「ITの知識こそ、事業資産ですよ。」
拙著「システムインテグレーション崩壊」を執筆するとき、取材させて頂いた中堅ITベンダーの社長から伺った話です。
とてもあたりまえのことだとおもいました。しかし、このあたりまえに関心を払わず、「エンジニアは工数」と考え、「稼働率を上げることにしか関心がない」というSIerは少なくないのも現実です。
「自分たちがやりたい新しい技術をお客様に積極的に提案し、それで仕事をもらってくるようにしています。」
そして、それをすべて一括請負で行ってきたそうです。「少しでもリスクがないように、準委任でやろう」という発想は、そもそもなかったそうです。
技術者が技術を楽しみ、その技術で成果が出せる環境を提供するためには、この方法しか思い浮かばなかったそうですが、結局はそういうことがエンジニアのIT知識を育てることになっているのでしょう。
しかし、SIerの第一線で働くエンジニア達に話を聞けば、既存システムの保守に多くの時間を費やし、新しいシステムを、新しい技術を使って開発する機会など、なかなか巡ってきません。そのため、新しいITの知識に接する機会は限られているのが現実です。そして、この状況をさらに悪い方向へ向かわせようとしているのが、「みずほ」および「マイナンバー」の特需です。
昨日、別のブログで「コレ一枚でわかるITの最新トレンド」という記事を投稿させて頂きました。これをお読み頂ければ分かりますが、ITのトレンドは大きく変わり始めています。
モバイルとWebアプリケーション、IoTとウェアラブル、ビッグデータとアナリティクス・AIなど、新しいテクノロジーが新たな需要を生みだそうとしています。これに伴い、開発手法やエンジニアに求められるスキルも大きく変わります。
今の特需に求められるスキルもテクノロジーも、従来の延長でしかありません。しかし、この特需のおかげで、その背後ですすむこの急速な変化に多くのエンジニアが関与するチャンスが奪われ、スキルを従来のままに塩漬けにしてしまう危惧をはらんでいるのです。
この特需は、2016年には終わってしまうでしょう。そして、その後は、再びオリンピック特需が起こるかもしれません。しかし、そこに求められるスキルは、きっと従来の延長線上にあるものではなく、背後で着実に進化を遂げてきた新しいテクノロジーへの対応であることは間違いありません。しかし、塩漬けにされたスキルで、その需要に応えることはできません。このギャップを短期間に埋めることも容易なことではないでしょう。
収益構造も変わることを余儀なくされるでしょう。モバイルやウェアラブルなど、私たちの日常は、もはやITという前提の上で成り立っています。ITは業績に直結するようになり経営やビジネスの現場は、これまでにも増して、ITを意識するようになるでしょう。その一方で、クラウド・サービスの普及は、ITの難しさを隠蔽してゆきます。そうなると、業務や経営の立場にある人たちが、ITに関わる意志決定に大きな影響力を持ち始めます。そのとき、「これだけ工数がかかったのでお支払いください」が通用するのでしょうか。
また、ビジネス環境の不確実性と変化のスピードの速さは、仕様を全て固めてからシステムを開発する従来型のやり方では対応できなくなるでしょう。仕様が全て決まらないままに開発を始めなくてはなりません。また、開発しても変更に即応できなければ、だれがそんなシステムを使うでしょうか。
このように、「人月積算型+ウォーターフォール型」開発を前提にしたビジネス・モデルは成り立たなくなるのです。
では、どう対処すれば良いのでしょうか。これについては、こちらのブログ「SIerの構造的危機に対処するための3つの要件」にまとめましたので、よろしければご覧下さい。
これは、エンジニアだけに言えることではありません。営業に求められる役割もスキルも大きく変わります。
工数を増やすことが営業の大切なミッションでした。しかし、ひとつひとつの案件規模が小さくなり、工数をまとめて獲れる案件が少なくなったのは、今に始まった話ではありません。また、仮に工数を確保できても利益確保が難しくなっています。そして、上記に挙げたような変化が目の前に迫っているのです。
だから「ソリューション営業」で差別化を図り、ビジネスを拡大しなければとなるのでしょう。しかし、未だ「ソリューション営業」の本質を理解しないままに、「お客様の課題を見つけなければならない」、あるいは、「もっと上流から係わりお客様の現場のニーズを見つけ出さなければならない」という、表面的な手法論が語られ、なかなか成果が上がらないと嘆く声も聞かれます。
「ソリューション営業」の本質は、プロジェクトをお客様に仕掛けることです。「こういうプロジェクトを一緒になって起こしましょう。そして、御社の業績拡大を図りましょう」と仕掛ける営業活動です。お客様の課題やニーズを見つけ、それを解決するための「システムを提案」をすることに留まっていては、お客様の業績拡大に貢献できるとは限りません。これをさらに一歩進め、ビジネス・プロセスの変革をも伴う「プロジェクトを提案」し、その実施に責任を持つ事業部門長や経営者に迫り、説得し、その実現をコミットすることで契約を獲得する営業活動といえるでしょう。
当然、営業は業務や経営についての知識を持たなくてはなりません。また、ITのトレンドを正しく理解し、プロジェクトを成功させるために最適なテクノロジーの組合せを提案しなければなりません。そして、そのプロジェクトを成功させるために、自社の内外にかかわらず、お客様をも巻き込んで最適な体制を作り、それを維持しなければなりません。
こんな話をするとそれはコンサルタントの仕事ではないかと言われる方もいらっしゃるかもしれません。そのとおり、営業はコンサルタントでなくてはならないのです。そして、もうひとつの役割を背負います。それは、プロデューサーとして、プロジェクトを完成させ、お客様のご満足を見届ける役割です。ここまでできて、営業はお客様の信頼を得て、次のビジネスへの確かなチャンスを手に入れることができるのです。
「簡単なことではない」、「理想論だ」、「うちにはそんな人材はない」
必ずそんなことをおっしゃる方がいらっしゃいます。だからこそ、そういうことを実現すべく施策を打たなければならないのです。
「そのとおりですね」、「うちでもやらなければなりません。」
このようにご同意頂ける方もおおいのではないでしょうか。しかし、「今は忙しいので落ち着いたら取り組みます」というようでは、きっと落ち着いても着手されないでしょう。
「ITの知識こそ、事業資産」
この言葉は、SIerが企業として根っこに持つべき理念ではないかと思っています。当然、そこで働くエンジニアや営業は、これを実践しなければなりません。
先日、ある中堅SIerさんで、「新規事業開発プロジェクト」が解散しました。その理由は、「現場の工数が足りないから」でした。そのプロジェクトには、優秀なエンジニアや営業が参加していたのですが、全員現場に戻されてしまいました。
本当にそんなことで良いでしょうか。「蟻とキリギリス」の物語に描かれた蟻になるのか、キリギリスになるのかを考えた方が良いかもしれません。そして、これは、会社の問題としてではなく、エンジニアや営業が、自分の問題として真剣向き合うべきことです。
「ITの知識こそ、自分の財産」と考え、自分の人生を考えることも必要かもしれません。
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- 【特別講師】アジャイル開発とSIビジネス
- 総括:これからのITビジネス戦略
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工数で見積もりする一方で,納期と完成の責任を負わされるシステムインテグレーションの限界がかつてないほど叫ばれる今,システムインテグレーターはこれからどのように変わっていくべきか?そんなテーマで考えてみました。