「このビジネスの対象となる市場規模は、500億円あります。仮に、このうちの5%を獲得できたとしたら、25億円のビジネスが期待できます。」
よくある話ですが、そもそも、これから新しくはじめようとしている事業に「市場規模」など想定できるはずはありません。また、5%を獲得できるロジックがないのに、結果を期待できる道理もありません。
この数字につじつまが合う市場を創造し、そこでこちらの思惑通り行動してくれる顧客を創造し、都合の良い統計と解釈を持ち込んで、経営者を納得させるためだけの事業計画書を創造する。そんな3つの「創造(=想像)」を積み上げても、うまくいくはずはありません。
このようなことになる最大の原因は、「成功する事業計画を作る」ということが、目的になってしまうからです。大切なことは、事業計画を作ることではなく、事業を成功させることです。では、どのようにすすめてゆけば良いのでしょうか。
1.ニーズを見極め、最適な手段は何かを決める
お客様が必要としていること、すなわち「ニーズ(Needs)」が何かを、まずは見極めることです。では、「ニーズ」とは何でしょうか。
例えば、お客様がPC×100台を購入したいと考えているとしましょう。このとき、「PC×100台」は、お客様が欲しいものであり、これを「ウォンツ(Wants)」といいます。ここで、「なぜPC×100台なのか?」をお客様に尋ねると、その目的は、「新商品の発売に合わせて、受注受付のコールセンター要員を100人増やすため」だと教えてくれました。つまり、「PC×100台」という手段を使い「増加する受注に対応したい」ということです。つまり、お客様が、実現したいことは、「増加する受注に対応すること」となります。これを「あるべき姿」といい、これを実現することが、お客様の「ニーズ」となります。
「ニーズ」が分かれば、次に、それを実現する最適な手段を考えます。例えば、CRMを導入して応対時間を半減すれば、追加要員は半分の50人ですみ、PCは50台あればいいことになります。加えて、人件費を半減できるばかりか、オフィスの賃貸料も削減できます。こちらのほうが、「PC×100台」という手段よりも遥かにコストパフォーマンスが高い解決策です。あるいは、ビジネス・プロセスを見直すことで、全てをWebでの手続きに変えれば、人件費も設備投資も不要になります。ますます、お客様の得られる価値は高まります。このようにして、「ニーズ」を満たす最適な手段を考えてゆきます。
具体的には、次のような進め方をしては如何でしょうか。
- 現場の一線で働いている人たち、特に「文句の多い、できる連中」を何人か集める。
- 彼らの肌感覚で、お客様の「ニーズ」は何かを徹底して議論する。彼らには、お客様が見えている、あるいは、一緒に苦労しているからこそ、わかる感覚がある。まずは、それを大切にする。
- それを使う具体的なお客様の顔を思い浮かべる。会社名、所属、個人名までイメージし、そのひとがそれをどのように使うか、そして、どんなメリットを享受できるかをできるだけ具体的に想像し、描き出してみる。
この時、自分達にできることを前提としてはいけません。「できること」を前提にすると、発想が拡がらず、魅力的な解決策を描くことが出なくなります。まずは、自分達にできることを棚上げにして、お客様の「ニーズ」を満たすために「すべきこと」は何かを考えます。それを実現するために、「できること」と「できないこと」を洗い出します。そして、「できないこと」を実現するためには、どうすれば良いかを重点的に考えます。
「できること」は、悩む必要はありません。悩むべきは、「できないこと」です。提携、買収、あるいは新規開発などの選択肢を駆使して、どうするかを追求することです。「できること」だけでやろうとすると、お客様のニーズと乖離してしまうかも知れません。できることは、苦労しなくてもできるわけですから、むしろ「できないこと」をどのようにすればできるようになるかを考えることが、新規事業を考える上では大切になるのです。
この時、注意しなければならないことは、ITで全てを解決しようとしないことです。ITを使うよりも、もっと良い方法があるかも知れません。大切なことは、手段を提供することではなく、お客様のニーズを満たすことです。そのためには、必ずしもITを使うことが最善の手段とは限りません。ビジネス・プロセスの変更や人的作業による対応も選択肢に入れるべきでしょう。
「できないこと」を実現する手段と「できること」と組み合わせて、はじめてお客様の「ニーズ」を満たすことができます。
お客様は、手段ではなく結果を求めています。何をするかの前に、何を結果として実現するのか、すなわち「あるべき姿」を明確にすることが大切です。それを実現することが、「顧客価値」であり、お客様の「ニーズ」となるのです。
2.「強み」を明らかにする
「あるべき姿」を実現する上で、「自分たちにできて、他社にできないこと」が、「強み」です。例えば、次のようなものは「強み」にはなりません。
- 長年の現場経験があり、現場実践の蓄積がある。
- こんな機能がある、こんな性能がある。
- 絶対に諦めないことを信条としている。
それが事実だとしても、他社も同じことが言えるのであれば、それは強みとは言えません。また、自分たちの信条や事例を伴わない実績は、主観的評価であり、だれもが認める客観的な評価にはなりません。
「強み」とは、次のようなことです。
- 20年間、ECサイトの構築に特化し、プラットフォーム、デザイン、決済、カタログ制作などの一切の機能を提供でき、札幌、仙台、東京、大阪、福岡に直営オフラインショップを展開し、デモや顧客の反応を直接聞ける仕組みを持っている。
- この製品分野では、ソフトウェアとハードウェアを一社で開発できる体制を持ち、常に両者の最適な組合せを提供できる。
- 家電製品から産業機械に至る組み込みソフトウェアの開発では長年の実績を持つ弊社は、IoTを実現するためのデバイス用SDKとそのユーザー管理や認証などのバックエンドを支えるクラウド・サービスを一体で提供できる。
唯一の企業、あるいは、他社が参入するには時間が掛かりリスクもとらなければいけないような、「簡単にまねのできない状況」が、「強み」となります。ただし、それは「顧客価値を実現する」という目的において発揮されるものです。お客様の課題解決に何ら役に立たない「強み」を主張しても意味はありません。これが明確になっていなければ、容易に競合他社に代替されてしまいます。
3.「中核的価値」を明らかにする
「自分の居場所のように感じてもらえれば、そこはお客様にとって、くつろぎの空間になります。ゆったりと、時にはスピーディーに、思い思いの時間を楽しんでもらいましょう。人とのふれあいを通じて。」
スターバックスが、ミッションとして掲げている言葉です。このミッションを実現するために、お客様が快適に過ごせるように、心地よいBGMを流し、テーブルや壁などのインテリア・デザインにも配慮しています。さらに無料で使えるWi-Fiや電源があるので、仕事に使えます。また、居心地の良い空間は、友人とのおしゃべりにも使え、一人で静かに本を読むことにも使えます。彼らは、このような空間をサードプレイス(第3の場所)と呼んでいます。ファースト・プレイスは家、セカンド・プレイスは職場や学校、そしてその二つの中間地点の場所が、サード・プレイスです。
サード・プレイスという概念は、社会学者のレイ・オールデンバーグ(Ray Oldenburg)が、自らの著書「The Great Good Place」で提唱しています。
「都市には都市居住者にとって生活上欠かせない「二つの居場所」に加え、居心地の良い三番目の場所「サード・プレイス」が必要であり、「サード・プレイス」の在り方が都市の魅力を大きく左右する。生活上欠かせない「二つの居場所」とは、ファスト・プレイス(第一の居場所)である家、セカンド・プレイス(第二の居場所)である職場や学校である。「二つの居場所」の重要性は、全ての国・都市で十分に認識されており、整備も進んでいる。しかし、「サード・プレイス」の必要性とその在り方は国によって大きな差がある。アメリカの都市は西欧の歴史ある都市と比べると、この「サード・プレイス」が見劣りし、これこそアメリカの都市魅力の弱点である。フランスやイタリアの「カフェ」、イギリスの「パブ」は西欧の「サード・プレイス」の代表事例である。西欧のカフェやパブには、アメリカの飲食施設 には存在しない“ゆとり、活気、コミュニティ”があり、市民の多くがそこを「憩いと交流の場」、即ち「サード・プレイス」として毎日のように利用している。この「サード・プレイス」の概念を表すキーワードとしては「スロー」が相応しい。」
お客様は、このサード・プレイスという「中核的価値」に対価を払うのです。もちろんコーヒーがまずくてはいけません。美味しい軽食やスイーツを提供することも必要でしょう。しかし、コーヒーや食べ物は、サード・プレイスという「居心地の良さ」を演出するための手段に過ぎません。
お客様の「あるべき姿」を実現するために提供する商品やサービスが、お客様にとって対価を払うに値する「中核的価値」を提供しているでしょうか。改めて問い直してみると良いでしょう。
「これならば、是非お金を払ってでも使いたい」。そう思えるものになっているでしょうか。もしそうでないとすれば、改めて「あるべき姿」と「実現する手段」を見直す必要があります。そして、再び「強み」を再確認します。これを繰り返すことで、お客様に受け入れていただき、競合にも勝てる製品やサービスが明らかになってゆきます。
以上のような検討を重ね、競合にも勝てる魅力的な製品やサービスが明らかになれば、次は仮説の検証と新規ビジネスの起ち上げです。次週はこの点について解説します。
【最新版】最新のITトレンドとビジネス戦略【2015年4月版】
ITのトレンドとビジネス戦略について、集大成したプレゼンテーションの最新版をリリースしました。
*テクノロジー編(265ページ)
・「歴史から振り返るITのトレンド」のチャートと解説を追加しました。
・IoTとビッグデータについて、内容を見做し、ストーリーの変更とチャートの追加・変更を行いました。
– IoTとビジネスとの関係について、新しいチャートを追加しました。
– コレ1枚で分かるIoTとビッグデータを新しいチャートに差し替えました。
– 「産業構造審議会商務流通情報分科会 情報経済小委員会 中間取りまとめ ~CPSによるデータ駆動型社会の到来を見据えた変革~」の発表内容を追加しました。
– インダストリー4.0のセクションを追加し、「コレ1枚で分かるインダストリー4.0」のチャートと解説を追加しました。
・スマートマシンについて、内容を見做し、ストーリーの変更とチャートの追加・変更を行いました。
– 「人工知能とは」の資料を新しく書き換えました。
– 「人工知能研究の歴史」を新規に作りました。
– 統計的アプローチとディープラーニングの比較について、新しくチャートを追加しました。
– ディプラーニングの事例を追加しました。
– 事例動画へのリンクを追加しました。
*ビジネス戦略編(55ページ)
・「工数喪失:人月積算の歴史」について、新しいチャートを追加しました。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン