以前お手伝いさせて頂いたベンチャー企業での話し。
某大学の研究者が開発した技術を商品化することとなり、その立ち上げをお手伝いすることとなりました。その先生は、自身の適正を十分に理解されており、自らは事業の前面には立たず技術アドバイザーに徹し、CEOを外部から招聘してIPOを目指すこととなりました。
その方は、大手製造業で技術畑を歩まれ、最後は購買部門のマネージャーを経験、50代半ばにして、この会社に来られました。
購買部門の人脈を活かし、この新技術を商品化するパートナーを見つけ事業化にこぎ着けようとの目論見は功を奏し、ある企業との製品開発に向けたプロジェクトがスタートしました。
順調にことが進み製品化の見通しも立ち、販売開始に向けた具体的なスケジュールに加え、コストやロイヤリティについて話しを進めることとなりました。そこでこの社長さんに火がつきました。かつての購買マネージャーとしての経験を活かし、徹底的にこのパートナー企業と駆け引きをはじめたのです。
如何に自社に有利な条件にするか、この社長さんにしてみれば水を得た魚のごとくです。パートナー企業さんとしては、今更どうしてと多少面食らったところもあったようですが、ベンチャー企業でもあり、大企業の社会的責任と最初の立ち上げが肝心と、かなり譲歩していだき、なんとか合意にこぎ着けることができました。
いよいよ具体的な作業を始めようという段階で、この社長さんは、こんなに譲歩してくれるならもっと譲歩を引き出せるのではないかと考えたのでしょう。新たなパートナー候補を見つけ、競わせることにしたのです。
さすがのパートナー企業もあきれてしまいました。その企業から「なんとかしてくれませんか・・・」と相談を受け、私もこれはどうかと思い再三この社長さんには申し上げていたことでもあり、改めて、「このままではプロジェクトがつぶりますよと」社長さんには忠告したのですが、それは自分が判断することとして聞いてはくれません。
なんとか双方の譲歩を引き出そうと立ち回ったのですが、結局はそのパートナー企業は、手を引いてしまいました。社長にしてみれば、もう一社あるからと高をくくっていたのでしょう。しかし、こんな状況を見せつけられたもう一社もまた自分のところに同じことをされては大変ということで、話しは頓挫してしまいました。
このベンチャー企業は、結局のところ事業が立ちゆかなくなり業務を休止することとなってしまいました。
ビジネスを進める上で、駆け引きはつきものです。如何に自社に有利にことを進めるかは、交渉の当事者としては当然の責務です。しかし、この社長には肝心な落としどころが見えていなかったようです。
彼は、なぜこんな行動に出たのでしょうか。それは、ひとつに自分の経験や実力を世間に誇示したいためだったのかもしれません。おれはこんなにできる人間だという見栄です。そして、社員や出資者に対して自分の存在を認めさせ、尊敬を得たかったのかもしれません。あるいは、有利な条件を引き出すことが自分の使命と心得、行動したのかもしれません。
しかし、彼は肝心なことを見落としていました。Win-Winの関係です。
ベンチャー企業など、大きな会社から見れば取るに足らないモノであり、そこがうまく行くか行かないかは、マクロに見れば自社の事業に大きな影響を与えません。しかし、かれらがベンチャーと関わるのは、もちろん自社の事業拡大に役立つからと言うことですが、新しいモノを世の中に出す興奮、それを支援したいという気持ちも大きなモチベーションです。だからこそ、彼らは大きな譲歩をし、その会社に有利な条件をのんでくれたのです。
先日「想像力」の話しを書きましたが、この社長には、このようなパートナー企業の立場や想い、小さな会社と大企業との力関係を想像できず、自分の実力であると思いこんで、尊大な態度で交渉に臨んでいたようです。彼はWin-Lose関係で望んだのです。
ひとり勝ちは、相手を苦しめ、結果として同じ相手との次のビジネス・チャンスを失います。大企業の立場であれば、このような関係で臨んでも、受ける側の中小企業は、利幅はとれなくても大量、継続的な関係が保証されるわけですから、甘んじて飲み込んでしまいます。
この社長の気持ちや行動は、大企業だったのですが、自分の立場がその逆であったことを想像できなかったようです。
相手と競争し勝つことはビジネスというゲームにおいては当然のことです。しかし、同時に相手と自分との関係を想像し、Win-Winの関係を維持できる落としどころを探る。そして、それを見極めたなら、後は駆け引き相手ではなく同士として振る舞うことに切り替えなくてはなりません。
この段階では、もはや「相手は打ち負かすための存在ではなく、共通の課題を打ち負かす同士」でなくてはなりません。このタイミングを逸すると大変なことになります。想像力なくして、この見極めは不可能です。
Win-Winの関係は、相手は打ち負かすことを目的とするところからは生まれません。共通の課題を打ち負かすことに目を向けてこそ、実現できるモノです。