「何をアウトソーシングできるかは、その企業のITとの係わり方の成熟度によると思いますよ。」
日本たばこ産業(JT)のIT部、部長・鹿嶋康由氏から、こんな話を伺いました。JTは、1990年代の早い段階で、「ITは経営にとってはノンコアである」と判断し、完全なアウトソーシングをめざしてきたそうです。情報システム部門の売却もそんな施策の一環として行われてきました。
ただ、それは、「ITが重要ではない」ということではなく、企業の競争優位や戦略価値を高めるためのものではないという判断だったようです。その証拠に、合理化や生産性の向上を支える基盤として、継続して世間的に見ても相応以上の投資をしてきているとのことでした。
「私たちのIT部は、ITの企画や戦略に関わる上流部門です。開発や運用、保守は、完全にアウトソーシングしています。」
世間では、「内製化」によって、ビジネスとITの同期化をすすめるべきとの声もあります。そんなことを鹿嶋氏に尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「何でも内製化というのも偏った考え方です。何を内製し、何をアウトソーシングするかは、自社の経営戦略の中でITの位置付けを明確にすることが前提です。つまり、まずは、経営におけるITの機能を定義し、経営にとってどのような役割を担うべきかを明確にします。そして、自社の経営戦略の成熟度モデルに合わせてIT戦略の成熟度モデルを構築しなければなりません。私たちは、その基準として、IT-CMFを参考にしています。」
IT-CMF(IT Capability Maturity Frame-work)とは、IT能力の成熟度を評価するフレームワークのことです。ITに関わるフレームワークというと、エンタープライズアーキテクチャの礎となった「ザックマン・フレームワーク」、プロセス改善のガイドライン「CMMI(能力成熟度モデル統合:Capability Maturity Model Integration)」、システム運用のベストプラクティス集「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」、ITガバナンスの国際標準フレームワーク「COBIT(Control Objectives for Information and related Techno-logy)」などがあります。ただ、これらフレームワークの多くはITのみに焦点を当て、ビジネスや経営にまで焦点を当てられてはいません。そこで、米インテルなどのベンダーやアイルランド国立大学メイヌース校、イノベーションに関するコンサルタントなどで構成するコンソーシアム「IVI(Innovation Value Institute)」が、ビジネスに貢献できるITという視点に重点を置き、結果を測定可能な形で表現できるフレームワークとしてつくったものです。
社内でやるべきこととアウトソーシングすべきことを、経営の成熟度とITの成熟度を客観的に評価しながら、何が自社にとってのコアでありノンコアなのかを決めて、その時々の最適な役割分担を決めて行くという考え方と言えるでしょう。このような「ITマネージメント」があって、はじめて内製すべきこととアウトソーシングすべきことが明確になるという考えに、なるほどと思いました。
「発注者、すなわちユーザー企業である私たち自身が、成熟度を高めなければ、効果的なアウトソーシングはできません。つまり、アウトソーシング先の力量や品質を評価できるきる能力や基準がしっかりないとだめなんですよ。私たち、ITの企画、戦略部門は、そのために標準化された基準作りをすすめ、質を高めて行かなければならないんです。」
IT部門が、経営と一体となって、経営の意志をITに反映させる。つまり、社内の上流企画部門の役割は、経営と外部のシステム開発や保守・運用とのインターフェイスとなり、ビジネスのバリューチェーンとITのバリューチェーンを同期させる役割を担うと言うことになります。そのための標準化された基準を持つことで、アウトソーシング先の選別もできるし、成果も評価もできるようになります。ですから、自社の情報システム子会社も、他の事業者も同じ基準を適用して評価しているとのことでした。
「ITが価値を生みだすのは、運用フェーズです。開発したから、さあどうやって運用しようかではなく、経営に資するためには、どのように運用するかを予め考え抜いて、そのために何を開発するかを考えて行かなければなりません。だから、社内のIT部門は、経営やビジネスを熟知しておかなければならないんですよ。」
クラウドの時代になり、運用を考える上での選択肢が増えました。しかし、このような「バリューチェーン」や「フレームワーク」といった、ITマネージメントの基盤があれば、その選択や組合せも適切に行えます。
ただ、このようなことも話されていました。
「私たちは、このようなことを考えて取り組んでいます。でも、メンバー全員が、できるようになるのは、至難の業です。だから、人作りが大切なんです。」
組織としてのあるべき姿を明確にし、それをめざして人材を育てなければ、それは単なる個人の教養に留まり、組織の能力にはなりません。まだまだだとのお話でしたが、このようなしっかりとした思想に裏打ちされたIT部門は、何処にでもあるようには思えません。
「海外企業を買収し、ITが競争優位の武器と言う考え方が、理解されるようになりました。しかし、これまでの取り組みと本質は何も変わりません。経営とITの機能の整合性を考えれば、自ずとその必要は明確になります。当然、自分達の役割も変わってきます。そういう、標準化された枠組みをもつことで、経営の意志に迅速に対応できるのだと思っています。」
この考え方は、SI事業者の戦略を考える上でも大いに参考になります。つまり、お客様の戦略を理解し、ITの役割との整合性を図り、自社のポジショニングを明確にすることで、自分達がお客様にどのような貢献ができるかが明確になります。だから経営とITを結びつけるIT-CMFのようなフレームワークをお客様と共有し、お互いが客観的な基準で役割分担を行い、自らの評価基準も明確にしておくことが大切です。そういう仕組み作りに貢献できるSI事業者は、お客様にとって、大きな存在価値を持つようになるでしょう。
未だ多くのユーザー企業で、しっかりとしたITマネージメントの基盤がありません。そのため、ITは、未だ鉛筆や消しゴムと同じように、コストのひとつとして考えられ、安く仕入れることが優先されます。また、「こんなコトをしたいんだけど、何か安くて良いものを見繕って持ってきてよ」といった類として扱われています。この状況を自ら壊し、経営への貢献価値に対する対価を得られるビジネスに変えて行かなければなりません。
このような仕事は、コンサルの仕事であって、単金は高くてもボリュームが稼げないから難しいという意見もあります。しかし、自らが、この役割を買って出ることは、お客様を囲い込むことにもつながります。
開発や運用・保守の需要は、これからもなくなることはありませんが、クラウドや人工知能などの普及と共に生産性は著しく向上し、工数需要は少なくってゆくでしょう。だからこそ、お客様の経営や事業のバリューチェーンに深く関与し、運用時点での顧客価値を考えられなくてはなりません。その中での自らのポジショニングを明確にでき、得意とするところで貢献できる事業者が、お客様に価値を認められ生き残るチャンスを与えられます。何の思想もなく、何でもできます、何でもやります、安くやりますでは、生き残ることは難しくなるでしょう。
そのために、SI事業者は、ITマネージメントを熟知しなければなりません。その中で、自らの役割を位置付け、お客様への提供価値を自ら評価できる基準をもつことが大切です。そして、お客様のITマネージメント構築を支援し、自ら定めたポジションで最高のQCDを実現する。そんな、アプローチが、求められる時代になってゆくのでしょう。
「最新のITトレンドとビジネス戦略(全326ページ)」を最新版に更新しました。新規追加のプレゼンテーションは6枚ですが、新しい解説文を24ページ追加し、全てロイヤリティ・フリーとさせて頂きました。ご活用下さい。
テクノロジー編【2015年5月版】(271ページ)
新規ページを6ページ、最新の解説文を24ページ追加しています。
・これからのオフィスインフラを追加しました。
・パブリッククラウドの適用リスクを追加いたしました。
・コレ一枚でわかるIoTとビッグデータを改訂しました。
・IoTとモノのサービス化を追加しました。
・産業革命の歴史を追加しました。
・プレゼンテーション(24ページ)の「ノート」に最新の解説文を追加致しました。こちらも合わせてロイヤリティフリーでご活用下さい。
ビジネス戦略編【2015年5月版】(55ページ)
新規追加はありません。誤字脱字の修正、解説文の訂正を行いました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン
「SI事業者のオフショア開発」を投稿しました
5/15〜5/18、ミャンマーに行き、地元IT企業や日本のオフショア開発拠点を訪問してきました。
気温40度の蒸し暑さは、東南アジアならではです。そんな国も2011年の軍政から民政への移行に伴い、経済が急速に発展し、IT産業も成長を見せ始めています。そんなミャンマーの実情を見てこようというのが、今回の目的でした。
この国で日本企業がどのように関わってゆくのかを考える貴重な機会となりました。そんな経験を報告させていだきます。
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