「新しいテクノロジーや開発手法を駆使し、従来型の工数積算にこだわらず、収益構造にも工夫したビジネス・モデル」
前々回のブログで、「ポストSIビジネス」をこのように定義してみました。ただし、従来型SIビジネスの継続は、これに含みません。また、規模の経済が威力を発揮するIaaSや汎用型PaaSビジネスについては、従来型SIビジネスを主な事業としている企業にとって、資金力のある大手サービス・プロバイダーと容易には太刀打ちができないため、これも除外しました。
ここでは、従来型SIビジネスでの経験や人材を活かすことができ、事業規模が大きくない企業でもチャレンジ可能なビジネスを「ポストSIビジネス」とし、そのシナリオを考えてゆくことにします。
「アプリケーション」志向か「インフラ」志向か、あるいは、「専門特化」志向か「スピード」志向か。これら2つの軸で、ポストSIビジネスを4つの戦略、9つのシナリオに整理してみました。なお、各シナリオは、単独でも機能しますが、複数組み合わせて付加価値を高めることも考えられます。いずれにしろ、自社の現状に照らし合わせながら、「顧客価値×差別化」を最大化できるシナリオを考えるきっかけとしてください。
但し、「規模の経済」が、競争力を決定する第4象限「インフラ提供戦略」は、既存のSI事業の延長で対応することは困難と考えることから、詳細な解説は、省かせて頂きます。
今週のブログでは、まず、第1象限「ビジネス同期化戦略」について整理してみます。
第1象限:ビジネス同期化戦略
「アプリケーション+スピード」の戦略です。ITがビジネスの競争優位を創る武器として使われるとき、システム開発は、加速するビジネス・スピードに即応できなくてはなりません。このニーズに応えようというものです。
内製化支援
ユーザー企業が、自らアプリケーション開発ができるように支援するシナリオです。
加速するビジネス・スピードに即応するためには、業務の現場に近いユーザー企業自らが、アプリケーションを開発できるスキルと体制を持つことが、有効な対策となります。ここでは、誰を対象とするかによって2つのシナリオを考えることができます。
「情報システム部門」へのシナリオ
長年にわたってアプリケーション開発をアウトソーシングしてきた情報システム部門が、自らアプリケーションを開発しようとしても、そのスキルや体制はありません。しかし、アプリケーションの開発ニーズが、生産性の向上やコスト削減などの「守りのIT」から、ビジネス・プロセスの変革やITを武器にした事業の差別化などの「攻めのIT」へとシフトする中、加速するビジネス・スピードに即応できるかどうかは、情報システム部門の存在意義を問われているのも同じ意味を持つことになります。
そういう情報システム部門に、ITマネージメントを徹底させ、内製とアウトソーシングの判断基準を明らかにすること、そして、内製で対応すべきことには、自らが担える力を持たせることが、このシナリオのポイントです。
「ITマネージメント」とは、経営に貢献するためのITとは何かを追求し、それを企画・計画して、その結果を適切に評価できる基準を持つことです。
例えば、ITベンダーは、クラウドやビッグデータ、IoTなど、様々なキーワードを繰り出して、ユーザー企業への売り込みを仕掛けてきます。しかし、どれほどすばらしいコンセプトや機能であったとしても、ユーザー企業の経営に貢献できなかったり、法外な金額がかかったりするようであっては、意味がありません。そこを見極め、使えるところはしっかりと取り込み、最適な企画や計画に仕立てなくてはなりません。
また、情報システム部門の位置付けや役割についての経営層や事業部門の認識、IT活用についての成熟度、それに対応した情報システム部門のスキルや体制によって、何をアウトソーシングするが異なってきます。その基準を持たないままに、その場の刹那的なコストや労働力の過不足だけで、内製かアウトソーシングを判断するのは、後々大きな禍根を残すことになります。
他にも、社内のハードウェア資産やソフトウェア資産を把握し、それを適切に活かすことや、経営に資するIT人材の育成をどうするかと言った取り組みも必要です。このような一連の取り組みが、「ITマネージメント」です。
しかし、このようなことが十分にできているユーザー企業は、それほど多くはありません。特に1990年代、企画能力を強化し、間接要員の削減と開発コストの低減を目指して開発や運用の要員をシステム子会社として切り離し、社内にシステム企画部門だけを残したところでは、その役割を十分果たせずに苦労しているところも少なくないようです。
その理由として、「ITマネージメント」が十分に検討されず、お互いの役割が何かを明確にしないままに分離してしまったこと、システム企画部門に留まった人材のアプリケーション開発経験が乏しく経営や業務の現場を十分に理解していなかったこと、開発や運用の実践から遠ざかることでコストの積算や開発の方法論について経験に基づく判断ができなくなってしまったことなどが考えられます。
また、自らの役割を「守りのIT」と規定し、「攻めのIT」にまで拡げて考えることができない情報システム部門も決して少なくはありません。当然、経営者や事業部門も情報システム部門に「攻めのIT」を期待することはなく、投資の対象としてではなく、コストの対象として、その削減を求めるといった悪循環が、生まれています。
このような企業の情報システム部門に、自らの役割を再定義させ、ITマネージメントの機能を持たせること、そして、必要な範囲で内製能力を持たせることが、このシナリオの狙いでもあります。
グローバル化やビジネス・スピードの加速に伴い、経営環境の不透明感は、これまでにも増して高まっています。この状況に対応すべく経営改革を模索する企業も少なくありません。そういうタイミングこそ、旧態依然とした情報システムを改革し、合わせて情報システム部門を改革する好機です。情報システム部門とともに、CIOや経営トップに積極に働きかけることが、このシナリオを推進する決め手となります。
情報システム戦略策定や業務プロセスの標準化に貢献すること、指導的人材の育成、内製のためのツールや環境の整備などに貢献することが、具体的な取り組みとなります。
これらにより情報システム部門の存在価値が高まり、ITをコストから投資へと意識の変化を促すことができれば、ビジネス・チャンスは拡大します。また、内製能力を高めることは、外注への依存度を全体として減らすことにはなりますが、全てを内製化できるわけではありません。むしろ、内製化を支援することで情報システム部門に新たな価値を提供し、密接な信頼関係を築ければ、他社は切り捨てられることはあっても、自社の需要は増えることが期待できます。また、ビジネスの主導権を握り、他社と比べてお客様との交渉を優位にすすめることを可能にします。その受け皿は、必ずしも従来型SIビジネスだけではなく、後ほど紹介する様々なポストSIビジネスをも受け皿にすることで、さらにビジネス・チャンスを拡大できるはずです。
「事業部門」へのシナリオ
自らの役割を「守りのIT」と規定し、頑なに変えようとしない情報システム部門であれば、上記のようなアプローチは、困難です。ITによる生産性向上とコスト削減が一巡してしまったいま、ここに新たな予算が付くことはありません。むしろ、コストとしてIT予算を削減したいという経営者からの圧力が、かかってくることになります。このような情報システム部門を相手にするのではなく、ITを武器として、自らの事業の競争優位を実現したいと考える事業部門を直接の顧客として取り込むシナリオです。
ビジネス上の競争優位を築くためには、他社にない商品やサービスの魅力を作ることです。その魅力を引き出すためにITを活用しようという事業部門は、ITをコストとしてではなく、投資として捉えます。そこに貢献することです。
ITの専門家として、新たな事業のビジネス・モデルを描くことから係わり、その構築から運用を全て巻き取ってしまうアプローチが、理想と言えるでしょう。情報システム部門と違い、かける費用は投資対効果で判断され、工数積算による見積は受け入れられません。従って、予め工数と納期を決めて、その範囲においてビジネスの優先順位に沿って、本当にビジネス上の価値を生みだす機能だけを高品質で仕上げてゆくアジャイル開発が有効です。また、アジャイル開発であれば、変更への即応も可能であり、ビジネスの先行きが見通せない新規事業では、それ以外の選択肢は難しいかもしれません。
また、事業部門が求めているものは、アプリケーション・システムではなく、その結果として提供されるアプリケーション・サービスです。そのためには、短時間で開発でき、変更にも即応しやすい超高速開発ツールや、アプリケーションをサービスとして提供するSaaS、開発や実行環境を提供するPaaSなどのクラウド・サービスを積極的に活用することを前提に考える必要があるでしょう。また、事業成果に連動することから、いつ運用を辞めてしまうかわかりません。そのためにも、従量課金型のクラウドを使いリスクを低減することが、現実的な選択となります。さらに、事業部門は、ITの専門的スキルを持たない場合が一般的ですから、運用管理業務は、マネージド・サービスとしてアウトソーシングされる可能性が高く、ストック・ビジネスとして、継続的な収益を期待できます。また、リース更改のないクラウド・サービスであれば、置き換えられるきっかけが生まれることはなく、お客様の事業が継続する限り、安定した収益を確保できる可能性が高まります。
シチズン・デベロッパー支援
ユーザーが、自ら業務に必要なアプリケーションを開発する「シチズン・デベロッパー(一般人開発者)」が拡大しつつあることは、以前も申し上げたとおりです。
このようなシチズン・デベロッパーを支援するツールとして、グラフィカルな操作画面を使って直感的にアプリケーションを開発できるクラウド・サービスや業務要件を記述してゆくことでアプリケーション・プログラムを生成してくれるツールが登場しています。また、Excelのマクロを使い帳票を管理するシステムを作成したり、電子メールのフィルター機能を駆使して自分の業務環境を最適化したりと、独自の工夫を凝らしているユーザーも少なくありません。
ただ、このようなツールを使いこなすには、最初の学習と経験の蓄積が欠かせません。そこで、これらツールを使ったアプリケーション開発を受託し、同時にシチズン・デベロッパーであるユーザーにスキルを習得して頂こうというのが、このシナリオです。
新たな業務ニーズに即応しなければならない場合、従来型の開発に頼る情報システム部門に依頼しても時間が掛かりすぎるとの懸念は、少なくありません。
このような需要に、高い開発生産性を誇るツールを駆使して、短期間でアプリケーションを開発しようというものです。
この場合は、精緻に要件を洗い出し仕様を固めると言うよりも、ユーザーと直接相対しながら、ツールを使ってその場で開発し、「現物」のシステムで直接確認をとりながら、開発してゆくといったアプローチが考えられます。あるいは、「現物」で確認をとった後、持ち帰ってブラッシュアップし完成度を上げるというやり方もあります。また、クラウド型ツールを使えば、ユーザーと開発者が離れていてもオンラインで「現物」を確認しながら開発ができますので、仕様の確認が確実に行えます。
現場の業務は、ユーザー自身が最も詳しいわけですから、開発そのものに直接関わっていただけば、仕様の齟齬が生じることはありません。しかし、システムの機能が十分であるか、あるいは、使い勝手が良いかどうかは、本番運用で使ってみなければ、分かりません。そこで、最初の開発で100点満点の完成度を目指すのではなく、「これがなくては使えない」というレベルのシステムをまずは開発し、本番で使って頂きながら徐々に完成度を上げてゆくことが現実的なアプローチと言えるでしょう。
この最初の開発にユーザーに関わっていただき、ツールの使い方を習得していただきます。そして、本番からのフィードバックをうけて、ユーザー自身が、自ら習得したスキルを使ってシステムを改修し、完成度を高めてゆきます。
ただ、新たなシステムの開発、より高度なニーズへの対応となると、ユーザー自身では、対応できないこともあります。そのようなときの受け皿として再び同じやり方で対応することで、リピートを期待することができます。
ただ、このようなツールによる開発は、極めて生産性が高く工数を膨らませることはできません。そこで、次のような対応により、ビジネスの規模を拡大してゆくことが考えられます。
- 定額制にしてユーザー企業のリスクをヘッジし、ユーザーが利用しやすくして、案件数を拡大する。
- 定額または、請負の場合、開発経験を踏まえ、よく使われる機能や利用パターンをモジュールか、あるいは、フレームワーク化し、開発の生産性を一層高め、開発原価を低減させ、利益率を高めると共に、案件数の拡大を図る。なお、これにより開発スピードが上がれば、ユーザーへのフィードバックも迅速・柔軟に行えることから、顧客満足度向上にも貢献する。
- 開発したシステムをパブリック・クラウドで稼働させことで、付帯する運用管理をサービスとして受託し、ストック・ビジネスとして継続的収益を確保する。
なお、既存の業務システムとの連携を求められる場合は、ユーザー自身が、システム間のデータ連係を行えるツールを合わせて提案し、その使い方も含めて提供することで、ビジネスのスケールアップを図ることも考えられるでしょう。
いずれにしろ、ユーザー自身での開発、合わせてその運用を支援することで、ビジネス・スピードの加速に即応できるようにすることが、このシナリオの価値としなるのです。
次週は、第2象限「アプリケーション・プロフェッショナル戦略」について、整理します。
募集開始!ITソリューション塾【第20期】・10月開催
いよいよ、今年最後のITソリューション塾・東京を開催いたします。
- 期間 初回2015年10月6日(火)〜最終回12月10日(木) 18:30〜20:30
- 回数 全10回
- 定員 60名
- 場所 アシスト本社/東京・市ヶ谷
- 参加費用
- 9万円(+消費税)
- 全期間の参加費と資料・教材を含む
- >> ITソリューション塾 第20期 詳細のご案内
ITソリューション塾を神戸・三宮で開催!
「ITソリューション塾【関西】」を開催します!
- 8/19(水)、8/25(火)、9/2(水)の3日間
- 毎回 16:00-20:00 @4時間
- 会場:神戸デジタルラボ@三宮
- 定員42名
「最新のITトレンドとビジネス戦略を最新版に更新しました。
テクノロジー編【2015年7月版】(292ページ)
*新規ページを18ページを追加し、全292ページとなりました。
*最新の解説文を25ページ追加した。
・新たにERPの章を設け、18ページのプレゼンテーションを追加
・IoTおよびITインフラ(仮想化とSDI)に関するプレゼンテーションを一部改訂し、解説文を追加
・アナリティクスに関するプレゼンテーションを改訂し、解説文を追加
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ビッグデータは教えていません。」
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「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン