「営業は終わった」

実際、終わりつつある営業はあります。しかしそれは、営業という仕事そのものではなく、営業という仕事のある部分です。どの部分が終わり、どの部分が残るのか。それを見きわめないまま不安だけを語っても、何も変わりません。

この文章では、まずAI以前から変わらない営業の本質を確認します。そのうえで、AIが前提となったいま、何が剥がれ落ちるのかを見ます。そして最後に、残るものを磨くために、個人と組織が何をすべきかを考えます。

変わらないもの ── 営業とは何をする仕事か

営業とは、お客様の「あるべき姿」を実現するプロデューサーです。

「あるべき姿」とは何でしょうか。それは、お客様が求めていることではありません。それは要望であり、現状の延長線上にあります。また、お客様の課題を解決した状態でもありません。それは現状の裏返しであり、やはり現状に縛られています。

あるべき姿とは、お客様の経営理念に照らし、置かれている状況と直面する課題を総合して描かれる、お客様にとっての理想の状態です。

ここで、もうひとつ言葉を分けておく必要があります。「あるべき姿」と「ありたい姿」です。

あるべき姿は、営業が描くものです。理念と状況と課題から導かれる、規範的な像です。ここに営業の見識のすべてを注ぎます。ただし、それはあくまでも仮説です。

ありたい姿は、お客様と合意するものです。営業が描いたあるべき姿をたたき台として議論を重ね、お客様自身が「そうありたい」と引き受けたときに、はじめて生まれます。これは論理ではなく、意志です。

営業の仕事は、この二つをつなぐことにあります。あるべき姿を描き、それを提示し、議論を通じてありたい姿へと至り、その実現を共に進め、支援する。ここに営業という仕事の理想像があります。

順序という規律

ここに、守らなければならない規律がひとつあります。

あるべき姿を描くときには、自社にできるかできないかを問いません。お客様にとっての最善とは何かだけを追求します。そのうえで、そこに至る道筋のなかに、自社の可能性を探ります。

この順序が逆になった瞬間、すべてが崩れます。自社の商材から逆算して描かれたあるべき姿は、提案書の顔をした作文にすぎません。お客様は、それを見抜きます。

そして、結果として自社よりも他社のほうがお客様の利益になるのであれば、それを勧めるのも営業です。その案件は取れません。しかし、信頼は確実に残ります。そういうお客様を多く持てば、数字に困ることはありません。

ただし、これは安易に負けを認めてよいということではありません。むしろ逆です。ここにこそ知恵を絞る。製品を知り、技術の動向を知り、市場を読み、そのうえで最善の解決策を描き、自分たちの可能性を最大限に探る。その努力を尽くしてなお他社に及ばないのであれば、それは仕方がない。この順序が大切です。

足元という順序

もうひとつ、実務上の順序があります。

お客様が提示する課題には、真摯に向き合わなければなりません。全力で解決の道筋を示す。それが先です。

お客様は、自らの置かれた立場や状況に縛られています。ですから、提示される課題が真の課題であるとはかぎりません。大所高所から見れば、それほど重要ではないこともあります。だからこそ営業は、総合的な視点からあるべき姿を思い描き、真の課題を突き詰めて提示する役割を担うのです。

しかし、そのことと、目の前の課題を軽んじることは、まったく別です。提言を聞いてもらえる立場は、目の前の課題に応えた実績によってしか得られません。

しかも、別立てで「では本題を」と切り出すのは得策ではありません。提示された課題への回答そのものに、あるべき姿の片鱗を織り込むのです。「ご指摘の課題はこう解けます。ただし、この解き方を選ぶと、その先でこうなります」──回答の射程が、そのまま提言を聞く価値の証明になります。

営業の人格は数字である

そして、営業の人格は数字です。

どのような環境にあっても、与えられた目標を達成できなければ、営業としての存在意義はありません。だからこそ徹底して考える。誰に会うべきか。競合は何を出してくるか。技術と市場はどこへ向かうか。お客様の喫緊の課題は何か。そのうえで、自社が勝てる物語を描き、それを実践する。この気概と行動力なくして、営業は務まりません。

ただし、この前提には条件があります。経営戦略と評価基準が一致していることです。

たとえば、事業戦略としてフロー型からストック型への転換を掲げながら、営業の評価基準は短期の売上と利益のままだとします。戦略と数字が食い違えば、営業は二重の基準のあいだで引き裂かれ、士気を失います。

制度は、経営の本音を映します。ストックを掲げながら短期の売上で測り続ける組織は、制度設計を誤っているというより、経営自身がその戦略に賭け切れていないのです。

戦略と数字が一致していれば、危機感を煽る必要も、精神論を掲げる必要もありません。営業は自律的に目標の達成へ動き、結果として戦略も遂行されます。

ここまでが、AI以前から変わらない部分です。これは技術の話ではなく、人と人との関係と、責任の所在についての話だからです。

AIが前提となって、何が剥がれ落ちるのか

では、何が変わったのでしょうか。

長いあいだ、営業の価値の多くは、情報の非対称性に支えられていました。製品の知識、他社の事例、業界の動向、技術の潮流。お客様が持っていない情報を持っていることが、会ってもらえる理由でした。

しかし、その情報はすべて「普遍」です。誰にでも共有でき、他者に移転でき、教科書に書ける。だからこそ、機械にも移せます。膨大な知識を横断し、整理し、比較する仕事において、AIはすでに並の営業を超えています。

ここから、順に剥がれ落ちていきます。

まず、御用聞きが消えます。仕様の定まった調達は、いずれ機械同士のやり取りになります。人間が伝票を運ぶ理由がありません。

次に、課題解決型の営業も安泰ではありません。課題が言語化されてさえいれば、解の探索はAIのほうが速く、広く、網羅的です。
そして、ここからが本題ですが、あるべき姿を描くことすら、かなりの程度までAIができます。理念と状況と課題を突き合わせて理想の像を構想する作業は、情報の網羅性と論理の整合性の勝負であり、これもまた普遍の領域だからです。

つまり、営業の仕事のうち、これまで最も知的だと思われてきた部分までが、機械に寄せられていきます。

では、何が残るのでしょうか。

残るもの ── 「個別」と「引き受け」

AIが極めるのは、どこまでいっても普遍です。移転できるものは、いつか機械に移せます。逆に言えば、移転できないものにこそ、人間の固有性が残ります。

移転できないもの。それが「個別」です。いま・ここの、この状況。この一回きりの局面。それを引き受けている、この私。同じ状況は二度と訪れず、他人にも機械にも代わってもらえません。

ここで、よくある反論を先に片づけておきます。「AIも一人ひとりに合わせて最適化するではないか」。確かにそうです。しかしそれは統計的な個別であり、細かく刻んだ普遍にすぎません。このセグメント、このパターンを精密に当てているだけであって、一度きりの状況をその身で生き、その結果を引き受ける個別ではないのです。

この区別を、営業の言葉に置き換えると、こうなります。

あるべき姿は、普遍の側にあります。 理念と状況と課題から導かれ、検証でき、他人にも書ける。だからこそ、AIと共に描くべきです。むしろこれからは、AIを使わずに描かれたあるべき姿は、質において劣ります。

ありたい姿は、個別の側にあります。 この経営者が、この状況で、自らの意志として引き受けるもの。ここは移転できません。

そして、意志には責任が伴います。

お客様が最後に買っているのは、判断の正しさではありません。間違えたときに、共に責任を負う相手がいるという状態です。どれほど優れた答えをAIが出しても、「AIが言ったから従っただけだ」という言い逃れは、社会では通用しません。これは能力の問題ではなく、立場の問題です。だからこそ、揺らぎません。

ここから、営業の役割を言い直すことができます。

営業が提供しているのは、答えでも解決策でもありません。お客様の意志が立ち上がる場です。お客様が自ら決める瞬間に立ち会い、その帰結を共に引き受ける。

プロデューサーという言葉は、ここで比喩ではなくなります。プロデューサーとは、座組みを組み、リスクを負い、結果に責任を持つ人のことだからです。そしてもうひとつ言えば、プロデューサーとは、他人の決断を育てる仕事でもあります。

では、何を磨くのか

以上を踏まえて、これから営業が磨くべき力を、五つ挙げます。

(1)何を大切にするかを決める力

AIとの付き合い方は、「問い」「答え」「引き受け」の三つに分けられます。真ん中の答えは、AIに任せてよい。人間の価値は、両端にあります。

ただし、入り口を「良い問いを立てる力」と言うだけでは足りません。問いの形そのものは、AIと一緒に磨けるからです。この種の状況で何を問うべきかということも、やはり普遍だからです。

移せないのは、問いの根のほうです。何を大切にするのか。なぜそれが自分にとって切実なのか。お客様にとって何が譲れないのか。ここを決めるのは人間です。そして、この根の質が、その先に生まれるすべての上限を決めます。

(2)AIに描かせ、そのうえで疑う力

AIの答えは流暢です。そして流暢さは、そこに引き受ける主体がいないという事実を覆い隠します。私たちは他人の内面を、その表現のなめらかさから推し量る習性を持っています。AIは、その習性を借りて、あたかも考えているかのように立ち現れます。

「一般論としては正しい。しかし、この相手、この場面では違う」──これを見抜けるのは、個別に立つ人間だけです。

そのためには、すべてではないにせよ、判断の分かれ目になるところについては、AIよりも深く知っていなければなりません。AIに描かせて終わりにする営業は、疑うための根拠を持ちません。

(3)合意を形成する力

これからの提案は、答えを説得する技術ではなく、お客様が自ら決められる場をつくる技術です。

あるべき姿は、仮説として提示します。ですから、否定されることを歓迎してよい。営業が責任を負うのは仮説の的中率ではなく、そこから起きる議論の質のほうです。当たったかどうかよりも、お客様が自らの言葉でありたい姿を語り始めたかどうかを見ます。

(4)引き受ける力

自分の名前で決めること。結果が出るまで離れないこと。自社が最善ではないときには、そう言うこと。

この力は、教わって身につくものではありません。自分が結果を引き受ける選択を重ね、その帰結を我が身で味わうことによってしか育ちません。うまくいけば手柄が自分のものになり、しくじれば痛みも自分に返ってくる。この手応えこそが、判断力を鍛える砥石です。

他人の出した答えを右から左へ流している人には、この砥石は当たりません。AIの答えをいくら大量に浴びても、判断する力は一ミリも育たないのです。

(5)体験を積む力

そして、これらすべての土台にあるのが体験です。

現場に足を運ぶ。自分で使ってみる。うまくいかない場面に立ち会う。喜びも痛みも悔しさも、自分の身で受け取る。身体を持つ人間だけが、一人称でしか得られない知を手にします。

AIが与えてくれるのは、受け身の情報です。それを体験と取り違えたとき、人は自分の土地を手放します。境界は原理として保たれても、使わなければ筋肉のように萎縮します。

組織がしなければならないこと

ここまでは、営業個人の話です。しかし、これを個人の心構えで終わらせれば、精神論になります。

決断と実行の勇気を伴った判断力は、結果を引き受ける経験の積み重ねでしか育ちません。ところが、その経験の入り口にあるのは、日々の小さな判断です。そして小さな判断こそ、AIが真っ先に肩代わりする領域です。

放っておけば、私たちはその供給源を断ちながら、それを要求することになります。

ですから、組織は意識して逆のことをしなければなりません。

若手に、早く決めさせること。小さくてよいので、結果が自分に跳ね返ってくる決定を渡すこと。そして、その失敗のコストを組織が吸収すること。

さらに、戦略と評価基準を一致させること。ストック型への転換を掲げながら短期の売上だけで測る組織は、営業に嘘をつけと言っているのと同じです。

「覚悟を持て」と言いながら、何ひとつ決めさせない組織は、知識ばかりの人を量産します。かつて安岡正篤が憂えたのは人の資質でしたが、いまの課題はむしろ、組織の構造のほうにあります。

やっぱり、営業は終わらない

営業は終わっていません。終わったのは、情報を運ぶ営業です。

これまで営業の仕事の大半を占めてきた普遍の作業──調べること、整理すること、比較すること、そして論理的に構想すること──は、AIに委ねられます。委ねるべきです。

そして、そのあとに残るのが、個別です。

お客様のあるべき姿を、自社の都合を交えずに描くこと。それをたたき台として、お客様のありたい姿を共に探り、合意すること。そして、その実現を、自分の名前で引き受けること。

これは、AIによって否定される営業像ではありません。むしろ、AIによって初めて純度を得る営業像です。なぜなら、これまで営業の日常を埋めていた普遍の作業が剥がれ落ちたあとに残るのは、この個別だけだからです。

普遍はAIに委ね、個別を引き受ける。

営業とは、お客様のあるべき姿を描き、ありたい姿を共に合意し、その実現を共に引き受けるプロデューサーです。この定義は、AI前提の時代になって新しく生まれたのではありません。ようやく、言い訳のきかない形で、剥き出しになったのです。

参考: 「個別」というAIの知性と人間の知性の分岐点

 

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B:あー、それやったら「AIの便利な使い方」の本やろ。プロンプトをコピペしたら文章が一瞬でできる、あの手のやつ。本屋に山積みになっとるがな。
A:それがな、著者が「これはAIの操作を教える本やない」てハッキリ言うてるらしいねん。
B:ほな便利ツール本と違うやんか。……ほな何やねん。
A:なんか、3億円の新規事業をゼロから創れ、ていうお題が出るらしいわ。
B:うわ、めちゃめちゃ難しそうやん。ほなあれや、横文字だらけの意識高いビジネス書やろ。最後まで読まれへんやつ。
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A:いや、著者は自分の原稿を100万文字ボツにして、7回書き直したらしいねん。
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A:その「潔く捨てる」いうのがAIの真価やて言うてはるわ。速う書けることやのうて、未練なく捨てられる自由やと。
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