先日、ある展示会での出来事。お手伝いさせて頂いているベンチャー企業の製品説明を行った。20分ほどのプレゼンテーションが終了し、50歳前後の男性がわたしのそばにやってきて、「プレゼンテーションの資料を頂けないか?」とのこと。 世間の認知が低いベンチャー企業にとって、このようなご相談は貴重なビジネスのきっけ。もちろん快諾した。さて、どんなところに関心を持ったのか、どんな会社の方なのか、どのようにこの製品を使いたいのか・・・営業としての触手が動く。
ところが、彼の答えは意外なものだった。「実は、最近、研究開発部門から営業に転属になり、どのように仕事をすればいいのか、悩んでいるんです。あなたのプレゼンテーションを拝見して、今後のお客様への資料作成やプレゼンテーションの参考にさせて頂きたいと思いまして・・・」とのこと。製品には全く興味はなく、説明資料の作り方とプレゼンテーションのテクニックに興味があったとのこと。なんとも、微妙な心持ちになった。
確かに、このような境遇の方は多いのかもしれない。以前、大手通信キャリアの子会社で仕事をさせて頂いたことがある。「営業力を強化しなければならない」とのトップ方針もあり、研究所やシステム開発部門の方が、どんどん営業へと配置転換となった。 もともとこの会社は、親会社からの売上が全体の8割を占めている。しかし、親会社の緊縮、グループ以外からの調達拡大の方針が示され、グループ以外の売上を拡大しなければ、会社として成り立たない。そんなことが、この方針の背景にある。
しかし、人を増やしたからといって、営業力がにわかに強化されるわけがない。一方で、予算の必達が求められる。どうすればいいのかという方策が見えない。上司や経営トップの叱咤激励はあっても、具体的な施策や手段の提示はない。当然士気は下がる。営業計画も見るべきものはない。できそうもない「可能性のある案件」がいくつも書き出されている。よく見ると手堅いものは、結局は親会社がらみの案件のみ。
「まあ仕方ありませんよ。うちの会社はいつもそうですから・・・」と言う空気がこの会社には漂っていた。給与も保証されているし、とりあえず生活には困らない。予算達成できなくても、責任はとらされない。トップが何とかしてくれるだろう。親会社が何とかしてくれるだろう・・・
彼らが暇なわけではない。遅くまで忙しく仕事をしている。でも業績が伸びているわけではない。
わたしは、「営業力は、生まれ持った才能ではなく、スキル(技能)である。」と申し上げている。もちろんセンスや才能は有った方がいいが、そんなものは人それぞれで、何をもって「営業センス」と定義すべきかは、実はとても曖昧なものだと思っている。それよりも、営業として行うべき仕事の段取りや手順、そのこなし方を心得、要領よく仕事をこなすスキルこそ、必要なことだろうと思っている。
「仕方がない」は、すべての進歩を止めてしまう。前職でそうであったなら新たな職場でもスキルを身につければいい。その気持ちが大切だ。スキルは才能ではなく技能であるから、学ぶことができる。営業畑にずっといる人たち比べ、技術や開発の才は、むしろ強みであり武器になる。
経営者は、この事実に気付いて欲しい。目標と方針を示は示すが、具体的なスキル育成を図らない。そして、仕事のやり方や技能は部下一人ひとりの自助努力にゆだねる。
これでは苦行であり、業績も伸びるはずがない。現実的な施策を示さなくてはならない。そして、それを実行できるスキルを育て、定着させてゆく方策を合わせて実行しなければ、目標や方針は何ら実効を伴わない。
このような現実を抱えている企業は少なくないようだ。展示会で相談に来られた方もまたそうである。かれは、個人として何とかしなくてはとの強い危機感を持たれていた。だからこそ、ちょっと非常識とも思える行動を取られたのだろう。 彼の思いや行動には共感できる。しかし、本来、これは組織の問題である。なんら施策がないままに方針だけを示しても、部下は迷い苦しむだけだ。それが分かっていない経営者では困る。