「米国であれほどまでに普及しているものが、なぜ日本では広まらないのだろう」
そんな話は、いくらでもあります。理由は、言葉の問題ばかりではありません。むしろ、文化や習慣の違いによるところが大きいかもしれません。
ITに関わるプロダクトやサービスについても同様です。この視点を持たないままに、米国での評判を鵜呑みにし、それを日本に持ち込んでもうまくいかないことは、いくらでもあります。
クラウドもまた同じです。クラウドは、米国生まれのサービスです。当然、米国のビジネス文化が背景にあります。特に、ITビジネスの環境は、日米で大きく異なります。この違いを理解しないままに、クラウドの価値や可能性を正当に評価できません。あるいは、米国で評価されていることが、日本ではむしろ障害になることさえあるのです。
ITエンジニアの所属の違いを理解すると見えることがある
「クラウドは、ITエンジニアの72%がユーザー企業に所属する米国で生まれた情報システム資産を調達する仕組み」
クラウドは、リソースの調達や構成の変更など、ITエンジニアの生産性を高め、コスト削減に寄与するものです。とすると、ITエンジニアを社内に多く抱える米国では、クラウドはユーザー企業の生産性を高めることになります。
一方、我が国のITエンジニアは、75%がITベンダー側に所属しています。従って、このような仕事は、システムの構築や運用を受託しているITベンダー側に任されています。ですから、クラウドは、ITベンダーの生産性向上に寄与することになります。しかし、これはITベンダーにとっては、案件単価や単金の減少を意味し、彼等のメリットにはなりません。
また、調達や構成の変更はリスクを伴う仕事です。米国では、そのリスクをユーザーが引き受けることで、自らの生産性の向上を享受できるわけですが、我が国ではITベンダーが背負わされることとなります。
そう考えるとITベンダーにとってクラウドは、案件単価や単金が下がりリスクも大きくなることを意味し、利益相反の関係となります。
クラウドにおけるリソースの調達や構成の変更は、「セルフ・サービス・ポータル」と言われるウエブ画面を使って行われます。必要なシステムの構成や条件を画面から入力することで、仮想リソースを直ちに手に入れることができます。
従来、このような作業は、業務要件を洗い出し、キャパシティ・プランを行い、システム要件を決め、それにあわせたシステム構成と選定を行ってきました。そして、価格交渉と見積作業を経て、発注に至ります。それから購買手配が行われ、物理マシンの調達、キッティング、据え付け、導入作業、テストを行っていました。この間、数ヶ月かかることも珍しくはありません。
このような作業を必要とせずウエブ画面から簡単に行うことができるわけですから、生産性は大いに向上します。
しかし、我が国のユーザー企業は、このような作業の多くをITベンダーに依存してきました。従って、いまさら自分でやれと言われても、仕事が増え、リスクも背負わなくてはならないわけですから、モチベーションは上がりません。ITベンダーも受注単価が下がり、人もいらなくなるわけですから積極的にはなれません。
人件費を変動費と考えるか固定費と考えるか
また、人件費についての考え方の違いも重要な点です。
冒頭にも申し上げましたとおり、クラウドは、情報システムに関わるエンジニアの生産性を高めます。その結果、そこに関わる要員を減らすことができます。米国では、人件費は変動費ですし、企業を超えた人材の流動性も高く、転職も容易です。その結果、人材を削減することが容易であり、それはコスト削減に直接貢献します。一方、我が国の人件費は固定費です。簡単に人をやめさせることはできず、人材の流動性も低いお国柄です。従って、生産性が向上しても埋没コストの削減にしかならず、直接的なコストの削減にはつながりません。
このような現実が、我が国のクラウド普及の足かせとなっているとも考えられます。
残念ながら、我が国においては、米国と同じシナリオでクラウドの価値を訴求することは困難といえるでしょう。
我が国にとってのクラウドの価値と遡及点
では、我が国では、クラウドは価値がないのでしょうか。決してそんなことはありません。米国とは価値の重心が異なっていると私は考えています。
我が国は、今、グローバル化の急速な進展、ビジネス・ライフサイクルの短命化、顧客嗜好の多様化に対応すべく、産業構造の変革を迫られています。
この事態に対処するためには、ITを戦略的に活用することが有効な手段となるはずです。そのためには、経営環境の変化に合わせ、迅速に(スピード)、俊敏・柔軟に(アジャイル)、そして、必要に応じてリソースを容易に拡大でき、不要となればすぐに手放すことができる(スケール)システムが必要とされます。まさに、クラウドの価値は、ここにあるのです。
「クラウドは生産性向上の手段でありコスト削減につながる」という「効率・コストへの期待」は、残念ながら、我が国においては簡単に受け入れられません。むしろ、経営環境の急激な変化に対応できる「戦略価値への期待」を訴求し、そのためのソリューションとして提案してゆくべきです。
ITのトレンドは、米国発祥のものが圧倒的です。だからといって、私達は、その流れに翻弄される必要はありません。むしろ、我が国のIT活用を大きく進化させてゆくチャンスとして、この流れを利用してゆくべきです。
ITベンダーはこの視点を掘り下げ、事業戦略に活かしてゆくべきではないでしょうか。
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「システムインテグレーション崩壊」
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