ポイントをかいつまんで解説すれば以下のようになる。
- 案件開拓を担当する営業部隊をIBMにとって売上が大きくグローバルな超大手企業約150社を担当するIndustryと、それ以外のお客様を担当するEnterpriseに二分する。これにともない、これまで大企業を担当していた営業約200人をEnterpriseに異動する。
- Industryは、製造・金融・公共・流通・通信メディアの5業種に分割する。
- Enterpriseは、東北(仙台)・中部(名古屋)・関西(大阪)・西日本(福岡)と首都圏に分割する。
- 営業は「お客様の業界における地位を向上させること」をミッションとする。このミッションを遂行するためIndustry営業はEnterpriseのお客様の地位向上に対しても責任を負う。
- Enterpriseは、地域割りの組織ではあるが、それぞれの地域に業種を担当する営業を配置する。つまり、地域と業種のマトリックス組織となる。かれらはそれぞれの業種を担当するIndustryと連携し営業活動を展開する。
ここでは、このような営業体制変更の背景にある思想や戦略について考えることにする。
IBMは世界的な戦略として、「顧客とのConnectionを強化することで、競合優位を確立する」ことを考えているようだ。
IBMが2004年から2年に一度発表している「IBM CEO Study」というレポートがある。これは、全世界のCEOの意識調査を行い今後の企業戦略や情報システム活用の方向性を示そうというレポートだ。日米のCEOのIT戦略思想の違いやグローバリゼーションのもたらすものを示唆してくれる実に興味深い内容になっている。
今年の5月に発表された最新版ではサブタイトルには「Leading Through Connections」と書かれている。
その意味するところは、“深い「つながり」が競争力の源泉となる“となるのだろう。
IBMの新CEOである Virginia Rometty氏は、多くのスピーチでConnectionやConnectivityという言葉を使っているようだが、まさにここに今回の営業組織改編の背景がある。
つまり、お客様により深くConnectするためには、お客様の業種ごとのニーズや課題、業務が理解できなくてはならない。お客様の業務課題に深く入り込んで提案できる営業体制を築き、これを顧客拡大につなげてゆこうというものである。そして、それぞれの業種内でのお客様の地位向上を支援してゆこうという考えだ。
そのために、案件開拓を担当する営業には、自分のスキルを見直し、各産業分野でのプロフェッショナルを目指すことが強く求められている。
また、お客様の課題やニーズに対処する手段としても、様々な施策を打ち出しているが、そのひとつが、アプリケーションに関わるソフトウェアやサービス企業の買収だ。
営業は、お客様の業務や経営に深い理解を持ち、その課題を解決するために業種毎の課題に深く関わる提案力が求められる。そして、その解決策として、それぞれの業種で必要とされるアプリケーション・パッケージやサービスを提供してゆこうというシナリオなのだろう。
ただ、このようなお客様へのアプローチを営業個人の能力に依存していては限界がある。そこで、お客様とのConnectionだけではなく、社内のグローバルなリソースともConnectし、そのリソースを活用してお客様の価値を高めてゆくことが求められている。
ところで、今回の組織変更を理解する上で、押さえておきたい言葉が、Opportunity (販売機会、需要の見通し)である。Opportunityのあるところにダイナミックにリソースをシフトするということだ。
日本の企業では、お客様の売上や社員数という固定的区分によってリソースの配分を行っている。しかし、IBMの場合は、どれだけのOpportunityが見込めるかによって、リソースを配分する。規模の大きなお客様であってもOpportunityが期待できなければリソースの配分は少ない。
ビジネス合理的に考えれば、きわめて常識的とも言える。しかし、伝統的に我が国の市場は、継続的な人のつながりがビジネスにつながっている。これを踏まえて国産メーカーは営業体制を組んでいる。
今回の組織変更で地域と業種がマトリックス組織となるのは、Opportunityが変われば、「地域」あるいは「業種」内で、縦横にダイナミックに異動させることができるようにするためであろう。人のしがらみを排し、Opportunityという数字で組織を適合させるという考え方は、ますます日本アイ・ビー・エムに浸透してゆくことになるのだろう。
ところで、新社長のMartin jetter氏は、2015年に売上高を1兆円に戻すと宣言している。2011年度の売上は、8681億円であるから、3年で1400億円の増収を狙う。
ただ、Industryの超大手はIBMが既に大きなシェアを持っているところでもあり、ここで売上を大きく上乗せすることは難しいと考えられる。そうなると、この売上増は、Enterprise営業300人が背負うことになる。単純計算すれば、一人5億円の増収を期待されることとなる。それを主に国産メーカーが大きなシェアを持つホワイト・スペースの取り込みやEnterpriseに属する既存大手企業内のシェアを拡大することによって実現しなければならない。これは相当に大きなチャレンジとなるだろう。
SMB(小規模な企業)については、営業効率の観点から、これまで同様パートナー企業にゆだねることになるのではないか。
限られた直販営業でこのチャレンジに挑むためには高い生産性が求められる。そうなると、営業効率の悪いSMBに時間を割くことはできないだろう。結果として、直販営業は、大手既存顧客のシェア拡大と国産メーカーの顧客に入り込む役割を担い、SMBはパートナーが担うことになるだろう。
パートナー施策については、まだなんとも読めない。今回の組織移動で、パートナー事業を担当する組織の大きな変更はなかった。ただ、400万社とも言われるSMBでの売上増大を狙わなければ、大幅な業績拡大は難しい。ただ、ここは国産メーカーが大きなシェアを持ちIBMがこれまでにも切り崩せなかった領域だ。そのためには、パートナーの力に頼る以外にないだろう。
しかし、日本のパートナーは、IBMの製品のシェアが高い欧米や新興国に比べ、相対的に販売力が弱い。特に地方の地場パートナー、あるいは、ユーザー企業の子会社には顕著である。これは、
- 中堅中小企業における国産メーカーの圧倒的シェア
- 一定の収益基盤が保証されていること
- 地域での棲み分けが安定的にできあがっていること
などが背景にあり、他社とのシェア争いは起こりにくい状況があるからだ。
この構造を短期間で根本的に変えることは相当な困難を伴う。果たして、どういう施策を打ち出してくるか、興味深いところだ。
IBM CEO Studyにみる経営者の意識、プロダクトのコモディティ化とサービス志向の動きは、これまで以上に業務や経営という視点でお客様と深くつながることができなければ、競合優位を築くことが難しい時代になりつつある。この意味において、IBMの狙いと組織の変更は、的を射たもののように見える。
ConnectivityやOpportunityなど、今回の組織変更は、ビジネス合理性をしっかりと貫いたものである。グローバル企業とはこういうものかと思わせるものがある。
ただ、その一方で、営業の現場は、これまで以上に業種についての高いスペシャリティを求められることになる。ということは、それに適応できない営業、例えば、従来的なスタイルでキャリアを積んできたベテラン営業にとっては大きな負担となるかもしれない。また、数字やルールにきつく縛り付けられることになるだろう。結果として、営業現場の士気を損なうことになりかねない。
また、未だグローバルになじまない我が国の顧客企業がこれをどう捉えるかも気がかりだ。既に大きなOpportunityがある大企業は別として、国産メーカーが大きなシェアを持つ中堅中小のエリアとなると、固定的、継続的な営業活動は容易ではないため、お客様への浸透は、相当に困難を伴うであろう。パートナー企業がそこをどう補うかということになるのだろうが、その施策はこれからのようだ。
どちらにしても、これは大きなチャレンジである。そして、日本IBMの新社長は、これまでの常識、否、しがらみを排して、これを徹底して遂行するだろう。
グローバル化に迫られる日本企業、その一歩先を行くIBMの営業戦略。そのようにも見えるが、そのギャップを本当に埋められるのだろうか。正しい筋道にもみえるが、これは容易なことではないだろう。
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