「これまで、営業職採用の新入社員もエンジニアと同じ研修をうけさせてきました。エンジニア研修との違いと言えば、技術的な研修を減らして、営業の心得や営業事務の研修を1日やっているに過ぎません。あとは、現場任せのOJTです。でも、現実は、先輩の雑用を任されているだけで、自律した営業として動いていないのが実情です。こんなことですから、優秀な営業なんて育てられませんよ。むしろ、営業という仕事にうんざりしているんじゃないかと心配しています。」
先日、ある大手SI事業者の人材育成担当者から、こんな悩みを打ち分けられました。私は、こんな質問をしてみました。
「OJTで『営業』を学ばせるということですが、先輩や管理者はどのようにして教えているんでしょうか。」
これに対して、次のような回答がありました。
「とくに具体的な指示やガイドがあるわけではなく、彼らに任せっきりです。」
「正直なところ、営業現場の先輩や管理者のほとんどがエンジニア出身者で、彼ら自身も営業という仕事を理解できずに苦しんでいます。ベテランの営業も、既存のお客様から仕事を獲ってくることはできますが、新規はなかなかできないし、ソリューション営業となるとまったくといってスキルがありません。」
「OJTで育てると言うよりも、OJTしかやりようがなく、結局は、営業を育てる取り組みは、特にしているわけではないのです。」
実態は、「OJTというほったらかし」になっているようです。うまくいかないOJTをどうすればうまくいくかは、こちらが参考になります。
私は、SIビジネスにとって、「営業」がこれまでにも増して重要になってきていると考えています。
SIビジネスは、コモディティ化が進み、価格競争の中で利益率を伸ばせずにいます。確かに、昨今の特需で人月仕事は増え売上は増えているようです。しかし、利益は売上の伸びに追従できず、人数の増えない現場は疲弊し始めています。特需の先にある急激な需要の減退という「崖っぷち」があるというのに、脇目もふらず猪突猛進に走っているように思えてなりません。
このような仕事は、営業などいなくてもできる仕事です。現場のエンジニアと営業事務、あるいは、調達の担当者がやれば良い仕事です。
営業は、その本来の役割として、新たな顧客需要を掘り起こすことにもっと役割を果たすべきでしょう。「新規顧客」だけではなく、既存の顧客であっても、ITを活用させるべく新たな需要を喚起し、ビジネスを創造することが、営業に求められています。言うなれば、来たるべき「既存需要の崩壊」に備えた新規ビジネスの拡大こそが営業のミッションです。
このような営業人材は、新人のうちからしっかりと育ててゆくことが大切です。過去の成功のバイアスに引きずられた旧態依然としたやり方へのこだわりを捨て、また、営業という役割の重要性を認識し、しっかりとしたプログラムを作るべきです。
エンジニアが工数を稼ぎ出す商品であるように、自分達の未来を作る武器としての営業を作る取り組みに真剣に向き合ってみてはいかがでしょう。
では、営業新人を育成するためには、どのような研修プログラムを組むべきでしょうか。私なりの経験を踏まえながら、ご紹介させて頂きます。来年度の新人営業研修プログラムを組み立てる上での参考にしてください。
なお、ビジネス・マナーやビジネス知識、基礎的な技術研修については、営業/エンジニアを問わず既に行われている企業も多いと思いますので、これについては、ここでは割愛させて頂きます。
ステップ1:スタートアップ研修
【時期】6月頃 ビジネス・パーソンとしての基礎的な研修終了後
【目的】現場配属の不安を払拭し、営業という仕事の楽しさと意欲を醸成すること
【狙い】この時期は、現場配属を前にして不安を抱えています。同時に、現場に出ることへの期待も膨らんでいる頃です。そういう彼らの背中を押して、早く現場に出ていろいろと試してみたいという気持ちを高める必要があります。また、プロの営業とは何かを理解させ、それを伸ばしてゆきたいという意欲の種を植え付けることです。
【内容】
企業活動と情報システム
ビジネス・パーソンとしての基礎的研修で、企業の仕組みや企業活動については、一通りの研修を受けていることを前提とします。その上で、経営や企業活動、その業務を支える情報システムについて学びます。直接担当するかどうかに関わりなく、IT営業としての常識として体系的に学ぶ必要があります。
経営課題とこれを解決する情報システムの役割や価値
各種業務と情報システムの解説(PDM/CAD/CAM、ERP、CRM、SCMその他業務とそこで使われる情報システムとの関係)
テクノロジーとビジネスの最新トレンド
情報システムの基礎的な知識は既に研修を受けていることが前提です。その上で、ビジネスに直結するITの最新トレンドを学びます。但し、注意しなければならないのは、辞書のようにキーワードを羅列しそれを解説しないことです。これでは、記憶に残らず現場で役に立ちません。ITの歴史を踏まえつつ、テクノロジーが生まれた歴史的背景や現代的意義、ビジネス価値などと合わせて学びます。
説明はできなくても、お客様の話を聞いて「聞いたことがある」となれば、現場への不安を払拭することができます。
- クラウド・コンピューティング
- モバイルとウェアラブル
- ITインフラ(仮想化やSDIを含む)
- IoTとビッグデータ
- スマートマシン(人工知能、ロボットなど)
- アジャイル開発
- セキュリティ
営業活動プロセスの理解
きっかけを掴み、お客様の課題を掘り下げ、案件受注に結びつける基本動作を学びます。単なる精神論ではなく、科学としての営業活動、つまりだれでも同じことをやれば同じ結果を得られるプロセスとして学ぶことが大切です。この段階では、まだ実践が伴いませんので、あくまで知識としての営業プロセスです。言うなれば、初めての場所に旅行をする前にガイドブックを学ぶレベルです。初めての場所に行っても不安なく楽しめるようにすることです。
- ITビジネスにおける営業という仕事の意義と役割
- ソリューションとは何か、ソリューション営業とは何か
- 案件発掘と提案に至る営業活動プロセス
- 営業活動プロセスをこなすための実践ノウハウ
ステップ2:フォローアップ研修
【時期】10〜11月頃 現場配属後3〜4か月後
【目的】基礎的な研修やスタートアップ研修で学んだことと現場での実践のギャップを埋め、自分のやっていることに自信を持たせること
【狙い】この時期は、ビジネス・マナーや時間管理で悩み始める頃です。また、エクセルやワード、パワーポイント、社内業務ツールがうまく使いこなせない、お客様とうまく会話できない、先輩や上司との話がよく分からないといった、ビジネス・パーソンとしての基礎的なところで試行錯誤し、悩んでいる時期です。そんな彼らの混乱を整理・払拭し、今年度の後半に向けての意欲を持たせることが必要になります。
【内容】
自己分析(事前課題)
自分の現状について事前課題として分析させます。また、自分の上司や育成担当の先輩社員にインタビューさせ、第三者的な評価や意見をもらいます。
この時期、忙しさにかまけ自分を冷静に見つめる時間を失っている場合も多いようです。その振り返りの機会を与える必要があります。また、上司や先輩を巻き込むことで、彼らに対しても育成のことを意識させ、自覚を持たせることが必要です。
仕事力を伸ばす実践営業スキル
この時期、不慣れ故の要領の悪さから混乱や不安を持っています。そのため何とかしたいという意欲は高くなっています。このタイミングで、実践現場ですぐにでも使えるテクニックを教えれば、彼らはすぐに吸収し、実践で試そうとします。
- わかりやすさの基本「論理的思考の方法」
- お客様を気持ちよくさせる能力「営業の感性」
- 時間を無駄にしない「タイムマネージメント」
- 確実に成果を上げる「SMARTな目標設定」
- 自分力を拡張する「文書作成術」
ディスカッション
事前課題の自己分析したことを素材にディスカッションを行います。ここで大切なことは、同期と問題意識を共有することです。これは自分だけじゃないという安心感を引き出すと共に、成長への意欲を引き出す事が目的です。ワールドカフェなどのファシリテーション手法をうまく使うと効果的です。また、比較的年代の近い先輩の講話やディスカッションも交えると良いでしょう。また、この一連のプログラムの中で、後半に向けた目標設定やアクションプランを作らせ発表させます。
このディスカッションで大切になるのは営業という仕事を通じて「フロー」の意識を生みだすきっかけを与えることです。フロートは、心理学者チクセントミハイが提唱した概念で、「人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態」のことです。詳しくは、こちらをご覧下さい。
ステップ3:ブートアップ研修
【時期】2〜3月頃 新たな新人を向かえる1か月ほど前
【目的】自律することの不安を払拭し、後輩を持つことへの自覚と自信を持たせること
【狙い】この時期になると既にそれなりの現場経験を積んでお客様にどう対応すれば良いかの不安を抱える時期です。フォローアップの時期は、ビジネスの基本で不安を抱えていましたが、その不安はほぼ払拭されつつあり、営業という仕事の実践でいろいろな悩みを抱え始める時期です。この不安を払拭し、営業として自律することの決意を新たにし、営業として成長してゆくことへの意欲を醸成させる必要があります。
【内容】
自己分析(事前課題)
フォローアップと同様の内容と目的で行います。
案件分析(事前課題)
研修で行う「営業活動プロセスの実践ノウハウ」研修の素材として、自分が担当している案件について、必要な情報せ整理します。この作業を通じ、お客様について、いろいろと知らないことが沢山あること、あるいは、受注するには解決しなければならないことが沢山あることに気付かせ、研修への意欲引き出します。
営業活動プロセスの実践ノウハウ
スタートアップで学んだ「営業活動プロセス」を再び取り上げ、実践するためのノウハウを自分の案件を素材にして学びます。単なる座学ではなく、講師との実践的ディスカッションを行います。短期集中コーチングのような体験です。この研修を通じて、知識としての「営業活動プロセス」を実践に使えるスキルとして定着させます。
最新ビジネス・トレンドと自社の戦略・施策
自社の戦略や施策について、第三者的な視点、つまりは、世の中の常識や最新のトレンドに照らし合わせ、その戦略意義やビジネス上の価値を理解させます。自社の説明だけを聞いても他社との違い、世の中の動向の中での位置づけが分からないままでは、お客様に対する説得力は限られます。これを補強する必要があります。
人月積算のビジネスが厳しくなる中、エンジニアの役割も変わらなくてはなりません。こちらについてもいずれまとめようと思います。また、同時に「営業」の役割も変わらなくてはなりません。むしろ、営業という商品が差別化の武器になる時代を迎えつつあります。そのための取り組みに真剣に向き合う意味でも、営業新人の育成に真剣に向き合うべきではないでしょうか。
【ご参考まで】個々にご紹介した研修コンテンツの一部は、こちらからダウンロードできます。なお、来期の新人を迎えるまでに徐々にコンテンツを増やしてゆこうと思いますので、よろしければご利用ください。
*募集中* ITソリューション塾【第18期】
2015年2月4日(水)より開講するITソリューション塾【第18期】の募集を開始致しました。既に、定員80名に対して半分ほどのお申し込み、参加意向のご連絡を頂きました。ありがとうございました。
第18期では、テクノロジーやビジネスに関する最新のトレンドに加え、提案やビジネス戦略・新規事業開発などについても考えてゆこうと思っています。また、アジャイル開発でSIビジネスをリメイクした実践事例、クラウド時代のセキュリティとガバナンスについては、それぞれの現場の第一線で活躍される講師をお招きし、生々しくそのノウハウをご紹介頂く予定です。
ご検討ください。
詳しくはこちらをご覧下さい。また、パンフレットもこちらからダウンロードできます。
「ITトレンド」を解説するブログを始めました!毎日更新しています。
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