。そろそろテスト・フェーズですからこれまでほど人手はかかりません。」
では、どうすればいいのでしょうか。これまでも、このブログでその筋道を整理してきました。しかし、改めて、いまのSIビジネスの何が問題なのかを明確にしておきたいと思います。いまの特需で人手が足りないほどに忙しとはいえ、この本質は何も変わっていないのです。だから仕事があっても単金が上がらないし、利益も増えないのです。この現実に真摯に向き合わなければ、例え新しい取り組みをはじめたところで屋上屋を架すだけのこと、何ら本質的な解決には至りません。
言うまでもありませんが、ビジネス・スピードの加速やグローバル化への対応は、待ったなしの状況にあります。それに伴うビジネスプロセスの変革や競争力の強化に、ITはこれまでにも増して重要な役割を求められています。
しかし、現状のSIビジネスは、この変化にうまく対応することができない構造的課題を抱えています。それは、工数積算で金額が決定するにも関わらず、成果保証(瑕疵担保責任)を負わされることです。ユーザー企業は、工数積算で金額を確定させ、請負契約にしてしまえば、完成後に納得いくまで作り直しを求めることができるのです。
本来、提示された見積もり金額の妥当性は、開発や運用などの実践的なスキルなくして評価できるものではありません。しかし、現場から遠ざかっている情報システム部門の担当者には、そういった実践経験に裏打ちされた評価ができません。そこで、客観的な根拠として工数積算を求めるのです。
見積もりを複数の企業に提示させ、似たような積算になれば「妥当」と判断し、その中で一番安いところ、あるいは自社の業務に長年携わっていて細かいことを言わなくても話が通じるところなど、開発するシステムの機能や品質といった成果とは直接結びつかない基準で発注先を選定することも少なくありません。SI事業者の業務遂行能力や品質、創意工夫などという、数字に表しにくい価値も考慮されません。
SI事業者は、完成後の修正作業のリスクを考え、余裕のある見積もりを出したいところですが、それでは他社に負けてしまいます。結局はぎりぎりの金額を提示せざるを得ません。
そうやって、なんとか受注を勝ち取っても、利益の出ない仕事です。また、金額も確定しています。「ならば、少しでも原価を抑えよう」と、単価の安い外注を使い、品質保証もそこそこに、要件定義書どおりにコードを書くことに専念します。エンドユーザーの利便性などに気を回す余裕などないままに、作業は進みます。
そもそも、エンドユーザーの求めるゴールは、売上の拡大やビジネスの成功など、ビジネス上の課題を解決することです。しかし、開発の現場にはそのような意識はありません。また、開発をしている間に業務が変わり、要求仕様も変わってしまいますが、そのようなことにも配慮はありません。ここに、現場のユーザーとSI事業者の「ゴールの不一致」が生まれます。
当然、出来上がったシステムはユーザーの満足を得られるものではありません。ユーザーが確認すれば、
「使い勝手が悪い」
「この機能はもういらない」
「こんな機能が新たに必要になった」
と改修を求められます。SI事業者は、検収、支払いが人質に取られているわけですから、それに従わざるを得ません。支払金額は変わらないままに、工数だけが増えていきます。原価はかさみ、利益を圧迫、赤字になることさえあります。
情報システム部門は、工数積算で予算を確定でき、瑕疵担保で成果物の完成責任をSI事業者に負わせることができます。一方、SI事業者は、作業負担が増大するリスクを抱えながら、低利益を強いられます。問題が起きれば、情報システム部門は「SI事業者の要件定義が不十分であり、スキル不足が悪い」「自業自得だ」といい、SI事業者は「要件定義を適性に評価できなかった情報システム部門の問題だ」と頭を抱えます。このような、「ゴールの不一致」と「相互不信」といった「構造的不幸」を内在したままのSIビジネスが、双方にとって健全であるはずはありません。
短期的に見れば、仕事は増えています。人員の稼働率が上がっていれば、キャッシュは回り、事態の深刻化は避けられます。しかし、だからといって、この「構造的不幸」が、なくなるわけではありません。いったん需要が停滞すれば、稼働率は低下し、もともと利益の少ない仕事ですから、人件費は重くのしかかってきます。そうなれば、一気に事態は深刻化するでしょう。
このブログでも以前紹介しましたが、「クラウドや高速開発手法の普及による工数の喪失」、「工数対価から成果対価へのユーザー企業の意識の変化」、「生産年齢人口の減少による労働力の喪失」は、これまでの工数積算を前提としたビジネスを難しくします。そうなれば、たとえ景気が上向いても、工数需要の拡大には結びつきません。当然、単金の上昇も期待できないことは、いうまでもありません。
「そうなるのはいつ頃ですか。いつまでなら大丈夫でしょうか。」
こういうご質問をうけることがありますが、冷静に考えれば、答えは明らかです。いまこれだけの工数需要がありながら、利益率は上がっていませんし下がっているところさえあります。これこそ、「SIビジネスに内在する構造的不幸」の現実だと思うのです。「そうなるのはいつ頃からですか」というご質問には、「もう既にそういう状態です」と答えるしかありません。「いつまでなら大丈夫でしょうか」へは、「キャッシュフローが回っているうちに対策を打たなければ手遅れになります」とお応えするしかありません。
まだ余裕があるのではという期待は、持たない方が良さそうです。
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最新版【2015年10月】をリリースいたしました。今回の目玉は、最新ITトレンドを俯瞰するチャートの追加、IoT関連のチャートの追加、ビジネス戦略の内容刷新とSIビジネスを分析したチャートの追加です。
【テクノロジー編】(379ページ)
- 「デジタル化の歴史」を追加しました。
- サイバー・フィジカル・システムについて、既存のチャートを修正し、さらに新たなチャートを追加しました。
- IoTについてのチャートを追加しました。
- IoTのもたらすパラダイムシフトについてのチャート
- フォグ・コンピューティングのチャート
- 「クラウドにつながるとモノはインテリジェンスになる」チャート
- 人口知能(ティープラーニング)についてチャートを追加しました。
【ビジネス編】(67ページ)
- 新たに「SIビジネスの現場や課題」の章を立て、8枚のチャートを追加しました。
- 成長してきたSI産業
- SI事業のコスト構造
- SI企業のアドバンテージ・マトリクス分析 など
- 新たに「SIビジネスのが直面する現実」の章を立て、既存のチャートと4枚の新しいチャートを加えました。
- シチズンインテグレーターとの競合
- グローバル競争との対峙・新たな競争原理
- 異業種との競合 など
- 新規事業の立ち上げについて、一部内容を見直し、新しいチャートを加えて再構成しました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン