「人材が手当てできない言い訳が使えるうちに、優秀な人材を新規事業の取り組みに回したらどうですか?」
先日、SI事業者の社長にこんな話をしてみました。
「今の特需が長続きするとは思えません。早晩需要は急減するでしょう。そうなってしまうと、優秀な人材しか、お客様は受け入れてくれません。そのときに次の仕事のために彼らを使おうと思っても使えませんよ。しかも、キャッシュフローは厳しくなっているでしょうから、追い詰められて仕事をしなきゃいけない。失敗が赦されない状況での新規事業はうまくゆきません。この時期を逃すべきではないと思います。」
需要があるうちに稼いでおこうという考えが間違っているなどと申し上げるつもりはありません。企業が生き延びてゆくためには、必要なことだと思っています。ただ、その一方で、ビジネスのよりどころであるITのトレンドは、今の需要とは異なるパラダイムにシフトし始めていることも忘れてはいけないのです。
例えば、IoTについて、次のような予測が述べられています。
「国内IoT市場の売上規模は2013年~2018年の年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)13.7%で成長し、2018年にはほぼ倍増の21兆1,240億円に達すると予測(2014年8月7日/IDC Japan株式会社)」
その一方で、ITサービス市場全体の成長は、ほとんど期待できません。
「2014年以降も成長が期待されるものの、そのペースは極めて緩やか。2013年~2018年の年間平均成長率は1.3%にとどまる(2014年2月18日/IDC Japan株式会社)」
目先の需要とITトレンドは、異なる位相で変化していることが分かります。IoTばかりではなく、ロボットや機械学習・人工知能なども大きな成長が期待される領域です。
変化のない時代など、これまでもありませんでした。企業は、それに適応し続けてきたのです。ただ、今IT業界で起こりつつある変化は、次の3点でこれまでとは異質であると思っています。
ひとつは、ユーザー企業が独自主義からの脱却を模索しているという変化です。
「ユーザー企業における情報システムが、“IT企業に発注して開発するもの”から“サービスを選択して利用するもの”へと変化しているのに対して、IT企業が必ずしもこの変化に対応していない(IPAの「IT人材白書2014」のプレスリリース)」
これまでにも増してスピードが求められる時代になり、また、予算の頭が抑えられている中で、何とかやりくりをしなければなりません。このような状況に対応しようとすれば、全てを独自の仕様というわけにはゆかないでしょう。
二つ目は、生産年齢人口の減少です。
「2010年には8000万人以上の生産年齢人口は、2030年に6700万人ほどになり、「生産年齢人口率」は63.8%(2010年)から58.1%(2030年)に下がる。つまり、人口の減少以上に、生産年齢人口が大幅に減るのである。(国内人口推移が、2030年の「働く」にどのような影響を及ぼすか)」
直近の5年間(2015〜2020)をみると、7682万人から7341万人、341万人の生産年齢人口が減少するとされています。この数字は、同時期の総人口の減少が、250万人の減少であることを考えると、それを上回る勢いで、生産年齢人口の減少がすすむことになります。(参照:内閣府・平成25年版 高齢社会白書)。
この現実は、人を増やすことで、売上と利益を増やし、企業を成長させる「人数×単金×期間」の収益構造が、成り立たなくなることを示唆しています。さらにこの事態に追い打ちをかけるであろうと心配しているのが、SI事業者におけるエンジニアの満足度低下です。
3Kあるいは7Kと言われて久しいこの業界にあって、エンジニアは、長い労働時間への負担と将来への不安を感じているようです。
「IT人材の7割以上が将来キャリアへの不安を持ち、特に新しい技術やスキルの習得、現在自ら持つ技術やスキルの普遍性について危惧している(IT人材白書2012)」
このような状況がつづくのであれば、生産年齢人口の減少以上に、この業界での人材不足が加速することが懸念されます。そうなると、「人を増やして売上や利益を拡大する」という収益構造の根本が崩れてしまいます。
最後は、意志決定者のシフトです。
2000年、ITへの支出の80%はIT部門によるものでしたが、2019年には、その比率は20%にまで減少するだろうとガートナーは予測しています。
今や、ビジネスのあらゆる場面にITが浸透し、ビジネスの成長を支えるものとなっています。この認識は、経営者や業務部門の人たちにも広く浸透し始めています。こういうユーザーの立場にある人たちが、ITに関わる意思決定に大きな影響力を持ち始めているのです。
ユーザー部門や経営者は、「テクノロジーソリューション」に興味はありません。サーバーの機種や性能、ネットワークの構成、開発の手法など、どうでもいい話です。そこにどんなに優れたスキルやノウハウがあっても、関心を持ちません。
彼らが興味を持つのは「ビジネスソリューション」、つまり売上や利益に貢献することです。ビジネスモデルや業務・経営のプロセスに関わる戦略や施策です。そのような話題に見識を示し、ITを活かしたビジネスプロセスの改善や変革を提案できなければ、SI事業者は、存在意義を示すことはできないでしょう。
また、彼らは投資に対する成果に興味があります。「これだけ工数がかかったので、これだけ下さい」、「この性能なら妥当な金額ですよ」といった説得は通用しないでしょう。
美味しいラーメンに満足し、その満足に対して対価を支払っても、それを作るためにかけた手間や時間に、対価を支払うことはないのと同じです。
こうなると、これまでの顧客を変えなくてはなりません。また、収益を上げるための仕組みも変革を迫られることになります。
これらの変化に対処するためには、新規事業を模索することです。そのために考慮すべきことについて3つほどあげておきたいと思います。
ひとつは、需要のあるところにビジネス・チャンスを求めることです。当たり前のことを言っているようですが、これができていない企業がすくなくありません。新規事業を考える時に、「今自分達が持っているスキルや体制で何ができるか」を考えているのです。できることの延長線で新しいビジネスを考えても決してうまくはゆきません。需要があるところ、あるいは、需要が大きく伸びているところはどこかを考え、そこに新しいビジネスをもとめなければ、独りよがりの自己満足だけの新規事業になってしまいます。これでは、収益の拡大は見込めません。
「何ができるか」ではなく、「何をすべきか」を考えることです。そして、今のスキルや事業資産とのギャップを埋める手立てを考えることです。
そういう視点から見るとIoTは大変魅力的な市場に見えます。これについては、こちらのブログ「IoTをポストSIビジネスのシナリオに組み込むためにはどうすれば良いのか」に詳しく書きましたので、よろしければご覧下さい。
二つ目は、新規事業開発のための専任者を置くことです。本業で稼げと予算を持たせ、おまえは優秀だからと新規事業開発プロジェクトにも参加を求めても、どれだけ、新規事業の開発に時間や気持ちを投入できるでしょうか。
親に良い学校に行けと言われ受験勉強に余念がない学生に、勉強だけでは人間性が育たないからと嫌々参加させられたクラブ活動のようなもので、優秀な成果を上げることなどできません。
三つ目は、ITビジネスを工数ビジネスではなく、知識ビジネスとして再定義することでしょう。付加価値を生みだす源泉は、知識にあります。IoTであれ、人工知能であれ、そこにどのような価値を見出し、お客様のビジネスに適用してゆくかは、知識なくしてできません。これについては、先週のブログでも詳しく述べましたのでよろしければご覧下さい。
いずれにせよ、変化への対処は、次のトレンドにうまく乗るための新規事業を見つけることなのです。
そのためには、「ゴールを決める」ことから、始めなくてはなりません。現状から始めようとすると、様々な限界が発想を狭めてしまいます。スタートはスモールでも、ゴールが定まっていれば、対処の方法も見いだせます。ゴールが決まっていなければ、行き止まりにぶつかったとき、次の手立てが見いだせないままに、長い時間を費やしてしまうかもしれません。
「この時期を逃すべきではない。」
やはりそう思います。
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