IoTやビッグデータ、人工知能やロボットなど、ITに関わる需要はこれまでにもまして拡大しつつあります。その一方で、従来型のSIビジネスが、崩壊の危機に瀕していることは、先日のブログで解説したとおりです。
ではどのように対処すればいいのでしょうか。まずは、2つの大きな需要動向の変化に着目し、事業を考えてゆくといい野ではないかと考えています。
ひとつは「クラウド・ネイティブ需要の拡大」です。パブリック・クラウドを積極的に使い、コストの低減と変更への即応性を担保しようという動きです。パブリック・クラウドへの信任が高まりつつある中で、基幹業務システムをオンプレミスから移行しようという需要が拡大しつつあるように、システム・リソースの選択肢として、その需要が拡大しています。しかし、オンプレミスとクラウドでは、構築や運用の考え方が、異なるところも少なくありません。それが分からないままに移行を失敗する例も少なからずあるように聞いています。
また、オンプレミスの常識を変えることができず、クラウドの特性を生かし切れずコストの削減が十分にできない、変更への柔軟性が活かしきれないといった事態も生まれています。この状況に対処するには、「クラウド・ネイティブ」の常識とスキルを持った人材やそれを活かす仕組みによるサービス需要の拡大が期待されています。
もうひとつは、「上位レイヤ志向の拡大」です。パブリックIaaSの価格競争は、熾烈を極め、クラウド・サービス事業者がこの領域で利益を拡大することは難しい状況になりました。そこで、各社は、アプリケーションの構築や運用の生産性を高めたり、自動化や自律化により人的な負担を排除したりする上位のサービス・レイヤの充実に動き出しています。クラウド・プロバイダー各社のサービス・メニューの充実は、まさにこのレイヤに重点が置かれています。AWSの各種新しいサービス、IBMのBlueMixやMicrosoftのWindows Azure App Service、Google App Engineなど、この戦略に沿って、それぞれに強化、拡充に力を入れはじめています。また、Red hatのJBOSSなど、オンプレミスでも、開発や運用の生産性や効率を上げるための製品に力を入れています。
このような動向を理解する上で、注意しなければならないのは、これらサービスや製品が、米国のものであるということです。
米国では、ITエンジニアの7割がユーザー企業に属し、自前で行う割合が高いため、インフラ構築やアプリケーション開発、運用の生産性の向上は、ユーザー企業の省力化を進め、人件費の削減や需要の高い業務領域への人材の移動を容易にしています。
一方、我が国は7割がITベンダーやSI事業者に所属し、開発や運用の多くを彼らが引き受けています。そのため工数の下がるこのようなサービスの拡充には抵抗があり、上位レイヤへの拡大の足かせとなっています。
ビジネス・スピードの加速やITを前提とした新しいビジネス・モデルによる競争力の強化は、グローバルな競争の中で益々その必要性を高めています。つまり、ビジネスのスピードとITのスピードを同期化しなければ、競争力を維持できない時代へと変わりはじめているのです。このようなユーザー企業の経営環境の変化が、「クラウド・ネイティブの拡大」と「上位レイヤ志向の拡大」を牽引することになるでしょう。
では、どのような具体的な取り組みが考えられるのか、このチャートに掲載した12のビジネス・ケースについて、見てゆきましょう。
クラウド・ネイティブに特化したサービス
既に述べたように「何でもやります」、「何でもできます」は、少なくともクラウド・ビジネスの世界では差別化の要因にはなり得ません。むしろ、積極的に特定のサービスや事業領域に特化し、その専門性を極め、競争力を担保しようというのがこのサービスです。
米国のTechnology Business Research社は、このビジネス領域を「クラウド・プロフェッショナル・サービス」と定義し、次の4つのビジネスに分類しています。
- Cloud Consulting (クラウド・コンサルティング)
- Cloud Systems Integrations(クラウドシステムインテグレーション)
- Cloud Applications Development and Maintenance(クラウドアプリケーション開発管理)
- Cloud Operations, Management and Maintenance Service(クラウド運用管理)
このビジネス領域で実績を上げている企業も出始めています。例えば、野村総研やアイレットのようにAWSに特化したシステムインテグレーションや運用管理サービスを行っています。また、ジグソーのようなクラウドに特化し複数のサービスを取り扱い、各クラウド・サービスの窓口として、ニーズにあわせた提案を行うなどのサービスは、成果報酬型や高額単金での工数提供でのビジネスが期待できる領域です。
また、クラウドの運用に特化した「クラウド運用管理サービス」は、クラウド・ネイティブに向かおうとする顧客のスキルや人材の不足を肩代わりし、その需要に応えています。また、「クラウド相互接続サービス」のようにクラウド・ネイティブのシステム基盤や業務領域を支えるサービスも今後の需要拡大が期待される領域です。これらは、サブスクリプションでのビジネスが期待できます。
ビジネス・スピードとITの同期化を支えるサービス
ビジネス・スピードの加速にITが追従するには、システム資源の調達や構築、開発や運用も加速されなくてはなりません。それを支える手段として、「SaaS」、「専門特化型クラウド・サービス」、「PaaS」が考えられます。
「SaaS」は、業務アプリケレーションをクラウド・サービスとして提供するもので、企業規模の大小にかかわらず多くの企業が参入しています。Worldwide Cloud Applications Market Forecast 2014-2018 2014.7によると、クラウドアプリケーションの2014年から2018年までの年平均成長率は、コンテンツ系が38.0%と最も高く、SCM(27.2%)、eCommerce(24.6%)と続いています。また米国の451 Researchの調査では、今後2年でホスティング・サービス上で利用する予定のあるアプリケーションは、Databaseが57%と最も多く、続いてEmail(54%)、ERP&CRM等(49%)と続いています。クラウド・サービス事業者にとっては、どれだけデータベースの選択肢をもっているか、というのは大きな差別化となるでしょう。いずれにしろ、今後エンタープライズ・アプリケーションのSaaS需要は拡大してゆくことになり、サービス事業者もビジネス規模の拡大を狙い、この領域でのサービス充実を一層はかってゆくものと予想されます。
「専門特化型クラウド・サービス」として、例えば、IBM/SoftLayerは、金融プロファイル、ゲーム業界プロファイル、SAPグローバル展開プロファイル、CRMプロファイルなど、業務業界に特有のソリューションに最適化された構築・運用のパターンを提供することで、システム構築のスピードを加速し、運用の効率化を図ります。また、「マーケットプレイス」もこのサービスと連携し、調達や構築のスピードを補完します。Salesforce.comのAppExchange、AmazonのAWS Marketplace、MicrosoftのMicrosoft Azure Marketplace、IBMのCloud Marketplaceなどがこれに対応します。
また、「PaaS」は、開発や実行環境を提供してくれます。従来であれば、この環境を構築・運用するために多大な労力やコストを必要とし、高い専門スキル求められました。これに対してPaaSは、これら人的負担をなくし、スピードを担保するだけではなく、IoTや人口知能などの最新のテクノロジーを自社のシステムに組み込むことを容易にし、ITの利用価値を高めることが期待されます。IBMのBlueMixやHPのHelionなど、オープン・ソースであるCloud Foundryを基盤とするものや、MicrosoftのWindows Azure App ServiceやAWS、Salesforce.comのSaleforce1 Platform、Google App Engine、サイボーズのKitoneのように独自のサービスで囲い込みを図ろうとしているものがあります。
これらビジネスでは、従来型の受託開発と比べて、短期間に開発できること、また変更への柔軟性が期待できることから、これを付加価値として高額単金での工数ビジネスを展開できる可能性があります。この場合、同様の成果物に対するお客様の支払額は低く抑えられることを遡及する方法や、一定のリスクを覚悟でサブスクリプションにし、アジャイル開発と組み合わせることで改善を継続し、利益の拡大を図ることが考えられます。また、ひとつひとつの案件規模は縮小するものの、同様の業務領域に集中し、ノウハウを蓄積することで、業務の回転率を高め案件数の増大と利益率の拡大を狙うことができます。
また、厳密な意味では、PaaSの定義からは逸脱するかもしれませんが、MBaaS(Mobile Backend as a Service)も含めて考えても良いでしょう。モバイル・アプリケーションで汎用的に使われる利用者情報の登録・管理や認証、データの保管、プッシュ通知、課金・決済、ソーシャルメディアとの連携などの機能を、APIを呼び出すことで利用できるようにしたサービスで、負担の多いこれらの開発を不要にし、開発者がアプリケーションの開発に注力できるようにしようというサービスです。appiaries、ニフティクラウドmobile backend、Kli Cloud、baasadyなどがあります。これらは、使用量に応じた従量課金型が多いようです。
さらに最近では、IoT(Internet of Things)を活かしたアプリケーションのバックエンド機能を提供するサービスも登場しています。例えば、ACCESSは、IoT機器およびサービスの開発・運用を効率化する「ACCESS Connect」を提供しています。ACCESS Connectは、デバイス用のSDKとクラウド用のBaaS(Backend as a Service)をパッケージ化し、IoTサービスの開発・運用に必要な技術的な要素を提供しようとするものです。また、フォワードネットワーク社は、IoT機器から提供される膨大なセンサーデータを収集してHadoopなどで分析するプラットフォーム「IoTセンサー解析ベースシステム」を提供しています。
このようにアプリケーション開発の高速化と変更への即応力を高めることを価値としたビジネスの需要は、今後益々拡大してゆくものと考えられます。
クラウド・ネイティブと従来型を仲介するサービス
技術的な問題ではなく、社内的なレギュレーションやコンプライアンス上の理由から、クラウド・ネイティブに躊躇する企業も少なくありません。物理的、地理的にデータの所在や運用実態を把握できなければ心配だという需要は、当面はなくなることはないでしょう。そのためのデータセンターやホスティング・サービスが求められています。これが「レギュレーション/コンプライアンス対応型DC/ホスティング・サービス」です。条件としては、都市型または鉄道の幹線や空港に隣接し交通至便であること、エネルギーコストが低く災害強度に優れていることなどが条件となります。ビットアイルやキャノンITソリューションズ、NTTコミュニケーションズなどは、この点を遡及しています。また、これに加え、新日鉄住金ソリューションズのように、オンプレミスのシステム基盤を、運用も含めでフルアウトソーシングとして受託、さらにはSIで受託開発したアプリケーションの受け皿としての価値も遡及し、ビジネスの拡大を図っているところもあります。
また、受託開発において、ビジネス・スピードの加速に追従する手段として「アジャイル型受託請負開発」が考えられます。
アジャイル型請負開発では、ビジネス価値、つまり、「業務を遂行するうえでなくてはならないプロセスを実現する機能」に絞り込んで開発すべき対象範囲を決めてゆきます。「必要かどうかわからない」「あったほうがいいかもしれない」というものは、対象から外します。そして、おおよその工数と期間の見通しを立てて金額を決め、請負契約を締結します。そのうえで、ビジネス価値で優先順位を決めて、ひとつひとつ完成させてゆくやり方です。開発の途中でこの優先順位が変われば、合意した工数と期間の範囲内で入れ替えることができるので、ユーザーの変更要求に柔軟に対応できます。
重要なところから完成させてゆくので、リスクは開発期間の初期に片寄せされ、期間後期になると重要なプロセスほど多くの検証が入るため、それらのバグは徹底して潰されます。また、後期になればなるほど重要度の低いプロセスになるので、たとえそこで問題が生じても全体に及ぼす影響は少なく、結果的に期間内に出来上がるシステムの完成度は高いものになります。また、請負契約を締結し、金額を確定しているので、日々改善に努め、生産性を高めていけば、原価を低減させ、利益を拡大させることができます。
「マネージド・プライベート・クラウド・サービス」は、パブリック・クラウドの基盤を利用し、お客様個別のニーズに最適化したカスタマイズを施し、運用管理も含めて提供するサービスです。パブリック・クラウドのようにユーザー企業が自ら物理的なシステム資産を所有することなく、パブリック・クラウド上に自社専用の利用環境を構築し、運用も含めて提供することで、維持管理や運用の効率化やコストの削減を実現するものです。これも、構築に伴う工数やサブスクリプションでの収益が期待できます。
従来型を補完するサービス
SaaSの利用者の多くは、ユーザー企業の業務関係者です。かれらの本来の期待は、システムを使うことではなく、業務目的を達成することです。例えば、契約書や図面などの文書管理であれば、そのデータをスキャンしてシステムに登録すること、原本を安全に保管することは手段であって目的ではありません。ならば、手段に相当する人的な業務も含め、システムと共に丸抱えで提供すれば、顧客の負担は軽減されます。つまり、システム提供者が自らシステムを使い、お客様の業務目的を達成するフルサービスを提供すればいいことになります。これが、「SaaS+BPOハイブリッド・サービス」です。新日鉄住金ソリューションズのNSexpressⅡやSanSanの名刺管理サービスなどが、これに相当します。この場合は、サブスクリプションと成果報酬の組合せが、収益モデルの選択肢となるでしょう。
また、ビジネス・スピードに追従するには内製化が理想的です。しかし、ユーザー企業にはそれができるスキルも人材もありません。そこで、ユーザー企業の内製化を支援する「内製化支援サービス」が考えられます。この取り組みにより外注依存度は全体として減るでしょう。しかし、内製化を支援することでお客様に新たな価値を提供し、しっかりと食い込むことができれば、むしろ他社は切り捨てられることはあっても、自分達の需要は増えるかもしれません。この場合は、サブスクリプションと工数の組合せが考えられます。
さらに比較的規模の小さい企業の場合、ITを利用したくても専門の知識やスキルを持ったCIOやエンジニアがいないところも少なくありません。このような企業に対して、開発も含む情報システム部門の役割全体を代行するニーズは存在するでしょう。これもまた、内製化支援のひとつのカタチとなるはずです。ソニックガーデンの「納品しない受託開発」は、そんな取り組みです。この場合は、ITの専門家として情報システムにかかわる業務全般を受託するかたちとなります。弁護士や税理士と同様の顧問契約のようなサブスクリプションがふさわしいと考えられます。
また、厳密には、内製化支援とは言えないかもしれませんが、ユニアデックスは、海外に事業拠点や施設を設置する日本企業のITシステムの運用管理業務を代行するサービスを提供しています。
急速にグローバル展開を進めつつある日本企業にとって、海外拠点のIT支援やガバナンスの確保は大きな課題となっています。しかし、海外拠点にはIT従事者が少なく、国内のIT担当者が海外拠点のIT担当者も担っているため、十分な対応ができません。このような課題を解決しようというものです。
もちろんこれ以外にも様々なポストSIビジネスが考えられるでしょう。ただ、「ビジネスとITの同期化」が牽引力となり、「クラウド・ネイティブ」と「上位レイヤ志向」の拡大が進むといったマクロなトレンドを踏まえ、戦略や施策を考える必要があるでしょう。
こんな方に読んでいただきたい!
- IT部門ではないけれど、ITの最新トレンドを自分の業務や事業戦略・施策に活かしたい。
- IT企業に勤めているが、テクノロジーやビジネスの最新動向が体系的に把握できていない。
- IT企業に就職したが、現場の第一線でどんな言葉が使われているのか知っておきたい。
- 自分の担当する専門分野は分かっているが、世間の動向と自分の専門との関係が見えていない。
- 就職活動中だが、面接でも役立つITの常識を知識として身につけておきたい。
「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン