「悪貨は良貨を駆逐する」
「グレシャムの法則」として有名なこの言葉は、16世紀のイギリス国王財政顧問トーマス・グレシャムが、1560年にエリザベス1世に対し「イギリスの良貨が外国に流出する原因は貨幣改悪のためである」と進言した故事に由来しています。
ひとつの社会で、額面は同じですが、素材価値(例えば金の含有量など)の異なる2種類の貨幣が同時に流通する場合は、素材価値の高い貨幣が、その素材自体の価値のためにしまい込まれてしまったり、素材として溶かされてしまったり、海外との取引のために流出したりするために、素材価値の低いほうの貨幣だけが流通するようになるということを説明したものです。
このグレシャムの法則が、組織にも適用できると説いたのが、ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンという米国の学者でした。
彼は、「ルーチンは創造性を駆逐する」と説いています。人はルーチン化された日常業務(悪貨)に追われていると、長期的で重要な計画(良貨)を考えられなくなってしまうことを説明したもので「計画のグレシャムの法則」として知られています。
彼はまた、ルーチン化された日常業務は、未来についての創造的な思考を奪うだけではなく、過去についての思考をも奪うと説いています。つまり、この日常業務が何の「目的」で行われているのかを忘れさせ、ただ形式として繰り返されるだけになってしまうというのです。
業務が標準化されルーチン化されることは、仕事の効率を高めることに貢献することは事実です。しかし、その業務が何の目的で始められたかが分からないままに「昔からこのやり方でやっているから」としか言えず、黙々とその日常業務に埋没してしまっているとすれば、これは大変危険なことだと言えるでしょう。
時間がたてば業務を取り巻く状況は変わります。しかし、目的が忘れ去られた業務はこの変化に対応する術を持ちません。そこには、何ら改善も生まれず、イノベーションも生まれることはないのです。
「新規事業開発プロジェクト」はなぜうまくいなかいのか?
先日あるSI事業者さんで、この「計画のグレシャムの法則」を目の当たりにしました。
この会社では、去年から「新規事業開発プロジェクト・チーム」を起ち上げ、各部門から精鋭を集めて定期的に会合を持ち検討を進めています。しかし、行ったり来たりの議論が繰り返され、また、毎週やるはずの打ち合わせも途絶えがちです。
彼らには当然のいいわけがあります。「納期が迫られていてどうしてもこちらを優先しなければならないんです。」、「トラブルがあって急遽そちらに対応しなければなりません。」、「今日は大事なお客様との会食があって、仕方ないですよ。」
悪貨が良貨を駆逐している典型と言えるでしょう。
日常の業務を行うことが悪いというわけではありません。しかし、人月積算、多重請負という、将来には破堤するであろう、あるいは、十分な収益を確保できなくなるであろう収益構造からの脱却は、日常業務以上に重要なことではないのでしょうか。
日常業務が優先され、未来のための業務が駆逐される理由はどこにあるのでしょうか。それは、時間に対するプレッシャーがあるかないかです。
「何月何日までに納品しなければ、お客様に迷惑をかけることになる。」、「今月末までに作業が終わらなければ、今月の売り上げに計上できない。」。このようなプレッシャーのない新規事業プロジェクトが後回しにされることは、当然のことです。
また、日常業務は、業務の手順が明確であって、あれこれ迷わなくてもすみます。進捗も実感でき達成感もあります。一方、「新規事業を立ち上げる」手順は曖昧で、何から始めれば良いのか、どのように進めれば良いのかが分からず、進捗も分かりません。このような状況で達成感が得られないことに気持ちも遠のいてしまうのは仕方のないことかも知れません。では、どうすれば良いのでしょうか。
どうすればうまくゆくのか?
目的と基準、納期、評価を経営者が明確に示し、経営者の責任として、これらを確実に実施することに尽きるのではないかと思います。
「目的と指針」は、なぜ新規事業を成功させなければならないのかを、正直に伝え、何をもって成功とするのかの基準を具体的に示すことです。一般論としての危機論を語っても、人の心には刺さりません。会社の現状、ビジネスの見通し、社会や経済の情勢をデータで示し、「だからやらなければならない」ことを訴えることです。そして、なぜこのメンバーが選定されたかを「優秀だから」という社交辞令的表現ではなく、本人の実績、志向、能力に個別に言及して、その役割への期待を明確に伝えることが必要です。
また、「3年後に10億円のビジネスを達成する」で終わらせるのではなく、その根拠や経営的な意義について具体的に説明し、メンバーの自覚と意欲を促すことが大切です。
「納期」は、最終納期だけを示すのではなく、最終納期に至るマイルストーンを具体的に定め、そのときに達成すべきKPIを示す必要があります。
そして、それが達成できたとき、または、できなかったときに如何なる評価を下すのかを明確に示しておくことも大切です。
「期限を決めず自由な発想なくして有効な新規事業は生まれない」という反論もあるでしょうが、悪貨は良貨を駆逐する現実をうまくコントロールするには、このような方法以外にないだろうと思っています。
ただ、その方法や手順、そして、役割分担は、メンバーの自主性にゆだねなくてはなりません。また、アイデアやシナリオに制約をかけるべきではありません。また、その取り組みの時間に対しては、時間外のボランティア活動ではなく、業務として認めることも忘れてはいけないでしょう。
なぜ「新規事業開発」をやらなければならないのか?
私は、SIビジネスの未来は暗いと真剣に危惧しています。その根拠は、ふたつあります。ひとつは、テクノロジーがこれまでの延長線上には進化せず、これまでの常識を大きく転換する潮流に勢いがつき始めているからです。ビッグデータや人工知能、IoTやモバイル、ソーシャルやロボティクスなどは、これまでのビジネスの延長線上にはないことです。そして、もうひとつは、我が国の生産年齢人口の減少とそれに伴う若者人口の減少です。
ITや受託開発の需要がなくなるなどと申し上げているわけではなく、人月積算や多重請負と言った、これまでのビジネスの方法論が成り立たなくなることが課題だと考えています。
今のルーチン化された日常業務が確立されたころの時代背景とは、大きく変わってしまいました。しかし、「これまでもやってきたことだから」というだけで、それを続けてゆくことが、どれほど危険であるかは、もはや言うまでもないことです。
「昔から同じような議論はされてきたけど、結局はこうやってなんとかなっています。だから、そんなに難しく考えることはないと思いますよ。」
このような反論も聞かれます。では、そうならなかったらどうしますか。これまでのやり方が未来永劫続いてくれたならは、それはラッキーと考えればいいのではないでしょうか。しかし、そんな楽観が通用しないことは、上記の理由を考えれてみれば明らかです。
このようなことに興味も関心も持たず、これまでやってきたことの慣性に押され「まだ何とかなる」と考えているとすれば、まさにその意識こそ、「計画のグレシャムの法則」に陥っている証拠と言えるでしょう。
大事を小事の犠牲にしてはならない
新入社員研修で新入社員達に必ず伝える言葉があります。
「ものごとの優先順位を決めるとき、『緊急』よりも『重要』を優先しなさい。」
スティーブン・R・コヴィーの「7つの習慣」の第3の習慣に書かれている言葉です。
「大事を小事の犠牲にしてはならない」
このゲーテの言葉にもあるように、この原則は歴史上の真理です。
果たして、みなさんの「新規事業開発」は、「計画のグレシャムの法則」に陥ってはいないでしょうか。改めて、問い直してみては如何でしょう。
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