「10人くらい来ましたよ。でも、結局話をしたのは3人、あとはうなずいているだけで、いったい、なにをしに来たんですかねぇ(苦笑)」
あるユーザー企業の情報システム部門長からこんな話を伺いました。
「今ホスティングしているシステム基盤を、クラウドに移行してゆこうと思っているんですよ。そのための手順や運用の方法について提案を求めたら、詳しく話を聞かしてくれということで、来てもらったんです。でも、ちょっと、びっくりしましたよ。椅子も足りなくなって、困りました(笑)」
「昔なら、まずは担当の営業とSEが二人で来て話を聞いてくれたものなんですけどね・・・。」
少し、寂しそうで、残念そうな顔をされていました。
この話を伺い、改めて「アカウント営業」の必要性に気付かされました。
米国であれば、担当する製品やサービスのスペシャリストが、個別に直接お客様と対応することは特別なことではありません。それは、ITエンジニアの7割りがユーザー企業に所属し、インテグレーションは、自らの仕事としているお国柄だからです。
一方、我が国はそれとは逆に、ITエンジニアの7割りがITベンダーに所属し、インテグレーションは彼等の役割です。そこに、「ご要望にあわせて、ベストな材料は提供しますので、インテグレーションはそちらでお願いします」というスタイルでは、お客様も困ってしまいます。だからこそ、それをとりまとめる「アカウント営業」が、我が国には必要なのです。
このところ「フルスタックエンジニア(full stack engineer)」という言葉をよく目にするようになりました。具体的には、「インフラからミドルウェア、モバイル、デザインまで、あるいは設計からプログラミング、デプロイまで、何でもこなせるエンジニア」と言うことだそうです(こちらに詳しく解説されています)。日本的に言い換えれば多能工ということになるのでしょうか。
「アジャイル開発やDevOpsなどの流れは、エンジニアが設計も、開発も、テストも、運用も行う多能工化を求める方向に進んでいます。もちろん各分野のエキスパートが不要になることはありませんが、フルスタックエンジニアはこの先、多くのエンジニアに当たり前のように求められるスキルになっていくのかもしれません。(こちらからの引用です)。」
運用が詳しい、Javaでプログラムが書ける、Oracle DBの専門家である・・・得意とする専門領域を持つことは、何も悪いことではありません。しかし、それだけしかできないとなれば、オフショアとの価格競争にさらされることになるでしょう。あるいは、自動化ツール、クラウド・サービスなどの代替手段にいずれは置き換えられてしまうかもしれません。我が国の給与水準を考えれば、オフショアと同じことをしていては、生き残れないことは明白です。
彼等と違いがあるとすれば、ユーザー企業の身近にいて、業務に接する機会があり、お客様と同じ日本語で話し、同じ慣習を理解できることでしょう。この違いを活かすためには、技術もわかり、お客様の業務も理解でき、対話や交渉ができることです。また、お客様のニーズを理解し、幅広い技術的知識で、広範にわたって適切なガイドや提案ができることです。多能工エンジニアになることは、エンジニアとしての存在感を高めることができる、ひとつのあり方となるでしょう。
営業も同様ではないかと思っています。自社の製品やサービスしか分からないようでは、日本のお客様にご満足頂くことはできません。テクノロジーについての広範な知識を持ち、自社と他社の位置づけや違いを客観的な視点で語ることができなければなりません。お客様の個別の経営や業務について自分の考えを示し、ITでお客様の価値を高めるための道筋を示し、経営者を説得できる力が必要です。
エンジニアを束ね、お客様に最適なチームを作り、その完成に対して最後まで面倒を見る、プロデューザーとしての役割が求められます。それこそ、フルスタック営業、あるいは、多能工営業と言えるかもしれません。アカウント営業とは、そういう存在なのだと思います。
もちろん、エンジニアであれ、営業であれ、決して、高い専門性を持つことに意味がないなどと言うつもりはありません。それを極めることもまたひとつのあり方だと思います。ただ、我が国のSIビジネスの最前線に求められるエンジニアや営業の多くは、多能工型ではないでしょうか。
ITビジネスのトレンドは、明らかに人月単価を積みますことをビジネス価値と考える従来型のSIビジネスを難しくしてゆくでしょう。そういう中で、お客様の相談に何でも応えられ、即座に対応できる機動力のあるチームは、何か必要があれば、まず相談される存在になります。ビジネス・チャンスを生みだす強力な武器になるはずです。
こういうことを書くと、「そんなこと、簡単にできませんよ」と思われる方もいらっしゃると思います。私も、その通りだと思います。だからこそ、そういう人材を育て、自らもそれを目指すことは、大きなやりがいになるのではないでしょうか。事実、そういう志を持ち、それをめざし、その役割を果たしている人たちを何人も存じ上げています。ただ、現実の問題として、営業については大いに心配しています。
エンジニアについては、アジャイルやDevOpsの認識の広がりと共に、個人も企業も、こういう多能工の価値が意識され始めているように思います。しかし、営業は、いまだ、工数を稼ぐために額に汗し、靴底を減らすこと、そして、ミスなく事務処理がこなせることが尊ばれる傾向にあります。上記に示したような多能工型アカウント営業としてのあるべき姿が描かれないままに、提案力や交渉力、ドキュメンテーション力といったテクニックを育てようとしても、所詮限界があるでしょう。
ビジネス・プロセスの革新や課題の解決の手段には、様々な選択肢が存在し、その組合せも多様化、複雑化しています。こういうときにこそ、活躍するのが本物の「アカウント営業」です。改めてこのテーマに真摯に向き合う必要があるように思います。
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今週のエントリー ・・・
- IoTプラットフォームの構造と新しいビジネスの可能性
- プライベートクラウドという過渡期の終焉
- クラウド普及の壁:SIerと情シスの“暗黙の”利害の一致
- Microsoft Azureの再販制度発表が迫るSIビジネスの変革
- データセンター・サービスとクラウドの関係
- クラウドでTCOが削減できる本当の理由
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
*6月5日出版しました。
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
工数で見積もりする一方で,納期と完成の責任を負わされるシステムインテグレーションの限界がかつてないほど叫ばれる今,システムインテグレーターはこれからどのように変わっていくべきか?そんなテーマで考えてみました。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/ LiBRA
「ITトレンドとクラウド・コンピューティング」を改訂しました。