革命が起きて政府を倒したとしても、その政府を作り出した組織的な思考様式がそのまま残っているのなら、その思考様式は、同じことを繰り返すだろう。(禅とオートバイ修理技術/ロバート・パーシング)
リーマンショック以降、冷え込んでいた企業のIT投資の回復が顕著になっています。加えて、相次ぐ大型プロジェクトにより、人材不足に拍車が掛かっています。ただ、「2015年問題」といわれこの状況は、長続きすることはないでしょう。
私は、この状況が、「ITエンジニアのスキルの停滞」をもたらすだろうと危惧しています。つまり、「2015年問題」の本質は、「量」ではなく「質」の問題だということです。
いま、多くのエンジニアが、吸い込まれているブラックホールのような巨大プロジェクトは、レガシーなテクノロジーとウォーターフォールによって築かれ、一度入り込んだら抜け出すことはできません。その間、世界の常識は、クラウドやモバイル、人工知能やNoSQL、IoTやビッグデータなどの次代のテクノロジーへと、どんどん置き換わってゆきます。日本のエンジニアは、そのような新しい時代に関わる機会を与えられないままに、世界と比較し、相対的に「質の劣化」がすすんでしまうということです。
ブラックホールの反対側にはホワイトホールがあります。2016年から2017年にかけて、多くのエンジニア達がホワイトホールからはき出されてくるでしょう。オリンピックも控える中、新たなITの需要も期待されます。しかし、求められるスキルは、もはやレガシーなものではなく、そのアンマッチが、「需要があっても人材が提供できない」事態を生みだしてしまうかもしれません。
また、もうひとつ懸念しているのは、「生産年齢人口(15歳〜64歳)の減少」です。2015年から2020年にかけて、生産年齢人口は、341万人減少すると言われています。この間の日本の総人口の減少は、250万人と言われていますので、少子高齢化がすすむことを意味しています。
また、これはデータとしての裏付けはないのですが、かつて駅前の一等地にあった「電算機専門学校」や「情報処理専門学校」が姿を消し、医療や介護の専門学校へと看板を掛け替えているようです。
このように、この業界への若者達の流入が、入口で細ってきているのです。そのため、人数を増やすことで工数を稼ぐ、これまでの収益構造は、企業の成長を担保できなくなるでしょう。こちらは、「量」の問題です。
このような状況の中で、新規事業を模索する動きはあります。しかし、現実には、多くの人材がブラックホールに吸い込まれているため、人材を投入できません。また、たとえプロジェクトが作られたとしても、多くが、放課後のクラブ活動のような「有志プロジェクト」であり、参加する個々人の自助努力に頼っています。経営や事業部門からのスポンサーシップも曖昧な取り組みも多く、動機付けも十分に与えられないままに、「稼げる本業」を優先しているのが実態です。
来たるべきホワイトホールは、「質」の問題をもたらすと共に、過剰人材という別の意味での「量」の問題をもたらすことになるのです。では、どうすればいいのでしょうか。
私は、今後の取り組みを2つの軸で捉えるべきだと考えています。ひとつは、新しい時代のニーズに取り組む施策です。クラウドやモバイル、人工知能やNoSQL、IoTやビッグデータなどの次代のテクノロジーを軸に、アジャイル開発を前提に、スピードを重視したサブスクリプション型のサービス・ビジネスです。また、このような次代のテクノロジーを企業システムに取り込むためのコンサルティングや支援サービスのような高額の単金を稼げる利益重視のビジネスも模索すべきでしょう。
もうひとつは、レガシーな需要を取り込む施策です。2015年問題を生みだしている大規模プロジェクトは一定の割合で、保守需要を生みだすでしょう。また、レガシーなシステムが、簡単に駆逐されることはありません。その前提となるウォーターフォール開発もセキュリティや信頼性を担保すべく歴史を重ねてきた確立された手法であり、その蓄積されたノウハウは今後も需要を維持しづけるはずです。
このようなレガシーなシステム需要に対し、既存システムのリファクタリング、高速開発ツールを使った周辺システムの開発、現行システムを維持しながらのシステム基盤のクラウド移行、内製化支援など、従来に引きずられた受身の受託開発ではなく、積極的に仕掛けてゆくアプローチにより、一定のシェアを守るのではなく、競合との差別化を遡及し自らのシェアを拡げてゆく取り組みにより、需要を維持、拡大に取り組むべきです。
米Gartnerは、このような二面戦略を「Bimodal IT」と称し、ユーザー企業のCIOへの提言として発表しています。
ただ、ITエンジニアの7割をユーザー企業が抱える米国と7割がSI事業者やITベンダーが抱える我が国では、事情が異なります。ですから、この提言をSI事業者やITベンダーの取り組みとして、上記のように読み替えて考えなくてはなりません。
また、このレポートで、次世代に求められるスキルやテクノロジーと従来型のものでは、働き方や収益の構造も大きく異なることになり、完全な別組織として取り組むことを提言しています。この点に於いては、我が国にもそのまま当てはまります。つまり、別会社にして、収益構造や業績評価、給与体系など、基本的なところから構造転換しなければ、対応できないということです。
革命が起きて政府を倒したとしても、その政府を作り出した組織的な思考様式がそのまま残っているのなら、その思考様式は、同じことを繰り返すだろう。(禅とオートバイ修理技術/ロバート・パーシング)
冒頭に掲げた言葉です。この現実を直視すべきです。レガシーに対処することで「量」の問題を担保しつつも、新しいテクノロジーとスキルを求められる次代の需要に対応する別会社または別組織により、「質」の問題に対応し、全体として、企業としての成長を維持し続けることができるものと考えています。
このような取り組みをいつからはじめるかです。私は、今が最適なタイミングではないかと思っています。今なら、「できる人材」を現場から引き抜いても「申し訳ありません。人材がいなくて・・・」の言い訳が通用します。これが、ホワイトホールになれば、「できる人材」しか、お客様は必要としなくなります。だからこそ、今のうちにこのような人材に未来を託すべきだと思うのです。
ただし、「できる人材」とは、Javaができる、Oracleができるという人材ではありません。いま何ができるかは重要なことではありません。勉強熱心で、新しいことに好奇心を持ち、言われなくても自分で勝手に勉強し、コミュニティや勉強会に自発的に参加し、家に帰ってもプログラムを書いている根っからのエンジニアです。変化するテクノロジーに自在に適応できる能力の持ち主です。また、現状を批判しつつも、勉強を楽しみ、真剣に自分や会社の未来を考えている良き抵抗勢力です。こういう人材を次代の取り組みに組み入れてゆくべきなのです。
Googleは、1998年に創業し、僅か6年後の2004年に最初の株式を公開しています。Facebookは2004年に創業し、AWSは、2006年からサービスをはじめました。ITはこのようなスピードで、時代を塗り替えています。巷に流れる時間感覚とは大きく異なる現実に鈍感にならないようにしたいものです。
こんな方に読んでいただきたいと、執筆しました!
- IT部門ではないけれど、ITの最新トレンドを自分の業務や事業戦略・施策に活かしたい。
- IT企業に勤めているが、テクノロジーやビジネスの最新動向が体系的に把握できていない。
- IT企業に就職したが、現場の第一線でどんな言葉が使われているのか知っておきたい。
- 自分の担当する専門分野は分かっているが、世間の動向と自分の専門との関係が見えていない。
- 就職活動中だが、面接でも役立つITの常識を知識として身につけておきたい。
「【図解】コレ1枚で分かる最新ITトレンド」に掲載されている100枚を越える図表は、ロイヤリティ・フリーのパワーポイントでダウンロードできます。自分の勉強のため、提案書や勉強会の素材として、ご使用下さい。
目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン
デベロッパーズ・サミット2015にて紹介させていだきました!
拙著「システムインテグレーション崩壊」が、「ITエンジニアに読んでほしい!技術書・ビジネス書大賞」のトップ10に選ばれ、先日、デベロッパーズサミットにて、紹介させて頂きました。
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
最新ITトレンドとビジネス戦略【2015年1月版】を公開しました
ITのトレンドとビジネス戦略について、集大成したプレゼンテーションです。毎月1回、「テクノロジー編」と「戦略編」に分けて更新・掲載しています。
【2015年1月版】より「テクノロジー編」と「戦略編」の2つのプレゼンテーションに分けて掲載致します。
「テクノロジー編」(182ページ)
- ストーリー展開を一部変更しました。
- 「クラウド・コンピューティング」の追加修正
- Webスケールとクラウドコンピューティングについて追加しました。
- パブリック・クラウドとマルチクラウドの関係について追加しました。
- 「IoTとビッグデータ」の追加修正。
- M2MとIoTの歴史的発展系と両者の違いについて追加しました。
- ドイツのIndustry 4.0について追加しました。
「ビジネス戦略編」(49ページ)
- ストーリー展開を一部変更しました。
- 2015年問題の本質というテーマでプレゼンテーションを掲載致しました。
- 人材育成について
- 生き残れない営業を追加しました。
- エンジニアの人材育成について新たなプレゼンテーションを追加しました。