「うちはシステム開発しかやっていないので、クラウドになってサーバーが売れなくなっても、あんまり影響ないと思いますよ。」
ある中堅SI事業者の方から、こんな話を伺いました。
「サーバーをクラウドに変えればいいだけですよね。結局、システムの開発は残るし、運用も多少は減るかもしれないけど必要だし、クラウドでSIは大変なことになると言うけど、うちにはあまり関係ないですよ。」
本当にそうでしょうか。
IPAの「IT人材育成白書2014」には、ユーザー企業の意識とITベンダーの意識に大きな乖離が生まれていること、そして、ユーザーの真のニーズ掴むことが強く求められていると、書かれていました。これについては、前々回のブログで詳しく取り上げましたのでよろしければご覧下さい。
このような意識の乖離が生まれる理由は、何もクラウドが普及したからではありません。クラウドの普及によりSIビジネスが影響をうけるのではなく、SIビジネスそのものが本質的な問題を抱えていること、そして、そのことが、ユーザー企業をクラウド利用へと向かわせており、クラウドの普及を後押ししていると理解したほうがいいのではないかと考えています。
SIビジネスの本質的課題は、人月積算で金額を決めておきながら、瑕疵担保責任としてSI事業者が完成責任をおわされるビジネス構造にあります。
業務の現場から離れて久しい情報システム部門にとって、業務システムの要件定義や工数の見積は簡単なことではありません。そこで、SI事業者にそれを任せるわけです。そして、SI事業者がかかる人月にリスクを上積みし見積金額を提示します。SI事業者が、開発に複数部門を関わらせる場合は、部門毎にリスクを重ねてゆきますので、実工数とは大きくかけ離れた数字になることも決して珍しいことではありません。
それを情報システム部門に提示すると、かかる工数と単金の内訳を求められますので、リスク分の工数を膨らませて「これだけかかります」となります。情報システム部門はその数字の妥当性を評価できないまま、「工数がかかることは仕方がない」としか言えず、しかし、「予算もあるので、単金を少し下げてあわせてくれないか」となりSI事業者も結局はその予算の中で請けるしかありません。
ユーザー企業は、その予算の中で少しでも機能を詰め込もうとし、ITベンダー側は、工数を減らすために少しでも削ろうとします。しかし、不確実性の高まるビジネス環境の中で、将来を正確に予測できるはずはありません。こんな事もあるかもしれないと、推測や思いつきでてんこ盛りの要求になってしまいます。また、例え今が正しくても、要件が変わることは避けられません。
そんなやり取りを経て、ようやくできあがった要件定義書にSI事業者は合意を求めるわけです。合意といえば美しい響きですが、「この仕様通りに作ります。もうこれ以上変更しませんよ」という宣言で有り、最後通牒でもあるのです。
一旦決まってしまえば、SI事業者は、ひたすら仕様書通りにシステムを開発するわけです。少ない工数で、多重請負を駆使して単金の安い人材を使い、原価を下げる努力をします。仕様の変更やユーザーの使い勝手などに気を回している余裕などはありません。
そして、一通りシステムができあがると、ユーザーも交えたテストが行われるのですが、「もうそんな機能はいらない、これでは使い勝手が悪くて使えない、こちらが要求した機能とは違う」ということになり改修を求められます。
これは考えて見れば当たり前の話で、現場ユーザーは、売上の拡大や業務の生産性を向上するなどのビジネス価値向上をゴールと考えているのに、SI事業者は「要件定義書通りのコードを書く」ことがゴールとなり、ここに根本的な不一致が生まれているのです。
要件が変わる、決められない時代、このようなやり方は、本質的に無理があるのです。しかし、現実には、情報システム部門は、要件定義書のできが悪かったからこうなったと言い、SI事業者は要件定義書を正しく評価できなかった情報システム部門に問題があると嘆きます。ここに、お互いの相互不信が生まれるのです。
しかし、情報システム部門には、瑕疵担保責任という免罪符があります。しかも、検収・支払いという人質があります。結局は、SI事業者が改修を引き受けることになってしまいます。工数は嵩んでも請負ですから支払いが増えるわけでもなく、利益を減らし、時には赤字になることもあります。
このようなSIビジネスにこそ、本質的な問題があると私は考えています。
- エンド・ユーザーが本当に使うシステムだけを作ることで、ムダな開発投資をなくしたい。
- エンド・ユーザーからの変更要求にも柔軟に対応し、ユーザーが納得して使えるシステムを実現したい。
- エンド・ユーザーが納得できる予算の中で最善の機能を実装し、約束した期間の中で最高の品質を実現したい。
これが、本来のあるべき姿です。これらを実現しようとすれば、アジャイルや超高速開発、DevOpsは前提となるでしょう。
また、頭を押さえられているIT予算の中で、ビジネス環境の急速な変化に対応することやグローバル展開、セキュリティへの対応が、重くのしかかってきます。こういう事態に対処するためには、自前で開発し、所有することを前提としたシステムのあり方だけでは対処できないのです。
また、コストを下げる手段として、あるいは新しいテクノロジーを使ってビジネスの競争力を高めるために、OSSを避けて通ることはできません。
こういうユーザー企業のニーズに応えようとすれば、クラウドは避けられない選択肢なのです。
- 予算が抑えられるなか、システム化ニーズはむしろ増える傾向にある。
- 現場の要件にあわせることより、時間を優先させなければならない。
- 要件をあらかじめ決められない、変更には迅速に対応しなければならない。
このようなユーザー企業の要求を満たす手段として、クラウドは様々な機能やサービスを提供しているのです。だから、クラウドへの期待が高まり、需要の拡大と共に、これらユーザー・ニーズに応える機能やサービスは、さらに充実し、クラウドへのシフトを加速しているのです。
「うちはシステム開発しかやっていないので、クラウドになってサーバーが売れなくなっても、あんまり影響ないと思いますよ。」
本当にそうでしょうか。
開発や運用に関わる工数は大幅に減るでしょう。また、求められるスキルやテクノロジーも変わります。予算についての常識もかわるでしょう。開発・テスト・本番以降のワークフローやライフサイクルも変わります。
これまでの人月単価積算型の収益モデルが機能しなくなり、受託開発需要が減少しようとしているのです。運用や開発のあり方が変わり、求められるスキルやテクノロジーが変わるのです。何よりも、システムに求められる価値観が変わり、情報システム部門の役割は変わり、ユーザー部門の意志決定権限もますます強まるでしょう。
このようにクラウドへのシフトは、単なるシステム資源を調達する手段が変わることではないのです。開発そのものの考え方やビジネスのあり方が大きく変わろうとしているのです。
このような変化に対処できているでしょうか。
クラウドへのシフトとは、ITビジネスの常識が変わることです。そういう視点で、今の時代を読み解く必要があるのではないでしょうか。
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