新規事業開発をすすめる上で、次の5つのことには注意したほうがいいでしょう。
1.ウォーターフォールで考えないこと
「いま、新たなクラウド・サービスを立ち上げようと検討しています。」
あるSI事業者の新規事業開発チームから、計画中の新サービスの機能が整然と並べられたチャートを見せて頂いたことがあります。長年、ある業務システムの開発を手がけてきたこともあって、見事に業務機能が網羅されていました。
「このサービス、うまくいくと思いますか?」
そして、次のように申し上げました。
「たぶん、うまくいかないと思います。そもそも、このサービスを使う人は誰でしょうか。何という会社の、どの部門の、どんな業務をしている誰々さんの顔を思い浮かべることができますか。具体的なお客様がイメージできないサービスが、うまくいくとは思えません。」
確かに必要そうな機能は徹底して網羅されているようにも思います。しかし、これを使うのは、特定の仕事に携わっている現場の「ひとり」です。
「これだけの機能を必要としている人を思い描くことができるでしょうか?」
その「ひとり」がどういう仕事をしているのでしょうか、どんなことに困っているのでしょうか、その人にとって何が必要なのでしょうか。そんな生身のお客様をイメージできていないようでした。
まさに、長年の経験に培われたウォーターフォールの発想でした。「使うかもしれない」も想像して、漏れがあってはいけないという徹底主義がこのような機能構成を描かせたのかもしれません。
ほんとうにそういう機能をお客様は必要としているのでしょうか。そもそも、だれがそれを使うのでしょうか。そんな議論が十分になされないままに、自分達にできること、知っていること、想像したことをこれでもかと盛り込んで、自慢でもしているかのような内容では、お客様からしてみれば、「余計なお世話」になってしまいます。
2.最初はKPIの達成を求めないこと
新規事業は、何を成功と見做すかを予め決めることができません。「これはいける」とはじめても、うまくいかないことばかりです。特にそれがこれまでに無い新しいビジネス・モデルであるとすればなおさらです。
SI事業者が、これまで手がけてきたビジネスの多くは、既存業務の改善でした。コストを何割削減する、あるいは、できなかったことをできるようにするというように、前提となる基準があるのでKPIを設定できました。しかし、これまでにない新しいビジネスはそれがないのでKPIを定めることはできません。試行錯誤を繰り返し、KPIそのものを探しながらすすめてゆくようなものです。
「3年後に10億円のビジネスをめざして欲しい。」
このような「期待の言葉」は、現場の発想を硬直化させ、多くの発想がこの基準でフィルタリングされ排除されてしまいます。
これまでの業績評価の基準や事業計画のやり方を当てはめようとしないことです。改善や拡張ではないため基準となる目標値は設定できず、市場予測はできません。KPIを設定できず、裏付けのある事業計画がなければ、承認しない意志決定のメカニズム、あるいは、既存の事業規模を基準とした事業目標の設定は、新しい発想の妨げとなるばかりか、現場の意欲を削いでしまいます。
それよりも、「将来、数千億円のビジネスになり、今の仕事を全て辞めてもいいくらいなビジネスをめざして欲しい。」と言って欲しいものです。大きな視野に立ち、世の中を変えることをめざして何かを取り組めば、例え失敗しても、規模はそこそこであっても次につながる新しい何かが残るはずです。
ビジネスにとっての成功は、売上や利益の向上です。しかし、新規事業は、時にしてそれを実現するために、まず新しい市場やユーザーの価値観を創造しなければなりません。それは「何か」を見つけることと「3年後に10億円のビジネス」をはじめから結びつけて考えることには、無理があるのです。
その「何か」を見つけ、一定の収益が上がる見通しが立った後は、「3年後に10億円」というKPIは、有効に機能するでしょう。しかし、それ以前は、有望なアイデアを排除し、やる気をなくさせる言葉にしかならないことを心にとどめておく必要があります。
3.ボランティア・サークルで取り組まないこと
専任ではなく別に本業を抱えたメンバーが、リソースも与えられずに自助努力を強いられるだけでは、成果をあげることはできません。
このようなやり方では、例え重要であると分かっていても、自分の評価には影響がありません。一方、新規事業への取り組みで時間がとられ、本業がおろそかになれば、評価は下がります。そうなれば、本業を優先するのは当然です。結果として、空中分解か、パイロット・プロジェクト程度で終わってしまいます。
最初から全員を専任にすることは難しいかもしれませんが、想いと情熱を持った誰かを専任にして、自らの責任をしっかりと自覚して取りかからなければ、実現には至りません。そして、少しでも早い段階で、何らかの収益を出して、専任者を徐々に増やしてゆくのが現実的ではないでしょうか。
4.「みんな」でやらないこと
「新しいビジネスをみんなで一緒に考えましょう」といったゴールを定めない複数企業でのパートナーシップは、厳に慎むべきです。ビジネスは、顧客ニーズを起点にしなければなりません。それが、何かを明確にし、どこか一社がビジネスの責任を持つべきです。そのうえで全体のビジネス・ストーリーを描き、足りない機能をパートナーに補完してもらう関係を作る必要があります。
時々見掛けることですが、一社では十分な体制が確保できないので、「みんなでやりましょう」的な取り組みは、所詮スキルや体制のないもの通しの集まりですから、補完関係を築くことは困難です。できないことを共に嘆き、慰め合うだけになりかねません。
また、対等なパートナーシップは、変化や変更への即応性を遅らせ、サービスの魅力を低減させてしまいます。また、クラウドを前提としたサービスは、概して「薄利多売」ですから、費用や投資、収益の配分が複雑になれば、ビジネスとしてのうまみがありません。
「船頭多くして船山に登る」の例えにならないよう、自社ビジネスとして起ち上げるべきです。パートナーシップとは、そんな自社ビジネスを立ち上げる上で不足する部分を補ってくれる関係として構築することが大切です。
5.「いま」から未来を考えないこと
「たくさんの会社を見て来て、なぜ長続きしないのかを考えてきました。多くの会社が現れては消えて行きましたが、彼らは何を間違ったんだろう? と考えました。共通して犯している間違いは、多くの場合、未来を見通していなかったということに尽きます。」
Googleの共同創業者であり最高経営責任者(CEO)のラリー・ペイジが、2014年、TEDでこのようなスピーチをしています。
これまでも変化のなかった時代などありませんでした。しかし、いま起きている変化は、これまでの変化とは、3つの点で異なっています。それは、イノベーションの多様化、適用領域の広がり、変化のスピードです。
ビジネス・スピードの加速やインターネット、クラウドの普及は、ITを生産性やコスト削減の手段から、競争優位を実現する手段へと求められる役割を大きく変えつつあります。この変化に応えようと、多くのイノベーションが生まれ、これまでは考えられなかったような業務領域にITが使われるようになりました。さらに、システム開発のスピードや変更への即応力が、著しく向上しています。このような変化は、もはや過去の延長線上では語ることのできない劇的な変化と言えるでしょう。ならば、10年後、20年後に視座を定め、その時の未来をしっかりと描き、その時代から今を考え、その未来に向けて自分たちはどのように関わってゆくべきかを考えなくてはなりません。
自分たちの「いま」、すなわち、いま「できること」の延長線上で、行き先を考えるのではなく、未来はどうなるのか、そのとき自分たちは、「どうあるべきか」を明らかにすることです。その上で、「できること」と「どうあるべきか」のギャップを洗い出し、それを埋めてゆくシナリオを描くことです。
北海道へ行くのか、沖縄に行くのか、あるいは、ニューヨークへ行くのかを決めないままに、羽田空港のまわりをうろうろすることに時間を費やしているようでは、いつまでたっても何処にも行けません。
ITのトレンドをしっかりと学び、未来を考え、自分たちの向かうべき場所を決めることです。新規事業とは、未来から「いま」を考える取り組みだということを理解しておく必要があるでしょう。
これまで3回にわたり紹介したやり方が、唯一というつもりはありません。ただ、不確実性も高く、ビジネス・スピードも速い時代に新規事業を成功に導くためには、とにかくやってみることです。幸いにもクラウドの時代になり失敗のコストは大きく下がっています。失敗のリスクは、大きくありません。むしろ、新しいことにチャレンジしないことが、遥かに大きなリスクであることを意識すべきではないでしょうか。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン