先週に引き続き「第3象限:クラウド・プロフェッショナル戦略」と、「第4象限:インフラ提供戦略」について考えます。
第3象限:クラウド・プロフェッショナル戦略
「インフラ+専門特化」の戦略です。クラウドを利用するためには、これまでのオンプレミスのノウハウだけでは不十分です。クラウドに専門特化し、お客様のクラウドの高度利用を支援します。
クラウド・コンサルティング
クラウド・サービスの普及と共に、クラウドの利用を積極的に考えている企業や組織は、年々増加しています。ただ、導入に際しては、最適なクラウド・サービスの選択や組合せ、移行の容易性や既存システムとの連携、カスタマイズの自由度や自社のコンプライアンスに適合した運用管理基準の適用など、様々な課題を解決し、最適なクラウド環境を構築することが求められます。そんなクラウド利用に関わるアドバイスとシステム企画・設計を支援するシナリオです。
クラウド・コンサルティングを「クラウド・システム・コンサルティング」と「クラウド・ビジネス・コンサルティング」に分けて考えてみるとわかりやすいかもしれません。
クラウド・システム・コンサルティング
何らかのアプリケーション・システムをクラウドで構築する、あるいは、既存のオンプレミス・システムをクラウドへ移行するといった、クラウド・サービスを利用するにあたってのコンサルティング・サービスです。
例えば、現行システムがオンプレミスで稼働し、その資産と経費を削減するためにクラウドへ移行したいと考えているお客様がいたとします。このような場合、既存システムをそのままクラウド・サービスに移行しても、クラウド固有の優れた機能や様々なメリットが享受できないばかりか、パフォーマンスの劣化、利用料金の高止まり、新たな運用負担など、むしろデメリットが大きくなる可能性もあります。このような事態を招かないためには、全てをそのまま右から左へ移し替えることは、賢明ではありません。
- 電子メールやワークフロー、経費精算やファイル・サーバーといった汎用性の高いアプリケーションは、SaaSへの移行を進める。
- その他の業務アプリケーションも可能な範囲で、SaaSやPaaSの組合せに移行する。
- クラウド・サービスの提供する機能や課金方法を考慮し、クラウド・サービスに最適化されたシステム機能に修正する。
など、できるだけ「そのまま移行しない」ための取り組みがまずは必要になります。このような取り組みには、次のようなことに対処しなくてはなりません。
- 業務プロセスや予算の組み方の見直しや変更
- リース更改のタイミングや既存システム間の依存関係などを考慮した、移行計画の策定
- お客様の業務内容を踏まえた最適なクラウド・サービスの選択や組合せ(マルチ・クラウド)、コンプライアンスやレイテンシ(遅延時間)などの理由からオンプレミスに残さなければならない独自システムとの連携(ハイブリッド・クラウド)などへの対応方法
そのためにオンプレミスとクラウドとの違い、クラウド・サービスについての幅広い見識などが、必要とされます。
クラウド・ビジネス・コンサルティング
効率化やコスト削減の手段から新規事業の創出や事業の付加価値向上・差別化手段として、IT活用への期待が高まっています。特にビジネス・スピードの加速や不確実性の増大により、新規事業や新規サービスの迅速な立ち上げへの期待は、高まっています。そこでクラウドの特性を活かし、事業を企画し、ビジネス・プロセスの設計、さらには、クラウドをうまく使ってゆくためのスキルの習得や体制の整備まで踏み込んで支援するコンサルティング・サービスです。
先に紹介した「クラウド・システム・コンサルティング」と組み合わせ、クラウド・サービスの選定や構築方法まで含めた包括的なコンサルティング・サービスを提供すれば、高い競争力を持つことができます。
このようなサービスを提供するには、クラウド・システムやクラウド・ビジネスについての広範な見識に加え、次のような能力が求められます。
- 経営や事業についてのプランニング能力
- プロジェクトをとりまとめてゆくファシリテーション能力
- 市場ニーズの分析や把握と事業を市場に受け入れさせるためのシナリオを描けるマーケティング能力など、広範なコンサルティング能力
クラウド・インフラ構築
お客様個別専用のITインフラを、クラウド・サービスを活かして構築するシナリオです。「プライベート・クラウド構築」と「オフィス・インフラ構築」の2つに分けて考えてみましょう。
プライベート・クラウド構築
オンプレミス・プライベート・クラウド、ホステッド・プライベート・クラウド、バーチャル・プライベート・クラウドの3つの選択があります。
オンプレミス・プライベート・クラウド
お客様自身がシステム資源を保有し、そこにクラウド環境を構築、運用するものです。お客様独自の運用管理基準の適用、データやシステムの物理的所在などを求められるシステムには適しています。但し、設備やシステム資源に高額の投資が必要であること、インフラの運用に、お客様自身の負担が発生します。
ホステッド・プライベート・クラウド
サービス事業者が、システム資源と設備を貸し出し、その上にお客様専用のクラウド環境を構築するものです。お客様は、インフラ資産をもたず、初期投資も必要とせず利用をはじめられます。また、インフラの運用・管理も事業者に任せられるので運用負担を軽減できます。さらに、お客様独自の運用管理基準の適用、データやシステムの物理的所在なども可能です。ただし、構築に当たっては、オンプレミスほどではありませんが、インフラの運用に、お客様自身の負担が発生すること、および、提供されるシステム資源の仕様の自由度が小さいなどの課題があります。
バーチャル・プライベート・クラウド
本来多くのユーザー企業で共有するパブリック・クラウドのインフラ資産の一部をお客様企業に個別専用に割り当て、使用してもらうサービスです。専用線でのアクセスや高度な運用管理サービスの適用も当たり前となりセキュリティも担保されるようになりました。また。利用料金も3つの選択肢の中では、最も安く利用できます。但し、クラウド事業者が提供する運用管理基準に合わせなければならないこと、また、データやシステムの物理的所在が明確されない場合もあり、コンプライアンス上の理由から適用できないケースも考えられます。
いずれにしても、プライベート・クラウドの需要は、パブリック・クラウドが普及しても当面は維持されるでしょう。特に日本の大手企業は、既に膨大な独自システムを抱えており、それぞれのサービス仕様に合わせることを求められるパブリック・クラウドへの移行は、容易ではありません。このような需要に応えるビジネスです。
オフィス・インフラ構築
2020年、モバイル・ネットワークの通信速度は、最大で10Gb、通信環境が悪い場合でも100Mbを確保できる5G(第5世代)通信が実用化しているでしょう。セキュリティも強化され、応答時間に影響する遅延時間も大幅に短縮されます。現在の通信規格である4G(第4世代)の通信速度は、最大で100Mb、その100倍の通信速度が実現しています。企業内のネットワークと遜色のない使い勝手を手に入れることができます。
企業は、クラウド上に自社専用のサーバーや仮想データセンターを持ち、業務で使うアプリーションは、そこで稼働します。ユーザーは、クライアント・デバイスから、5Gネットワークを介して、クラウドにアクセスします。クラウドには、自分のパーソナル・デスクトップやデータ・スペースが置かれ、クライアント・デバイスは、それにアクセスするための通信機能と表示や入出力装置としての役割を果たします。
ノートPC型やタブレット型、スマートフォン型など、使う場所や目的に応じて、使い分けることになるでしょう。そこにプログラムやデータを保管することはなく、クラウド上に置かれます。クラウド上のパーソナル・デスクトップは、他の様々なクラウド・サービスと連動し、多様なサービスと膨大なデータを駆使した仕事の進め方が当たり前となっています。
クライアント・デバイスは、ペンやノートと同じように、自分の嗜好に合わせたものを個人で所有することが当たり前になるかもしれません。それは、ワークスタイルやライフスタイルの多様化がすすむためです。
5G通信を介してやクラウド上のサービスを快適に使えるようになれば、自宅や外出先でもオフィスと遜色なく仕事ができるようになります。また、高速なネットワークを介して「Web会議」サービスを使えば、打ち合わせも容易です。
こうなると、企業内のオフィス・インフラは、必要ありません。
また、社内ネットワークも自社で設備を持つことなく実現できる時代になりました。例えば、KDDIのWVS2(Wide Area Virtual Switch 2)やIIJのOmnibusサービスでは、SDN(Software Defined Network)やNFV(Network Function Virtualization)といわれる技術を使い、様々なネットワーク機器の機能をクラウド上でソフトウェアによって実現し、必要な時に必要な機能だけを設定だけで利用できます。
このような時代になれば、自社ネットワーク、自社所有のサーバーやストレージは、資産を増やし運用管理負担をもたらすやっかいな存在となっているかもしれません。
このようなクラウドで提供される機能を活かしてお客様個別のITインフラを構築する需要は、今後とも拡大するでしょう。ただ、機器の販売を伴わないために短期の売上を期待することはできません。しかし、後ほど紹介する「クラウド運用」と組み合わせることで、継続的なストック・ビジネスを期待することができます。
これら2つのビジネスを実行するためには、様々なクラウド・サービスやテクノロジー、ネットワークやインフラの構築についての高度な知識や経験が、必要となります。
クラウド運用管理
今後、パブリック・クラウドは、AWS、Microsoft Azure、Google Cloud Platform、IBM SofttLayer、SalesForce.comといった大手クラウド事業者への寡占がすすむものと考えられます。そして、その多くが米国のサービスです。これらサービスは、原則として、ユーザーが自身で運用管理するセルフサービス型です。このようなサービスが、米国で受け入れられるのは、ITエンジニアの7割がユーザー企業に属し、システムの構築や運用管理を自分たちで行う体制を持っているからです。一方、我が国は、7割がSI事業者やITベンダーに所属しています。そのため、システムの構築や運用管理は、彼らにアウトソーシングされているケースが、少なくありません。
インフラ資源のコストパフォーマンスの高さから、セルフサービス型のクラウド・サービスを選択する企業は、今後益々増えると予想されますが、一方で、運用管理要員は、やはりアウトソーシングするユーザー企業は少なくないと考えられます。そこで、クラウド・システムの運用管理に関わるスキルや人材の不足を肩代わりし、その需要に応えようというシナリオです。
この需要に応えるためには、それぞれのクラウド・サービス固有の特性を熟知しておく必要があります。それが難しい場合には、特定のクラウド・サービスに専門特化してノウハウを蓄積することも考えられます。例えば、野村総研やアイレットなどは、AWSに特化しシステムインテグレーションや運用管理のサービスを提供しています。
ただ、運用管理機能の自動化や自律化は、今後益々すすむことが予想され、ここで工数を稼ぐことは、難しくなります。むしろ、運用管理機能の自動化や自律化のためのサービスを充実させ、その環境構築やサーポート・サービスを提供することで、ビジネスをスケールさせることを目指すべきかもしれません。例えば、クラウドワークスのCloud Automatorは、AWSの運用に欠かせないバックアップ、インスタンスの起動/停止など、様々なオペレーションを自動化するサービスとして提供されています。
ただ、ビジネスの規模を拡大させるためには、先に紹介した「クラウド・コンサルティング」や「クラウド・インフラ構築」を組合せ、包括的なITアウトソーシング・サービスを提供するシナリオも考えるべきでしょう。
例えば、新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)が提供するNSFITOS(エヌエス フィットス:NS Framework-based IT Outsourcing Service)は、「(1)IT業務のアウトソーシングだけでなく、ミッションクリティカル・クラウド化(基盤統合)とセキュアなDCファシリティへの移行もセットで包括的に提供。(2)ノンコア業務(IT運用・保守、IT導入など)だけでなく、コア業務(IT戦略、IT企画、人的資源管理など)も含めて、お客様のIT業務を包括的に支援。(3)ITアウトソーシング実行期間だけでなく、IT業務ビジョン策定やIT業務リエンジニアリングなど準備期間も対象として、包括的なサービスメニューとして確立。」掲げ、それぞれのユーザー企業が持つ既存の運用標準を踏襲し、個別最適化されたシステム基盤をアウトソーシングとして受託するサービスを展開し、ビジネス規模の拡大を目指しています。
ユーザー企業は、このサービスを利用することで、システム資産を手放し経費化することができます。また、独自のクラウド・システム構築技術を活かし、かつ、運用管理業務を複数企業で集約することにより、ユーザー企業が独自に構築、運用するよりも必要な経費を削減することができます。また、NSSOLもSIとして自社で受託開発したアプリケーションの実行基盤として提供することで、会社全体としてのシナジーを活かし、開発によるフロー・ビジネスだけではなく、長期継続的なフロー・ビジネスへと、お客様を囲い込み、ビジネスを拡げてゆくことができます。
第4象限:インフラ提供戦略
「インフラ+スピード」の戦略です。この戦略には、Office365やSaleforce.com/Force.comといった汎用型のSaaSやPaaS、また、AWSやIBM Soft LayerといったIaaS、さらに、データセンター事業も含まれます。
このようなサービスは、「規模の経済」が威力を発揮する領域です。そのため従来型SIビジネスを主な事業としている企業にとって、資金力のある大手サービス・プロバイダーと競争することは、容易なことではないと考えるべきでしょう。SI事業者の中には、既に独自の設備でデータセンター事業を行っているところもありますが、こちらについては、上記の理由から、今後需要が減少することを覚悟しなくてはなりません。
ただ、社内的なレギュレーションやコンプライアンス上の理由から、クラウド・ネイティブに躊躇する企業もあり、物理的、地理的にデータの所在や運用実態を把握できなければ心配だという需要は、当面はなくなることはありません。そのような需要を満たすためのデータセンター事業は、継続するものと考えられます。継続できる条件としては、都市型または鉄道の幹線や空港に隣接し交通至便であること、エネルギーコストが低く災害強度に優れていることなどが条件となります。ビットアイルやキャノンITソリューションズ、NTTコミュニケーションズなどは、この点を遡及しています。また、これに加え、先に紹介したNSSOLのように、オンプレミスのシステム基盤を、運用も含めたフルアウトソーシングとして受託、さらにはSIで受託開発したアプリケーションの受け皿としての価値も遡及し、データセンター需要の拡大を自ら図っているところもあります。
ただ、この領域は、SI事業者が、ポストSIビジネスとして、今後参入するのは容易ではないことから、本書の解説からは、省かせていだきます。
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4回にわたりポストSIビジネスの戦略とシナリオについて整理をしてきました。ご参考になりましたでしょうか。
初回でも申し上げましたが、ここに描いた戦略やシナリオが全てではありません。また、そのまま使えるとは限りません。ただ、自らの戦略やシナリオを考える上での、材料にして頂ければ幸いです。
募集開始!ITソリューション塾【第20期】・10月開催
いよいよ、今年最後のITソリューション塾・東京を開催いたします。
- 期間 初回2015年10月6日(火)〜最終回12月10日(木) 18:30〜20:30
- 回数 全10回
- 定員 60名
- 場所 アシスト本社/東京・市ヶ谷
- 参加費用
- 9万円(+消費税)
- 全期間の参加費と資料・教材を含む
「最新のITトレンドとビジネス戦略を最新版に更新しました。
テクノロジー編【2015年8月版】(292ページ)
*新規ページを18ページを追加し、全292ページとなりました。
*最新の解説文を25ページ追加した。
・新たにERPの章を設け、18ページのプレゼンテーションを追加
・IoTおよびITインフラ(仮想化とSDI)に関するプレゼンテーションを一部改訂し、解説文を追加
・アナリティクスに関するプレゼンテーションを改訂し、解説文を追加
新入社員研修でご採用頂いています
「情報と処理の基礎は教えているが、クラウドやIoT、
ビッグデータは教えていません。」
そんなことで新人達が現場で戸惑いませんか?
平易な解説文と講義に使えるパワーポイントをセットにしてご利用
「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン