先週は、新規事業を立ち上げる上でための7つのステップのうち、
1.ニーズを見極め、最適な手段は何かを決める
について考えました。今週は、2〜7について考えてゆきます。
- ニーズを見極め、最適な手段は何かを決める(先週)
- 「強み」を明らかにする
- 「中核的価値」を明らかにする
- 仮説を検証する
- 橋頭堡を築く
- 仕組みで売る
- KPIの達成を求めない
2.「強み」を明らかにする
「あるべき姿」を実現する上で、「自分たちにできて、他社にできないこと」が、「強み」です。例えば、次のようなものは「強み」にはなりません。
- 長年の現場経験がある。
- こんな機能がある、こんな性能がある。
- 絶対に諦めないことを信条としている。
それが事実だとしても、他社も同じことが言えるのであれば、それは強みとは言えません。また、自分たちの信条や感覚は、主観的評価であり、だれもが認める客観的な評価にはなりません。
「強み」とは、次のようなことです。
- 20年間、ECサイトの構築に特化し、プラットフォーム、デザイン、決済、カタログ制作などの一切の機能を提供でき、札幌、仙台、東京、大阪、福岡に直営オフラインショップを展開し、デモや顧客の反応を直接聞ける仕組みを持っている。
- この製品分野では、ソフトウェアとハードウェアを一社で開発できる体制を持ち、常に両者の最適な組合せを提供できる。
- 家電製品から産業機械に至る組み込みソフトウェアの開発では長年の実績を持つ弊社は、IoTを実現するためのデバイス用SDKとそのユーザー管理や認証などのバックエンドを支えるクラウド・サービスを一体で提供できる。
唯一の企業、あるいは、他社が参入するには時間が掛かりリスクもとらなければいけないような、「簡単にまねのできない状況」が、「強み」となります。ただし、それは「顧客価値を実現する」という目的において発揮されるものです。何ら役に立たない「強み」を主張しても意味はありません。これが明確になっていなければ、容易に競合他社に代替されてしまいます。
3.「中核的価値」を明らかにする
「自分の居場所のように感じてもらえれば、そこはお客様にとって、くつろぎの空間になります。ゆったりと、時にはスピーディーに、思い思いの時間を楽しんでもらいましょう。人とのふれあいを通じて。」
スターバックスが、ミッションとして掲げている言葉です。このミッションを実現するために、お客様が快適に過ごせるように、心地よいBGMを流し、テーブルや壁などのインテリア・デザインにも配慮しています。さらに無料で使えるWi-Fiや電源があるので、仕事に使えます。また、居心地の良い空間は、友人とのおしゃべりにも使え、一人で静かに本を読むことにも使えます。彼らは、このような空間をサードプレイス(第3の場所)と呼んでいます。ファースト・プレイスは家、セカンド・プレイスは職場や学校、そしてその二つの中間地点の場所が、サード・プレイスです。
サード・プレイスという概念は、社会学者のレイ・オールデンバーグ(Ray Oldenburg)の著書「The Great Good Place」にて提唱されています。
「都市には都市居住者にとって生活上欠かせない「二つの居場所」に加え、居心地の良い三番目の場所「サード・プレイス」が必要であり、「サード・プレイス」の在り方が都市の魅力を大きく左右する。生活上欠かせない「二つの居場所」とは、ファスト・プレイス(第一の居場所)である家、セカンド・プレイス(第二の居場所)である職場や学校である。「二つの居場所」の重要性は、全ての国・都市で十分に認識されており、整備も進んでいる。しかし、「サード・プレイス」の必要性とその在り方は国によって大きな差がある。アメリカの都市は西欧の歴史ある都市と比べると、この「サード・プレイス」が見劣りし、これこそアメリカの都市魅力の弱点である。フランスやイタリアの「カフェ」、イギリスの「パブ」は西欧の「サード・プレイス」の代表事例である。西欧のカフェやパブには、アメリカの飲食施設 には存在しない“ゆとり、活気、コミュニティ”があり、市民の多くがそこを「憩いと交流の場」、即ち「サード・プレイス」として毎日のように利用している。この「サード・プレイス」の概念を表すキーワードとしては「スロー」が相応しい。」
お客様は、このサード・プレイスという「中核的価値」に対価を払うのです。もちろんコーヒーがまずくてはいけません。美味しい軽食やスイーツを提供することも必要でしょう。しかし、コーヒーや食べ物は、サード・プレイスという「居心地の良さ」を演出するための手段に過ぎません。
お客様の「あるべき姿」を実現するために提供する商品やサービスが、お客様にとって対価を払うに値する「中核的価値」を提供しているでしょうか。改めて問い直してみると良いでしょう。
「これならば、是非お金を払ってでも使いたい」。そう思えるものになっているでしょうか。もしそうでないとすれば、改めて「あるべき姿」と「実現する手段」を見直す必要があります。そして、再び「強み」を再確認します。これを繰り返すことで、お客様に受け入れていただき、競合にも勝てる製品やサービスが明らかになってゆきます。
4.仮説を検証する
以上のような検討を重ね、競合にも勝てる魅力的な製品やサービスが明らかとなりました。しかし、この段階では、まだ仮説にすぎません。ならば、それが事実かどうかをユーザーに対して検証する必要があります。
検証には、「最小で最高のプロトタイプ」を使います。具体的なユーザーを絞り込み、彼らに最高の満足を提供できるであろう「現物」を作り、それを使って検証します。
資料を使ってプレゼンテーションし、アンケートに答えていだいたり、インタビューさせていただいたりでは、ユーザーの本当の評価は得られません。体験し、実感し、その価値に共感を持たなければ本当の評価は得られません。
また、対象となるユーザーを広く捉えてしまうと、いろいろな機能を実装しなければなりません。そのために時間もコストも掛かってしまいます。それよりも「現物」を手早く作り、絞り込んだユーザーに使ってもらい実感に基づくフィードバックをもらった方が賢明です。そして、そのフィードバックを元に完成度を上げてゆきます。このサイクルを繰り返して、さらに完成度を高めとゆくといいでしょう。
5.橋頭堡を築く
ここからは、具体的なイメージを持っていだくために、クラウドでサービス・ビジネスを展開することを例にして、考えてゆくことにします。
プロトタイプでの検証を踏まえ、限られたユーザーを対象とした「本当に使われ、利用者に実感として価値を享受できるもの」に絞り込んで、それだけを作り、サービスを提供します。まずはそこでのナンバーワンをめざすことです。それを橋頭堡に「本当に使われ、ビジネス価値を実感してもらえる」機能を順次追加拡張し、利用者のロイヤリティを高め、その裾野を拡げてゆきます。
「たぶんこんな機能が必要だろう」を洗い出し、全てを満たそうとするのではなく、使う人を絞り込み、その人に「本当に使われ、ビジネス価値を実感してもらえる」ことだけに機能を絞り込みます。そして、必要とあれば直ちに変更し、そのお客様の満足を追求します。
最初から全員に65点のサービスを提供するのではなく、まずは一人に95点を提供するという価値観を持つことが大切です。そのためには、「全部作らない、その代わりに変更への柔軟性を担保し、求める機能や品質を徹底して作り込む」やり方が必要となります。これはアジャイル開発の思想です。
また、「変更すれば即座に本番に反映し、ユーザーにメリットを直ちに提供する」開発と運用の関係、すなわちDevOpsの実践が必要となります。
サービス・ビジネスは、本番運用と開発が、同時並行で行われます。この両者を分けることはできません。ですから、このようなやり方を前提としなければ、ならないのです。
どんなサービスを提供するかといった視点だけではなく、どのように開発し運用するかも含めた全体に取り組まなければ、「新しいサービス」を実現することはできません。
6.仕組みで売る
例え機能が少なくても、従来のように営業がひとつひとつ交渉して、案件をまとめあげるやり方では、このような限られた顧客層では、ビジネスのボリュームを稼げません。しかし、クラウドならではの「売り方」をすればいいのです。
対象とするユーザーの割合は少なくても、クラウドなら母集団が膨大になります。そのため対象となるお客様の絶対数は桁違いに大きくなります。そう考えれば、例え対象となるユーザー・セグメントが限られていても、そのボリュームは、大きくなります。
このユーザー・セグメントにアプローチするためには、従来のように営業が個別に売ってくることを前提にするのではなく、マーケティングを重視し、「仕組みで売る」という視点が必要となります。当然、開発者は、「売り方」をも想定したシステムの実装が必要となるでしょう。
7.KPIの達成を求めない
新規事業は、何を成功と見做すかを予め決めることができません。「これはいける」とはじめても、うまくいかないことばかりです。特にそれがこれまでに無い新しいビジネス・モデルであるとすればなおさらです。
SI事業者が、これまで手がけてきたビジネスの多くは、既存業務の改善でした。コストを何割削減する、あるいは、できなかったことをできるようにするというように、前提となる基準があるのでKPI(Key Performance Indicators: 重要業績評価指標)を設定できました。しかし、これまでにない新しいビジネスはそれがないのでKPIを定めることはできません。試行錯誤を繰り返し、KPIそのものを探しながらすすめてゆくようなものです。
「3年後に10億円のビジネスをめざして欲しい。」
新規事業プロジェクトへの社長のこのような「期待の言葉」は、現場の発想を硬直化させ、多くの発想がこの基準でフィルタリングされ排除されてしまいます。それよりも、「将来、数千億円のビジネスになり、今の仕事を全て辞めてもいいくらいなビジネスをめざして欲しい。」と言って欲しいものです。大きな視野に立ち、世の中を変えることをめざして何かを取り組めば、例え失敗しても、規模はそこそこであっても次につながる新しい何かが残るはずです。
ビジネスにとっての成功は、売上や利益の向上です。しかし、新規事業は、時にしてそれを実現するために、まず新しい市場やユーザーの価値観を創造しなければなりません。それは「何か」を見つけることと「3年後に10億円のビジネス」をはじめから結びつけて考えることには、無理があるのです。
その「何か」を見つけ、一定の収益が上がる見通しが立った後は、「3年後に10億円」というKPIは、有効に機能するでしょう。しかし、それ以前は、有望なアイデアを排除し、やる気をなくさせる言葉にしかならないことを心にとどめておく必要があります。
また、「新規事業タスク・チーム」というボランティア・サークルもうまくいかない典型です。本業を抱えたメンバーが、リソースも与えられずに自助努力を強いられるだけでは、成果をあげることはできません。自身の業績が本業で評価されるのであれば、苦労してもなかなか成果の上がらない「新規事業タスク・チーム」の仕事が、ないがしろにされるのは仕方のないことです。本業が忙しいという正当な言い訳で、チームへ参加できない(あるいは、したくない)人が増えてゆき、いずれは消滅してしまうといったことは、よく聞く話です。
最初から全員を専任にすることは難しいかもしれませんが、誰かが専任となり、自らの責任をしっかりと自覚して、覚悟して取りかからなければ、100年を費やしても何も生まれないでしょう。そして、少しでも早い段階で、何らかの収益を出して、専任者を徐々に増やしてゆくのが現実的ではないでしょうか。
先週、今週と紹介したこのやり方が、唯一の正解とは言えませんが、実践の上での何かヒントを見つけて頂ければと願っています。
さて、来週は、こういう取り組みを行う上で陥りやすい問題を考えてみます。
・・・来週に続く
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◆ テクノロジー編(367ページ)前回より+60ページ
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン