「トレンド(Trend)」という言葉を辞書で調べると「流行」、「傾向」、「動向」と説明されています。古典英語では、「回転する」、あるいは「向く」といった説明もありました。こんな説明を頼りに考えてみると、「過去から現在を通り越して未来に向かう流れ」すなわち「時流」という解釈もできそうです。
そう考えれば、「トレンドを知る」とは、ネットや雑誌、書籍に散在する最新のキーワードを脳みそにコピペして並べることではなさそうです。それらのキーワードの意味を理解し、お互いの関係や、それらが未来にどのようにつながってゆくのかを知ることと理解した方が良さそうです。
改めて整理してみると、トレンドを知るとは、つぎの言葉に置き換えることができます。
- お互いの関係や構造を知ること
- 注目されるようになった理由を知ること
- そのキーワードが生みだされたメカニズムや法則を知ること
これが理解できれば、テクノロジーの価値が理解できるばかりでなく、将来どのようなキーワードが注目され、定着してゆくかを読み取ることができます。
「トレンドを知る」ために、もうひとつ押さえておきたいことがあります。それは、あるテクノロジーがトレンドの中に浮かび上がってくるようになるには、そこにデマンド、すなわち需要や要求、あるいは社会的要請があることです。
例えば「クラウド」も、始めに「クラウド」というテクノロジーがあったから、世の中が注目したのではありません。まずは、クラウドを求める理由が世の中にあったのです。
社会的な要請に応えようと様々なテクノロジーが生みだされ、その要請にかなうものが、生き残ってゆきます。生き残ったテクノロジーは、世の中の要請にさらに応えようとして、その完成度を高めてゆきます。そして、やがては新しいテクノロジーと融合することや、置き換えられることで、その役目を終えてゆくのです。
ですから、「トレンドを知る」とは、そのテクノロジーの背後にある社会的な要請もあわせて理解しなければなりません。単なる言葉の解釈だけでは、本当の意味も価値も理解することはできません。では、いまITはどのようなトレンドはどこに向かっているのでしょうか。
いま私たちはこれまでにないパラダイムの転換に直面しています。クラウド、人工知能、モバイル、ソーシャルといった、これまでの常識を上書きするような大きな変化が折り重なり、お互いに影響を及ぼし合っています。かつて、メインフレームがオフコンやミニコン、PCにダウンサイジングしたような、あるいは、集中処理から分散処理やクライアントサーバーに移行してきたような、インフラやプラットフォームの構成やトポロジーが変わるといった、分かりやすいものではありません。そのことが、ITトレンドの先読みを難しくしているのです。ただ、それは無秩序なものではありません。キーとなるテクノロジーは、お互いに役割を分かちながら連鎖しています。
この「ITトレンド」を1枚のチャートにまとめてみました。解説と共にご覧頂ければ、ITトレンドの全体像を俯瞰していだくことができるはずです。
感覚器としてのIoTとソーシャル・メディア
私たちの日常は、様々なモノに囲まれ、それらモノとの係わりを通して、活動しています。それらのモノにセンサーと通信機能を組み込みデータとして捉える仕組みがIoTです。
- スマートフォンには、位置情報を取得するGPSや身体の動きや動作を取得する様々なセンサーが組み込まれている。私たちが、それを持ち歩き、使用することで、日常の生活や活動がデータ化する。
- ウェアラブルは身体に密着し、脈拍や発汗、体温などの身体状態をデータ化する。
- 自動車には100を越えるセンサーが組み込まれ、家電製品、住宅などの「モノ」にもセンサーが組み込まれ、様々な行動がデータ化される。
それらがインターネットにつながり、情報を送り出しているのです。このような仕組みが、IoT(Internet of Things)です。
IoT機能を持ったデバイスであるスマートフォンやタブレットで、私たちはFacebookやLINEなどのソーシャル・メディアを使い、写真や動画、自分の居場所の情報と共に、流行や話題、製品やサービスの評判について会話を交わしています。また「友達になる」や「フォローする」ことで、人と人とのつながり(ソーシャル・グラフ)についての情報をつくり、インターネットに送り出しています。
これらソーシャル・メディアは、スマートフォンやタブレットだけではなく、自動車や住宅、家電製品とも繋がり、持ち主に必要な情報を送り出し、また、それらを遠隔から操作できるようにもなりました。また、自動車会社や様々なサービス提供会社とも繋がり、自動車の点検や整備に関するお知らせを受け取ったり、お勧めのレストランに案内したりするなどの便宜をもたらしてくれます。
また、自動車や家電製品、工場の設備などの動作や使用状況は、IoT機能によって、メーカーに送られると、それらを分析して、保守点検のタイミングを知らせ、製品開発にも活かされます。また、機器類の多くはそこに組み込まれたソフトウエアによって制御されています。そのソフトウエアを遠隔から入れ替えることで、性能を向上させたり、機能を追加したりすることができるようになります。その一方で、そこでやり取りされる情報は、マーケティングやサポート情報としても利用されることになります。
インターネットにつながっているデバイスは、2009年に25億個だったものが2020年には300〜500億個へと急増するとされています。
このように見てゆくとIoTとスマート・メディアは、「現実世界をデータ化」する巨大なプラットフォームになろうとしているのです。
神経としての「インターネット」
モノに組み込まれたセンサーは、位置や方角、気圧の変化や活動量などの物理的なデータを計測します。また、ソーシャル・メディアでのやり取りや何処へ行ったかなどの社会的行動もデータとして取得されます。これらデータは、インターネットを介して、クラウドに送られます。クラウドには、送られてきたデータを蓄積・分析・活用するための機能が備わっています。その機能で処理された結果は、インターネットを介して、再び現実世界にフィードバックされます。
インターネットは、身近なモノ同士やモノとスマートフォンをつなぐBluetoothやNFC(Near Field Communication)などの近接通信技術、携帯電話に使われるLTE(Long Term Evolution)などのモバイル通信技術に支えられ、常時どこからでも通信できる環境が整いつつあります。そうなるとインターネットは意識されることはなく、空気のような存在となり、同時に不可欠な要素として日常の中に定着してゆきます。
2020年頃には、5G(第5世代)モバイル通信が、普及していることでしょう。その通信速度は、10GBですから、現行LTEの最高速度15oMBの約70倍になります。IoT機能によって通信できる様々なモノが、お互いに大量にデータをやり取りできるコネクテッド(つながっている)社会が実現することになるでしょう。
大脳としての「クラウド」
IoTから生みだされるデータは、インターネットを介して、クラウドに送られます。インターネットにつながるデバイスの数が劇的な拡大を続ける中、そのデータ量は、急速な勢いで増え続けています。このようなデータを「ビック・データ」と呼びます。
ビッグ・データは、日常のオフィス業務で使う表形式で整理できるようなデータは少なく、その大半は、センサー、会話の音声、文書、画像や動画などです。前者は、データをある決まり事に従って整理できるデータという意味で「構造化データ」と呼ばれています。後者は、そういう整理が難しい様々な形式を持つデータで、「非構造化データ」と呼ばれています。
ビッグ・データとして集まった現実世界のデータは、分析(アナリティクス)されなければ、活かされることはありません。しかし、そのデータの内容や形式は多種多様であり、しかも膨大です。そのため、単純な統計解析だけでは、その価値を引き出すことはできません。そこで、「人工知能(AI : Artificial Intelligence)」に注目が集まっています。
例えば、日本語の文書や音声でのやり取りなら、言葉の意味や文脈を理解しなければなりません。また、写真や動画であれば、そこにどのような情景が写っているか、誰が写っているかを取り出さなければ役に立ちません。さらには、誰と誰がどの程度親しいのか、商品やサービスについて、どのような話題が交わされ、それは何らかの対処が必要なのかというような意味を読み取らなければなりません。このようなことに「人工知能」が活躍するのです。
「人工知能」は、かつては、人間の作った規則に基づいて処理されるものが主流でした。しかし、昨今は、ビッグ・データを解析することでコンピューターが自らルールや判断基準を作り出す機械学習方式が主流になりつつあります。その背景には、コンピューターやストレージなどのハードウェアの劇的なコスト低下と高性能化があります。加えて、大規模なデータを効率よく処理するためのソフトウエア技術も開発されたことがあります。これにより、コンピューターが自身でビッグ・データを学習し、そこに内在するノウハウ、知見を見つけ出し、整理すると共に、その処理のためのルールを自分で作り出し最適化してゆき、自律的に性能を高めてゆくことが可能になりました。
例えば、チェスや将棋のチャンピオンと勝負して彼らを破ったり、米国の人気クイズ番組でチャンピオンになったりと、コンピューターが、高度な人間の知的な活動や判断に近づきつつあるのも、この機械学習の成果です。
このような人間の左脳の働きにあたる思考や論理だけではなく、右脳の働きに当たる人間の知覚や感性をコンピューターで再現できるようにもなりつつあります。このような働きを実現するために人間の脳の神経活動を模倣したアルゴリズム「ニューラル・ネット」が使われています。この技術が、ここ数年急速な進歩を遂げ、人間の能力に近づきつつあるのです。
人工知能で処理された結果は、機器の制御や運転、交通管制やエネルギー需給の調整などの産業活動の制御や、ユーザーへの健康アドバイス、商品やサービスの推奨として、スマートフォンやウェアラブルを使用する一般利用者にもフィードバックされるようになるでしょう。またその人の趣味嗜好に合わせた最適な広告・宣伝にも使われるでしょう。また、手足となる「ロボット」の知識や能力の向上にも使われるようになります。
ビッグ・データや人工知能、その他の様々なサービスを提供するアプリケーションは、クラウド上で動かされ、お互いに連携し、多様な組合せを生みだします。そこに新たな価値やサービスが生みだされてゆきます。
手足としての「ロボット」
自動走行車、産業用ロボット、建設ロボット、介護ロボット、生活支援ロボット、輸送ロボットなど、様々なロボットが私たちの日常で使われるようになるでしょう。また、インターネットを介して様々な知識や制御をうけ、自らの行動を状況に応じて最適化してゆきます。また、ロボットに組み込まれたセンサーによって、自分自身で情報を収集し、インターネットに送り出しています。その意味では、ロボットも「IoTデバイス」の持つデバイスでもあります。
ロボットは、周囲の人の動きや周辺環境をデータとして取得し、地震に組み込まれた人工知能によって、人間の捜査を受けることなく自律的に制御する仕組みも備えています。
これまでのITは、情報を処理し、その結果を人や機械に伝えるしくみでした。しかし、ロボットは、自らが、情報収集、処理、判断して行動します。さらに、インターネットを介して、クラウドとつながり、一体となって強力な情報処理あるいは知的能力を持つことになります。
人工知能が人間の知的活動を補い、拡張してくれるように、ロボットが、人間の身体能力を補い、拡張しようとしています。一方で、これまで人間にしかできなかった労働を奪うのではないかと懸念する声も出始めています。
現実世界とサイバー世界が緊密に結合された「Cyber Physical Systems 」
IoTやソーシャル・メディアによって、現実世界はデジタル・データ化され、インターネットによって、クラウドすなわちサイバー(電脳)世界に送りだされています。つまり、サイバー世界には、現実世界のデジタル・コピーが作られてゆくのです。このような現実世界とサイバー世界が緊密に結合された仕組みが「Cyber Physical Systems(CPS)」です。
このデジタル・コピーされたデータを分析し、様々な予測やシミュレーションを行えば、そのデータをもたらした個人の趣味嗜好、行動特性、あるいは行動を予測することができます。さらに、膨大な人数の人間行動や社会での出来事を調べ上げ、未来を予測することもできるようになるかもしれません。また、運送業務であれば、無駄のない最適な流通経路や配車計画を策定することができます。工場であれば、もの作りの手順や使う設備の最適な組合せをつくることができるでしょう。
つまり、現実世界では、決してできない様々な実験をデジタル・コピーを使って、何度も繰り返し行って、最適解を見つけ出そうという取り組みなのです。
IoTデバイスの台数が今後さらに増大し、ソーシャル・メディアでのやり取りが盛んになるでしょう。そうなれば、現実世界のデータは益々増大し、その粒度もきめ細かくなって行きます。これによって、より精緻な現実世界のデジタル・コピーがサイバー世界に構築され、より緻密な予測や最適化、アドバイスができるようになります。そして、その結果の行動を再びIoTによって取得することで、さらに予測や最適化の精度は高まります。
このような現実世界とサイバー世界が一体となった仕組みが、Cyber Physical Systemsなのです。
連携と役割分担から理解する
このチャートでもおわかりの通り、様々なテクノロジーは、それ自身が独立して存在しているわけではありません。それぞれに連携しながら役割を果たしています。私たちは、この一連のつながりを理解して、始めてテクノロジーの価値を理解することができます。
ここに紹介したことは、必ずしも全てが現時点で実現しているわけではありません。しかし、「トレンド=過去から現在を通り越して未来に向かう流れ」からみれば、近い将来必ず実現するものです。
ITビジネスはこのようなトレンドの中にあります。冒頭でも説明したように、これまでの常識を大きく塗り替えるテクノロジーが重なり合い、影響を及ぼしあっています。この様相は、かつてとは明らかに異質な状況なのです。
また、ITとビジネスが、これまでに無く深く結びついていることもかつてとは大きく異なることです。これまでITは、既存業務の生産性や効率を高める手段として、主に使われてきました。しかし、いま、「ITを前提に新たなビジネスを創る」時代へと、ITの役割は拡がりつつあります。これまでも銀行システムや航空券発券予約システムなど、ITを前提としたビジネスはありましたが、その多くが既存業務の効率化や機能の拡張でした。そうではない、まったく新しいビジネスや生活のあり方が、ITによって生みだされつつあるのです。
ITの適用範囲が、いま大きく拡がりつつあます。ITと日常はこれまでに無く密接に関わり、活用の選択肢を拡げつつあります。ITの民主化といっても良いのかもしれません。ここにも、これまでとはことなるITビジネスとしての可能性が広がっています。
「トレンドは時流である」
この流れに乗るか、押し流されるか、ITビジネスは、いま、そんな選択を迫られているのかもしれません。
【募集開始】ITソリューション塾・第19期
ITソリューション塾・第19期の募集を開始します!
- 期間:2015年2015年5月21日(木)〜7月22日(水) 毎週2時間x10回
- 場所:市ヶ谷・東京
- 講義資料(パワーポイント:約500ページ)はロイヤリティフリーにてダウンロード
第19期は、基幹業務での利用が加速するクラウドの新たな位置付け、IoTやアナリティクスについて、これまで以上に掘り下げてみようと思います。また、ビジネス戦略の策定やIT人材のあり方や育成についても考えます。
また、DevOpsやアジャイルはもはや外せないテーマです。実践ノウハウにまで踏み込んで、専門家による特別講演を予定しています。セキュリティは、「起こさないための対策」と「起こってからの対策」を体系化して解説します。前者はテクノロジーや業務運用、後者は法律専門家や広報ということになるでしょう。
セクシーな提案書の作り方、顧客満足の科学など、お客様との応対力を高める実践ノウハウも解説します。
定員は60名を予定しています。比較的早い段階で定員を超えることが予想されますので、まだ未定の場合でもご意向だけメールにてお知らせ頂ければ、参加枠を確保させて頂きます。
詳細な日程や内容につきましては、こちらをご覧下さい。
こんな方に読んでいただきたい!
- IT部門ではないけれど、ITの最新トレンドを自分の業務や事業戦略・施策に活かしたい。
- IT企業に勤めているが、テクノロジーやビジネスの最新動向が体系的に把握できていない。
- IT企業に就職したが、現場の第一線でどんな言葉が使われているのか知っておきたい。
- 自分の担当する専門分野は分かっているが、世間の動向と自分の専門との関係が見えていない。
- 就職活動中だが、面接でも役立つITの常識を知識として身につけておきたい。
「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン