従来型SIビジネスが難しくなることについて、これまでにも多くの方が語られています。これについては、私も、その理由を詳しく解説しています。詳細は、こちらをご覧下さい。
>> クラウドとSIビジネスの関係(3/3)クラウドが、なぜ従来型SI事業を難しくするのか
ポイントは次の通りです。
- 人月積算を前提とした収益構造を維持できなる。そのため、この収益構造に過度に依存した事業は、規模の縮小を余儀なくされる。
- 求められるテクノロジー・スキルや開発・運用スキルが大きく変わるため既存人材の持つスキルとの不整合が拡大する。
- 比較的単純な業務しかこなせないエンジニアは、クラウドや人工知能に置き換わってゆく。仮に人月型の需要があって、オフショアとの価格競争を強いられる可能性が高く、収益に貢献しにくくなる。
では、この事態に対処するための「アウトサイド戦略」と「インサイド戦略」について整理してみます。
アウトサイド戦略
ビジネスは、お客様の御用を解決することで成り立ちます。それをお客様の外側から提供しようというのが、「アウトサイド戦略」です。この戦略には3つのシナリオがあります。
シナリオ1:テクノロジーを使ったサービス
これまで、SIビジネスは、「お客様にITを使わせるサービス」として収益を得てきました。インフラやプラットフォームの構築、アプリケーションの受託開発や運用保守などが、これに相当します。この発想を転換し、「自らがITを使うことで、お客様の御用を担うサービス」で、収益を得るビジネス・シナリオです。
新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)は、NsxpressIIという文書管理サービスを提供しています。
このサービスは、クラウド・サービスとして、電子および紙媒体の文書を一元管理し、そのデータを自社のデータセンターで管理しています。これだけでは、一般的なSaaSと大差はありません。彼らの特徴は、もともとの紙媒体の文書を入力し、必要であれば、印刷配送するための人手による「入出力センター」を持ち、さらにその文書、すなわち原本を保管する倉庫業務「トランクルーム」を併せて提供していることにあります。つまり、ITシステムとBPOを一体化し、お客様の「紙も含めた全ての文書を一元管理したい」という御用を解決しているのです。
これまでなら、SI事業者の仕事は、「文書管理システム」を使わせるビジネスをしてきました。しかし、「文書を一元管理したい」御用は、そのシステムだけでは解決しません。それに付帯する業務があってこそ解決します。そんなフルサービス・ビジネスを手がけるビジネスです。
シナリオ2:テクノロジーを使いやすくするサービス
ITを使う人の負担を減らし、テクノロジーを容易に使えるようにするサービスで収益を得るシナリオです。一般的には、アプリケーションをサービスとして提供する場合はSaaS、開発実行環境であればPaaSと区分されますが、現実にはこの区分は曖昧になっています。いずれにしろ、それを使うエンドユーザーやサービス事業者が、ITの価値を容易に引き出し、活かせるためのサービスです。
例えば、DropboxやEvernote、SAP Hana Cloud PlatformやConcurなど、汎用的なアプリケーションをサービスとして提供しすることが考えられます。また、Salesforce.comやGoogle Appsは、エンドユーザーがこれをそのまま使うこともあるでしょうし、サービス事業者がこれを使ってITを活かしたサービスを提供することも可能です。IBMのBlueMixのように、人工知能やIoTなどの最新のテクノロジーを使ったシステムを高度な専門性を持たなくても、あるいは、膨大な開発投資を自ら負担しなくても容易に利用できる環境を提供することができます。
このように、ITを使いたい人に、それを容易に使えるようにするためのサービスを提供するビジネスです。
シナリオ3:高度な専門性を提供するサービス
ひとつは、テクノロジーそのものを開発するビジネスです。人工知能のアルゴリズム、IoTの要素技術、様々なOSSやフレームワークの開発に貢献することなど、高度な専門的知識を必要とします。これを自らの製品やサービスとして提供することも可能ですが、このような高度な専門性を求めるシステム開発を受託することができれば、例え人月積算ビジネスであっても高い単金を得られ、利益率は高まります。
もうひとつは、アプリケーション・システムやITインフラの企画・設計などのコンサルティングです。ビジネス規模を大きくすることはできませんが、高い利益率は期待できます。また、アウトサイド戦略のシナリオ1と2、および、後述するインサイド戦略にビジネスを拡げるきっかけを掴むことができるでしょう。
インサイド戦略
グローバル化の進展、ビジネス・ライフサイクルの短期化、顧客嗜好の多様化といったビジネス環境の変化は、スピードや俊敏性を経営に求めています。ITは、この要請に応えなければなりません。それには、開発や運用の内製化が最適です。しかし、このような仕事の多くを、これまでは外部に依存してきました。そのため社内には、スキルも人材もありません。また、間接要員と見做されている情報システム部員を増員するという経営判断は、なかなか難しいでしょう。
そう考えれば、ここにビジネスのチャンスがあるはずです。具体的には、3つのシナリオが考えられます。
シナリオ1:お客様の内製化を支援する
お客様の人材を育成し、内製化を支援します。そのために、お客様をSI事業者に出向させ、スキルをつけさせることも考えられます。
確かに内製化が進めば、全体としてのアウトソーシング需要は減ることになります。そのために、これまで開発に従事していた事業者は淘汰されることになります。しかし、だからといって、全てを内製化できるわけではありません。むしろ、内製と外注の役割の分化が最適化され、全体としての生産性を高めてゆくことになるはずです。そのときに、切られる側に立つか、残る側に立つかです。
シナリオ2:IT部門の機能を代行する
中小企業に向いているシナリオです。中小企業は、ITの専門家もいなければ、CIOも不在です。IT部門さえありません。こういう企業のCIO、開発、運用を代行する需要はあるでしょう。
例えば、ソニックガーデンの「納品しない受託開発」は、このようなサービスです。お客様の経営者や業務部門の方と必要なシステムは何かを徹底して議論し、本当に経営や業務に貢献できるシステムのみを開発します。
支払いは月額定額、その範囲であれば、必要な追加や変更、新規開発を行います。必要かどうか分からない、あったらいいなぁは開発しないことで、効果を最大限に引き出し、品質の向上を図ります。開発はアジャイルで、そして運用や開発の基盤は、クラウドを使うことによってコストとスピードを担保しています。
このようなやり方は、そのための人材を容易に増やせないこと、また、ユーザー企業の規模も小さなところが多いこともあり、事業規模の拡大は難しいと考えられます。しかし、継続的、安定的にお客様との信頼関係を築き、なによりも工数ではなく、効率やスキルを高めることで収益に貢献できますから、現場のモチベーションも高めることができるでしょう。
シナリオ3:アジャイル型請負開発
アジャイル型請負開発は、アジャイル開発の思想を請負開発に持ち込もうという取り組みです。
アジャイル型請負開発では、ビジネス価値、つまり、「業務を遂行するうえでなくてはならないプロセスを実現する機能」に絞り込んで開発すべき対象範囲を決めてゆきます。「必要かどうかわからない」「あったほうがいいかもしれない」というものは、対象から外します。そして、おおよその工数と期間の見通しを立てて金額を決め、請負契約を締結します。
そのうえで、ビジネス価値で優先順位を決めて、ひとつひとつ完成させてゆきます。開発の途中でこの優先順位が変われば、合意した工数と期間の範囲内で入れ替えることができるので、ユーザーの変更要求に柔軟に対応できます。
重要なところから完成させてゆくので、リスクは開発期間の初期に片寄せされる。また、期間後期になると重要なプロセスほど多くの検証が入るため、それらのバグは徹底して潰されます。また、後期になればなるほど重要度の低いプロセスになるので、たとえそこで問題が生じても全体に及ぼす影響は少なく、結果的に期間内に出来上がるシステムの完成度は高いものになります。
また、請負契約を締結し、金額を確定しているので、日々改善に努め、生産性を高めていけば、原価を低減させ、利益を拡大させることができます。このようなやりかたで、次の3つの狙いを実現します。
- ユーザーが本当に使うシステムだけを作ることで、ムダな開発投資をさせない。
- ユーザーからの変更要求にも柔軟に対応し、ユーザーが納得して使えるシステムを実現する。
- ユーザーが納得できる予算の中で最善の機能を実装し、約束した期間の中で最高の品質を実現する。
「アジャイル型請負開発は、この3つの狙いを実現することで、「顧客満足」という顧客価値を提供すると同時に、「幸せな働き方の実現」と「利益の拡大」という事業者価値の享受を両立する受託開発のビジネスモデルです。詳しくは、こちらをご覧下さい。
>> ポストSIビジネスのシナリオ: アジャイル型請負開発(2)
戦略やシナリオは、他にもあるでしょう。ぜひ、いろいろと考えてみてはいかがでしょうか。いずれにしろ、人月積算型受託開発、運用・開発要員の派遣だけでは、いずれ厳しくなることは明らかです。早く手を打たなければ、手遅れになるかも知れません。
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拙著「システムインテグレーション崩壊」が、「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞」にノミネーションされました。お読み頂きました皆さんに感謝致します。
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
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