「そろそろ受託開発を辞めようと思っているんですよ。」
昨日、90名ほどの社員を抱えるITベンダーの社長から、こんな話を伺いました。
「会社を始めた当初から受託開発をやるつもりはなかったんです。でも、お客様と話をしているうちに“うちのシステム開発もやってくれないかなぁ”と頼まれて仕事を請けていたら、そんな仕事が増えちゃったんですよ。」
それは、それでいいことではないかと伺ったところ、
「受託開発の仕事と自ら製品やサービスを提供する仕事は両立しません。考え方も、仕事のやり方も違う。そちらに引きずられてしまうんです。受託を増やせば、本当に自分がやりたいことができなくなってしまうんですよ。」
そして、次の言葉を伺い、なぜ受託開発を辞めようとしているのか、本当の理由を知ることができました。
「受託開発は嫌いなんですよ。」
この言葉こそ、「受託開発を辞める」ことへの最も強力な原動力になっていたのです。
今、多くのSI事業者の経営者は「変わらなければ・・・」という思いを持っています。しかし、「受託開発は嫌いだ」とは心底思っているでしょうか。言い換えれば、決心というか、信念が、ぎらぎらとしているでしょうか。
「変わらなければ」との言葉はいつも頭のどこかにあります。しかし、「受託開発は嫌いだ」という信念に至っているでしょうか。この狭間で揺れ動いている人たちが多いのではないでしょうか。
もうひとつ共感したのは、「IT知識やエンジニアこそ、事業資産である」という言葉でした。当たり前のことではありますが、この当たり前にこだわっていないSI事業者も少なくありません。
「自分達がやりたい新しい技術をお客様に提案し、それで仕事をもらってくるようにしています。」
そして、それを全て一括請負で行ってきたそうです。少しでもリスクがないように準委任でやろうという発想は、そもそもなかったそうです。
技術者が技術を楽しみ、その技術で成果が出せる環境を提供するためには、この方法しか思い浮かばなかったということなのでしょう。結局は、こういうことが、技術者を育てることになるのでしょう。
技術知識や技術者こそ最も大切な事業の資産であるという信念。それを守れなければ、そんな仕事なんかしたくないという意識。それを実現するためには、工数を稼ぐ準委任の仕事ではダメだという考え。
工数をどう増やすかといった技術とは無縁のところに優先順位を置いているSI事業者が少なくない中、こういう仕事への向き合い方は、素敵だと感じました。
でも、いくら受託開発が嫌いだと言っても、それを辞めることでキャッシュが回らなくなるんじゃないのかと伺ったところ、
「会社を始めた当初からサービス・ビジネスを育ててきました。それでも収益が取れるようになっています。また、需要の変動にあわせて外注をお願いしていますので、そこがバッファになっているので大丈夫ですよ。」
なるほど、そういう土台をしっかりと築かれてきたからこそ、受託開発が辞められるのだと納得しました。
「受託開発を辞める上で一番難しいのは、これまで受託開発で仕事をお受けしてきたお客様に、どうお断りしようかと言うことです。」
お客様から辞めてもらっては困ると言わせるほどに、いい仕事をされてきたんでしょうね。いくらでも代替できるような仕事ではなかったという品質は、他のサービスへシフトしてゆく上でも、大切な事業資産となるに違いありません。
この話を伺う前に、受託開発の将来に不安を持ち、その危機感から受託開発をやめることを模索されているのだろうと考えていました。しかし、この仮説は、ことごとく裏切られました。
「受託開発は嫌いなんです。」
「最初からやる気はなかったんです。」
「頼まれてやっていたら、どんどんそちらが増えていって、社員も喰わせなくちゃいけないし、辞めるに辞められなくなったんです。」
はじめから、その気はなかった。だから受託開発を辞めるのは必然と言うことなのです。しかし、こういう想いこそ、変革の根っこに必要なことではないでしょうか。変わらなくては、変革しなくてはと考えている経営者の方は、まずはこういう意識に立たなくてはいけないのでしょう。この強い思い込みがなければ、結局、変革は進みません。
既存の事業を守るためにどうしようかという発想ではなく、こういうあるべき姿にしたいから、じゃあ、そのためにどういう取り組みを進めてゆこうかと、ゴールから逆引きする考えが必要なのです。そして、そのことへの強い決意があるからこそ、改革は進むのです。
以前、あるSI事業者の社長から「経験のある人を採用して、やってみたけど結局はうまくいかなかったんですよ」という話を聞いたことがあります。改めて、そのことを考えて見ると、この社長が既存の事業を変えることを本気で考えていなかったから、結局はうまくいかなかったのではないかと思えてきました。
自分に強い思いもなく、また、やろうとしている新しいことに、なんの経験も蓄積もない中、経験者と言うだけで、外部から採用したとしてもうまくいくはずはありません。M&Aで新しい事業を丸ごと取り込むのであれば、違うのかもしれませんが、結局はリスクを冒さず何とかしたいという結果、全く異質の文化を背負う個人を引き込んで、彼に任せようとした。社長は、既存事業に関わるできる人材を現場から引きはがしてでもやらせようとはしなかった。新しい文化を、いまの自分達の企業文化の中に取り込むことにためらいがあったのかもしれません。だからうまくいかなかっただけのことのように思えてきました。
私は、なにも受託開発が「悪」だと言いたいわけではありません。この会社の場合もそうですが、受託開発が会社の経営を支えてきたことは、紛れもない事実です。ただ、それに留まることなく、本当にやりたいことに強い思い入れを持ち、常にそのことを意識しながら土台を着実に築かれてきたからこそ、「受託開発を辞める」という決心ができたのでしょう。
この話を伺い、変革を進めるためには、リーダーの「こういうことをやりたい」という強い思い入れが必要なのだということを改めて確認することができました。そして、本当にやりたいことのために、日々の仕事の中に、そのタネをしっかりと仕込んできたからこそ、できることなのだと気付かされました。
「受託開発が嫌いなんです」
この言葉が全ての始まりです。この言葉に限らず、あるべき姿についての明確なイメージと思い込みこそが、変革の最も大切な原動力なのです。
私は、受託開発にも未来があると思っています。しかし、これまでと同じやり方でいいとは思いません。これについては、いずれ改めて書かせて頂こうと思っています。
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