「私たちは、新しいテクノロジーと業務部門へのアプローチで、競合他社からシェアを奪おうと考えています。」
先日、関西で行われたIBM系ビジネス・パートナーの集まりで、IBMの営業責任者からこんな話を伺いました。この話を聞き、極めて的を射た戦略シナリオであること、そして、このシナリオこそ、多くITベンダーが見習うべきではないかとの印象を持ちました。
そのときの話を私なりに斟酌し整理したのが次のチャートです。
「Win Back」とは、競合他社のユーザーをIBMのユーザーに置き換えるという意味のIBM用語です。
IBMは、首都圏を中心とした都市部の大企業では、それなりのシェアを確保できています。しかし、地方の中堅・中小企業では、NEC系や富士通系などの国産ベンダーに大きく水をあけられ、そのシェアを拡大することが、長年の課題となっています。
そんな状況の中で、2012年に就任したマーティン・イエッター社長は、東北(仙台)・中部(名古屋)・関西(大阪)・西日本(福岡)の4支社を設置、これまでのパートナーに任せっきりの地方営業を大きく見直しました。
もはや大都市圏でのビジネス拡大は頭打ちの状況です。ならば、Win Backの余地が大きい地方に営業力をシフトさせ、日本IBMの業績を拡大しようというシナリオです。
営業の現場やパートナーとの軋轢を生みながらも、大胆に営業人材を地方にシフトさせ、一気にこの体制を築き上げたスピード感は、歴代の経営者ではできなかったことかもしれません。その成果と言うべきどうかは一概には言い切れないところはありますが、IBMのグローバルな業績が7四半期連続の減収減益を続ける中、日本IBMは、過去2年にわたり増収増益という結果を出しています。
さて、ここで注目すべきは、かれらのWin Backのシナリオです。もともと人月の単金や製品の価格だけでは、競合他社とは勝負できないIBMです。かれらは、その差別化の源泉として、「New Blue」を全面に打ち出そうというのです。「New Blue」とは、新しいテクノロジーを意味する言葉です。Blueとは、IBMのイメージカラーです。
例えば、Watsonに代表されるコグニティブ・コンピューティング、SoftLayerやBlue Mixなどのクラウドサービスを前面に押し立て、新しいテクノロジーで他社との違いをメッセージしようとしています。また、それらに付帯するサービスやソフトウエアをもあわせて遡及し、価格ではないところでの差別化を促し、お客様の価値基準を転換させようということなのでしょう。
そのために求められる営業のスキルは転換が求められます。サービスを売るとは、顧客価値を直接売り込むことです。テクノロジーやプロダクトが丸裸のままむき出しでお客様に提供されるシステム販売とは違い、そういうモノやカタチが一切隠蔽され、サービスと顧客価値を直接に結びつけ、それを訴求する力が求められます。そのためには、サービスの機能や性能などの商品知識だけではなく、業務や経営と結びつけて顧客価値を伝える力が求められます。それが、「新しいスキル」です。
ただ、情報システム部門が、そういう顧客価値を受け止められるかといえば、それは難しいでしょう。テクノロジーが隠蔽化されれば、そこに重心を置いた役割を果たしてきた情報システム部門が、存在意義を問われることは避けられません。事実、IT案件の意志決定に経営者やユーザー部門が、これまでにも増して影響力を行使し始めています。ならば、はじめから「LoB」を攻め、そこにNew Blueを遡及すればいいではないかということになります。
「LoB」とは、Line of Businessの略で、本来は、企業が業務を進める上で、主要な役割を果たす基幹業務やそのアプリケーションを意味する言葉です。つまり、業務や経営に関わるユーザー部門に、ITがもたらすビジネス価値を直接遡及し、意志決定を引き出そうというシナリオです。そのためには、ITを組み込んだビジネス・プロセスの革新を提案できることや、業務知識を持って彼等と交渉できるスキルが求められます。
これは、これまでの国産系、外資系を問わず多くのITベンダーが不得意としてきたところで有り、あえてここにビジネス・チャンスを求めようという、意欲的なシナリオとも言えるでしょう。
New Blue + Win Back = More Blue (IBMシェアをもっと増やす)
こんなチャートも紹介されていました。
未だハイコンテクストな関係が、意志決定の大きな要因となっている地方の中堅、中小の顧客にとって、このアプローチが直ちに通用するかどうかどうかは、課題も多いことは確かです。しかし、人月積算型のビジネスやコモディティ化されたサーバー製品ビジネスは、熾烈な価格競争を繰り広げていることまたまた事実です。
ITのトレンドを俯瞰すれば、明らかにIBMのシナリオに沿ったビジネス環境へのシフトがすすんでいます。そう考えれば、これは大変理にかなったシナリオです。
ハードウェア・ビジネスのイメージが強いHPでさえ、新しいクラウドサービスHelionを発表しています。発表を見る限りでは、IBMと同様のシナリオを描いているようにも見えます。一方で、そこになかなか有効な手を打てていない国産系ベンダーは、いずれは売るものがなくなってしまうのではないでしょうか。
日本IBMのこのようなシナリオは、IBMパートナー企業にとっては、必ずしも喜んではいられません。なぜならクラウドを基盤としたサービスやソフトウエアのビジネスは、中間企業の介在をますます難しくするからです。そうなると、「IBMビジネス・パートナー」という看板の効き目は、かつてほどの訴求力をもたらさなくなるかもしれません。
今、日本経済が、アベノミクスで高揚感を高めているなか、ITベンダーも受託開発増加の恩恵を受け、稼働率は上がり、売上は拡大傾向にあります。しかし、単金が上がっているわけではありません。しかも、このような需要はいつまでも続くはずはなく、2015年問題が将来に重たくのしかかっています。一旦、需要が落ち込めば、稼働率は下がり、ただでさえ利益率の低い中小のITベンダーは、一気に苦しくなることは火を見るより明らかです。
ここに紹介した日本IBMの営業戦略は、こういう現実を打開するシナリオを描く上で大いに参考になります。
地方経済が上向いていれば、地域内棲み分けと人月積算のビジネスだけでも業績を伸ばすことができました。しかし、クラウドやそれに付随するサービスが、人月積算型のビジネスをこれまでに無く難しいものしつつあります。また、サービスは、インターネットを介し地域を越えてビジネスを展開しています。地域という共同体に共生しているだけでは、競争に立ち向かうことは難しくなるでしょう。
そんな中で、ビジネスを拡大してゆくためには、自らも新しいテクノロジーやスキルを身につけるべきなのです。もちろん、IBMのWatsonやBlueMixと同じようなものを自ら生みだすことはできません。しかし、世の中は様々なテクノロジーにあふれ、クラウドというインフラを利用すれば、その恩恵を安価に手に入れることができます。AWSやSoftLayer、Cloud nなどのコストパフォーマンスに優れたIaaS、hadoopやDockerと言ったテクノロジーを牽引するOSSなど、探せばキリがありません。そういうものをうまく取り込めば良いのです。
イノベーションが必要です。イノベーションとは、「新しい技術を生みだすこと」ではありません。近代イノベーション論の提唱者であるシュンペンターは、「イノベーションとは新しい組合せ」であると説いています。つまり、既存の技術や既存のノウハウを素材に、これまでとは異なる組合せを模索し、お客様のビジネス・プロセスの革新に貢献することもまたイノベーションなのです。地場のお客様のことを知り抜いているからこそ、できるイノベーションもあるはずです。
また、積極的にWin Backを仕掛けるべきでしょう。その相手は、LoBです。未だITを戦略的に活用できていない地方のユーザー企業にITでイノベーションを起こさせる提案を仕掛けてゆくべきです。
大都市圏の大企業は、意志決定も複雑で新しいことに取り組むことは容易ではありません。しかし、地方の中堅、中小であれば、そのハードルはそれほど高くはないでしょう。また、地方経済に未だ高揚感が見られない中、強い危機感を抱く経営者も少なくないはずです。だからこそ、チャンスではないでしょうか。そして、なんと言っても、これまでもハイコンテクストなお客様との関係を維持し続けている地場のITベンダーなら、お客様の経営者も耳を傾けてくれるのではないでしょうか。
ITのトレンドをしっかりと見据えれば、日本IBMのシナリオは、見事に戦略合理的であることが分かります。大いに見習うべきです。ただし、発想の転換が必要です。それは、「お客様にシステムを使わせるビジネスから、自らがシステムを使うビジネスへ」の発想の転換です。この発想無くして、ITビジネスの未来を描くことは難しいかもしれません。
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