「グーグルの経済学者ハル・バリアンの計算によると、ここ数十年と言うもの世界全体の情報は、毎年66パーセントの割合で増えている。この爆発的な数字を最も一般的な素材、たとえばコンクリートや紙のここ数十年の増加率である 毎年平均7パーセントという数字と比べてみればいい。この星のどんな他の製品と比べても10倍速い成長率は、どんな生物的な成長よりも大きなものだ。(『テクニウム』p.384)」
テクノロジーは生物界と同様に、自らが自律的に進化すると説く本書は、テクノロジーの業界に身を置く私にとっても実感として受け止めています。そんな時代だからこそ、この膨大な情報にどのような脈絡があるのかを、私たちは自ら探し求めてゆかなければなりません。それが、今の時代に生きる私たちの業(ごう)なのかもしれません。
私は、ITと言う言葉がなくコンピューターが全てだったころからこの業界に身を置き、今年で33年が経ちました。その間のテクノロジーの変遷は、日常の一部でした。
20年前、IBMを卒業したころこの業界は、ダウンサイジングとクライアントサーバーという大きなパラダイムシフトに直面していました。また、Windows95の登場の年でもあり、インターネットという言葉が、とても新鮮な響きを放っていました。「○×株式会社がホームページを作りました。」という記事が、日経新聞に掲載される時代でもあったのです。
私がIBMで営業として働いていた頃は、IBMのメインフレームがITを牽引し、その周辺に新しいテクノロジーが登場するといった時代でしたから、それを追いかけてさえいれば、テクノロジーの大枠を抑えることができたのです。
しかし、時代は大きく変わりました。インターネット、クラウド、モバイル、ソーシャル、ビッグデータ、IoT、人工知能など、新しい言葉が次々と登場し、それらが複雑に影響を及ぼし、折り重なりながらテクノロジーのトレンドを作り上げています。かつてのような「メインフレームからミニコンやオフコン、PCへのダウンサイジング」、あるいは、「集中処理から分散処理やクライアントサーバーへの処理形態の変化」といった、単純さはありません。この多様さと複雑さこそが、いまのテクノロジーのトレンドの本質であり、ITビジネスの未来を考えることを難しくしています。
だからといって、この現実に向き合うことを諦めてしまっては、この業界で役割を果たすことはできません。そんな想いから始めたのが、ITソリューション塾でした。
2009年から、IT企業やユーザー企業の情報システム部門の皆さんを対象に行っているこの研修は、毎週水曜日の夜、3ヶ月で1期という単位で開催しています。
- 「ITに関わる仕事をしているにもかかわらずITを体系的に理解できていない」
- 「自社製品のことは分かっているがITの世の中の動きについては分からない」
- 「自社の扱う製品の機能や性能なら説明はできるが、お客様の価値は語れない」
このような人が多いという現実に直面し、危機感を抱いたこともひとつの理由でした。これでは、IT活用の健全な発展は望めません。ただ、この背景には、テクノロジーが、多様で複雑になったこともひとつの理由です。
もちろん、テクノロジーやそのトレンドを学ぶ方法はいくらでもあります。しかし、それには覚悟と自助努力が必要です。そのきっかけを提供し、テクノロジーを学ぶインデックスとリンクを提供しようと始めたのが、このITソリューション塾でした。
新しいキーワードを追いかけ、辞書のように解説するのでは、そこにどのようなテクノロジーの構造や脈絡があるのかは分かりません。それが生まれた歴史的背景やビジネス価値を、理解しなくてはなりません。それらを俯瞰的に、そして体系的に、そしてビジュアルに伝え、トレンドの構造を理解することが大切です。そんなことをモットーにやってきたのがこの塾です。
ただ、座学で学んだだけでは、知識は定着しません。自らの言葉で誰か他人に説明して、知識は始めて自分のものになります。そこで、講義に使った図表を全てパワーポイントのソフトコピーで受講者に提供しています。受講者がこの図表を、お客様への提案や研修、社内での勉強会などで使ってもらいたいからです。
そんなことを6年もやってきました。現在、ITソリューション塾は、第18期を迎え、毎週42社82名の皆さんが受講されています。そして、そのおよそ1/3が自費でのご参加です。
あらためて、そういう時代なのだと思います。会社が与えてくれるものだけに頼っていては生き残れません。なぜなら、会社自体が時代の変化に翻弄されているからです。
このような時代にどうやって生き残るかの答えは、その答えを探し求め、試行錯誤を繰り返し、自らが時代に適応するために変化し続けるしかありません。
特に、ITにおける変化は、冒頭でも述べたようにとても多様で複雑です。ビジネスの常識もどんどん変わります。その変化の脈絡と構造を理解しようと言う取りくみに感心をもてないとすれば、生き残ることはできないのです。
わたしは、そういうことを若い世代にしっかりと教えなければいけないと思っています。かれらが、未来を作り、将来の会社を支えてゆくのです。しかし、現実には、それを怠っている企業は少なくないようです。
例えば、新入社員研修で、「情報処理の基礎」は教えます。しかし、「最新のトレンド」は教えません。確かに基礎は大切です。しかし、仮想化やクラウドの記述さえまともになく、仮にあったとしても、一昔、あるいは、二昔前の出来事がさらりと語られているに過ぎません。ITの一昔とは1年前、二昔とは3年前といったところでしょうか。このスピードこそが、この業界の特性でもあるとすれば、それを伝えることは、新人研修にはなくてはならないことなのです。そして、未来を伝え、彼らの仕事の可能性にわくわくさせられなければ、自ら学ぼうという意欲を引き出すことはできないでしょう。IT企業の新入社員研修にとって、この点を譲ってはいけないと信じています。
この問題意識は、長年の鬱積となっていました。なにかできることはないだろうか。そんな自分なりの答えが、『【図解】コレ1枚でわかる最新ITトレンド』の執筆でした。
これまで、ITソリューション塾や新人研修で伝えてきたこと、あるいはブログで語ってきたことなどの中から、若い人たち、例えば新入社員やIT業界に入社しようという内定者に、ITの価値や最先端を伝え、その可能性に興味を持ってもらいたいという想いを形にしようという試みです。ITソリューション塾同様、パワーポイントのプレゼンテーションもダウンロードできるようにしてました。それは、誰かに伝え、知識や言葉を自分のモノにするきっかけも提供したいと思ったからです。
もちろん、「単語は知っているけど、そのつながりや全体像が今ひとつ整理できていない」という現職の人たちにもお役にたつでしょう。また、「ITをもっと使って新しいビジネスを作りたい、競争力を高めたい。でも、IT部門やベンダーに聞いても、最新の動きがよく分からない。」と業を煮やしている事業部門の方や経営者にも役に立つかもしれません。しかし、頭の柔らかい若い人たちにこそ、読んでもらいたいと願っています。
ITソリューション塾やこの書籍以外にもいくらでももっと良いやり方はあるでしょう。わたしも、もっと良いやり方はないかとこれからも探し続けたいと思っています。
いずれにしろ、ITは私たちに変化を促しています。いや、「変化しないと生き残れないぞ!」とテクノロジーの進化は、私たちを脅しているのかもしれません。私は、その片棒を担いでゆきたいと思っています。それが、自分に与えられた役割であると思うからです。そのための手段は変わっても、この意識は持ち続けたいと思います。それが、私が生き残るための「答え」だと思うからです。
もう50年近く前の話です。私が小学校へあがるとき、その入学式で上級生の鼓笛隊が演奏していたのが「鉄腕アトム」のテーマ曲でした。今でもはっきりと覚えています。そんな時代だったからかもしれませんが、子どもの頃から、ロケットや秘密基地を描くことが大好きでした。そして、その中身を透視図にして描くことが日課のようになっていた時期もありました。もしかしたら、そんな時代の経験が、いま自分の根っ子にあるのかもしれません。いまもまだITのトレンドを透視図として描くことが大好きな自分は、子どもの頃から進歩していないようです(笑)。
トップ10に選ばれした!
拙著「システムインテグレーション崩壊」が、「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞」のトップ10に選ばれました。多くの皆様にご投票頂き、ほんとうにありがとうございました。2月19日(木)のデベロッパーズサミットにて、話をさせて頂きます。よろしければお立ち寄りください。
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。