「いま、新たなクラウド・サービスを立ち上げようと検討しています。」
あるSI事業者の新規事業開発チームから、自分達のこれからやろうとしている新しいサービスの機能が整然と並べられたチャートを見せて頂いたことがあります。長年、ある業務システムの開発を手がけてきたこともあって、見事に業務機能が網羅されていました。
「このサービス、うまくいくと思いますか?」
そして、次のように申し上げました。
「うまくいかないと思います。そもそも、このサービスを使う人は誰でしょうか。何という会社の、どの部門の、どんな業務をしている誰々さんの顔を思い浮かべることができますか。具体的なお客様がイメージできないサービスが、うまくいくとは思えません。」
確かに必要そうな機能は徹底して網羅されているようにも思います。しかし、これを使うのは、特定の仕事に携わっている現場の「ひとり」です。その「ひとり」がどういう仕事をしているのでしょうか、どんなことに困っているのでしょうか、その人にとって何が必要なのでしょうか。そんな生身のお客様をイメージできていないようでした。
「これだけの機能を必要としている人を思い描くことができるでしょうか?」
まさに、長年の経験に培われたウォーターフォールの発想でした。「使うかもしれない」も想像して、漏れがあってはいけないという徹底主義がこのようなサービス構成を描かせたのかもしれません。
松下幸之助の経営哲学のひとつとして、「水道哲学」があります。幼少期に赤貧にあえいだ松下幸之助が、水道の水のように低価格で良質なものを大量供給することにより、物価を低廉にして消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想を著した言葉です。
「産業人の使命は貧乏の克服である。その為には、物資の生産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。水道の水は価有る物であるが、乞食が公園の水道水を飲んでも誰にも咎められない。それは量が多く、価格が余りにも安いからである。産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。松下電器の真使命も亦その点に在る(1932年5月5日、松下電器製作所・第1回創業記念式での社主告示)。」
「信頼性が高く、多機能な商品を、安く大量に」提供することの大切さを説いた言葉ですが、もはや「貧乏の克服」は時代のニーズではありません。しかし、未だ、「信頼性が高く、多機能な商品を、安く大量に」提供することを価値と考え、新しいビジネスを考えようとしていることも少なくないようです。上記に紹介したケースも、まさにそのような内容でした。
ほんとうにそういう機能をお客様は必要としているのでしょうか。そもそも、だれがそれを使うのでしょうか。そんな議論が十分になされないままに、自分達にできること、知っていること、想像したことをこれでもかと盛り込んで、自慢でもしているかのような内容では、お客様からしてみれば、「余計なお世話」になってしまいます。
実践のシナリオ
「このビジネスの対象となる市場規模は、500億円あります。仮に、このうちの5%を獲得できたとしたら、25億円のビジネスが期待できます。」
よくある話です。しかし、そもそも、これから新しくはじめようとしている事業に「市場規模」など想定できるはずはありません。また、5%を獲得できるロジックがないのに、結果を期待できる道理もありません。
この数字につじつまが合う市場を創造し、そこでこちらの思惑通り行動してくれる顧客を創造し、都合の良い統計と解釈を持ち込んで、経営者を納得させるためだけの事業計画書を創造する。そんな3つの「創造(=想像)」を積み上げても、うまくいくはずはありません。
こうなる原因は、「成功する事業計画を作る」ということが目的になってしまうからです。大切なことは事業計画を作ることではなく、事業を成功させることです。
では、どのようにすれば良いのでしょうか。次の7つのステップに分けて考えてゆきます。
- ニーズを見極め、最適な手段は何かを決める
- 「強み」を明らかにする
- 「中核的価値」を明らかにする
- 仮説を検証する
- 橋頭堡を築く
- 仕組みで売る
- KPIの達成を求めない
今週は、その第1ステップについて紹介します。
ステップ1:ニーズを見極め、最適な手段は何かを決める
お客様が必要としていること、すなわち「ニーズ(Needs)」が何かを、まずは見極めることです。では、「ニーズ」とは何でしょうか。
例えば、お客様がPC×100台を購入したいと考えているとしましょう。このとき、「PC×100台」は、お客様が欲しいものであり、これを「ウォンツ(Wants)」といいます。ここで、「なぜPC×100台なのか?」をお客様に尋ねると、その目的は、「新商品の発売に合わせて、受注受付のコールセンター要員を100人増やすため」だと教えてくれました。つまり、「PC×100台」という手段を使い「増加する受注に対応したい」ということです。つまり、お客様が、実現したいことは、「増加する受注に対応すること」となります。これを「あるべき姿」といい、これを実現することが、お客様の「ニーズ」となります。
「ニーズ」が分かれば、次に、それを実現する最適な手段を考えます。例えば、CRMを導入して応対時間を半減すれば、追加要員は半分の50人ですみ、PCは50台あればいいことになります。加えて、人件費を半減できるばかりか、オフィスの賃貸料も削減できます。こちらのほうが、「PC×100台」という手段よりも遥かにコストパフォーマンスが高い解決策です。あるいは、ビジネス・プロセスを見直すことで、全てをWebでの手続きに変えれば、人件費も設備投資も不要になります。ますます、お客様の得られる価値は高まります。このようにして、「ニーズ」を満たす最適な手段を考えてゆきます。
具体的には、次のような進め方をしては如何でしょうか。
- 現場の一線で働いている人たち、特に「文句の多い、できる連中」を何人か集める。
- 彼らの肌感覚で、お客様の「ニーズ」は何かを徹底して議論する。彼らには、お客様が見えている、あるいは、一緒に苦労しているからこそ、わかる感覚がある。まずは、それを大切にする。
- それを使う具体的なお客様の顔を思い浮かべる。会社名、所属、個人名までイメージし、そのひとがそれをどのように使うか、そして、どんなメリットを享受できるかをできるだけ具体的に想像し、描き出してみる。
この時、自分達にできることを前提としてはいけません。「できること」を前提にすると、発想が拡がらず、魅力的な解決策を描くことが出なくなります。まずは、自分達にできることを棚上げにして、お客様の「ニーズ」を満たすために「すべきこと」は何かを考えます。それを実現するために、「できること」と「できないこと」を洗い出します。そして、「できないこと」を実現するためには、どうすれば良いかを重点的に考えます。
「できること」は、悩む必要はありません。悩むべきは、「できないこと」です。提携、買収、あるいは新規開発などの選択肢を駆使して、どうするかを追求することです。「できること」だけでやろうとすると、お客様のニーズと乖離してしまうかも知れません。できることは、苦労しなくてもできるわけですから、むしろ「できないこと」をどのようにすればできるようになるかを考えることが、新規事業を考える上では大切になるのです。
この時、注意しなければならないことは、ITで全てを解決しようとしないことです。ITを使うよりも、もっと良い方法があるかも知れません。大切なことは、手段を提供することではなく、お客様のニーズを満たすことです。そのためには、必ずしもITを使うことが最善の手段とは限りません。ビジネス・プロセスの変更や人的作業による対応も選択肢に入れるべきでしょう。
「できないこと」を実現する手段と「できること」と組み合わせて、はじめてお客様の「ニーズ」を満たすことができます。
お客様は、手段ではなく結果を求めています。何をするかの前に、何を結果として実現するのか、すなわち「あるべき姿」を明確にすることが大切です。それを実現することが、お客様の「ニーズ」を満たすことになるのです。
・・・来週に続く
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◆ テクノロジー編(367ページ)前回より+60ページ
*新たに「データベース」についての章を追加、加えて最新の解説文を追加した。
・データベースについての章を追加しました。
・IoTについてのチャートを追加しました。
・その他、解説文を追加しました。
◆ ビジネス編(61ページ)+4ページ
・新規事業の立ち上げについて、新たなチャートを追加しました。
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・ポストSIビジネスの4つの戦略と9つのシナリオを改訂しました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン