「なんで、俺たちが、そんなことしなきゃいけなんですか?」
ある社内プロジェクト会議で、ベテランのエンジニアが、営業の責任者にかみついていました。
なんとしても数字を挙げたい営業が、本来かかるであろう金額の2/3程度を提示し請負案件で受注したのだそうです。新規のお客様でもあり、今後の受注も期待できると踏んで、勝負をかけたとのことでした。しかし、蓋を開けてみると、いろいろと問題があることが分かりました。
まず、ひとつは、金額積算に当たって、お客様と合意をとらないままに、「ここまでは、お客様にやってもらおう」という前提の下で、工数減らしたのだそうです。お客様が、こちらの都合の良いように行動してくれるという前提ありきの見積です。そんなことなどありえません。
本来であれば、「最悪のケースを想定し全部を自分達がこなしたらどうなるか」という前提で見積り、その上でコストを下げるためにどうすれば良いかをお客様と議論し、合意を積み重ねてゆくべきところです。しかし、「新規のお客様だから」という変な遠慮で、そういう当たり前を行わなかったのだそうです。
もうひとつは、要件定義に関わるエンジニアのコミュニケーション能力やネゴシエーションの能力の欠如です。
このプロジェクトは、既存システムからの刷新ですから、これまでのやり方を大幅に変えたいというお客様の意向があります。ですから、お客様の要件もぶれますし、簡単には決められません。ならば、ああしてはどうか、こうしてはどうかと、お客様に提案し、お客様と一緒になって要件を固めてゆけばいいのですが、それができません。
「言われたことはちゃんとやってくれるが、なんでもっと提案してくれないんだ!」
お客様もほとほと困り果ててしまい、信頼を得ることさえできない有様です。結果として、当初の見積では、5人で3か月くらいと見積っていた要件定義でしたが、結局は10人を投入し5か月を経てもめどかたたないままとなっていました。
また、営業が受注以降、お客様との進捗ミーティングに呼ばれることはなく、開発部門だけでプロジェクトを進めてきました。この会社は、受注以降は開発部門が一切の責任を負うことになっており、「営業は、案件を取ってきてくれればいい。デリバリーには、余計な口出しはしなくていいから。」という空気があります。本音を言えば、「やりたいようにやらせてくれ」ということなのでしょう。しかし、それはスキルが高いからではなく、スキルがないことに気付かれないためなのかもしれません。
しかし、何かトラブルが起こると、「こんな案件を取ってきた営業が悪い」と、なります。「もっと早く言ってくれれば、お客様とも話ができたのに」と営業が文句を言っても、後の祭りです。なんとも、ギスギスした関係が両者にあり、タイムリーなコミュニケーションもできません。
冒頭の言葉は、そんな文脈の中での発言です。
営業が悪い、エンジニアが悪い、会社が悪い、いくらでも理由は挙げられるでしょう。しかし、根本的な問題は、「お客様のため」という目的意識が共有できていないことにあるのではないでしょうか。
「お客様の立場」という言葉が、この会社の社是や経営理念に書かれています。しかし、現場は、数字や工数など内向きな対応に翻弄され、「お客様の立場」を考える余裕がないようです。トラブルへの対処も、結局は、社内の不満を沈めるためであり、お客様のためではないのです。
「意識改革を図りたい。営業やエンジニアの顧客応対スキルを伸ばしたい。そんな研修をしてもらえないだろうか。」
こういう会社から、こんなご相談いだくことがあります。しかし、お客様のために少しでも良い仕事をしようという意識と意欲を育む環境がないままに、いくら研修など行っても、使い道のないスキルや知識が定着することはありません。
こういう現実を抱えている企業に共通している問題点は、お客様に責任を持つ唯一の責任者が存在しないことです。特に、営業の存在感が低く、責任者としてのミッションを与えられていない場合、このような状況になることが多いように感じます。この会社も、まさにそういう会社でした。
このような会社でよく見掛けるタイプの営業ですが、エンジニアに言われれば、分かりましたとそれに従い、お客様に依頼されれば、「喜んで!」と何でも引き受けてしまうことも多く、お客様やプロジェクトを自らが責任を持ってマネージできていない、いや、しようとしないのです。
提案と言っても、依頼されたことへの提案しかしません。こちらから「仕掛けてゆく」ことは、できるだけしないようにしているようにも見えます。その背景には、金額の交渉や契約手続き、トラブルへの対処など、ストレスのかかる仕事で十分に忙しいので、自ら仕事を増やしたくないという本音があるのかもしれません。
しかし、これを営業個々人の意識やモラルの問題とは言い切ることはできません。営業にそういう役割を期待せず、そのためのスキルを育てることもしていないのですから、「そんな営業では困る」と嘆いてみても無理な話です。
このような事態を改善するために、「アカウント営業」を選任し、彼らにお客様やプロジェクトに対する責任と権限を与えるというのは、ひとつの解決策となるかもしれません。もちろん、それに報いる評価制度を用意することも必要です。
お客様にとっての唯一の窓口となり、プロジェクトの進捗にも責任を持たせます。PMは、デリバリーに責任を持ち、アカウント営業は、ビジネスとお客様に責任を持ちます。PMは、担当するプロジェクトについてはアカウント営業がレポートラインになります。営業はそのことを自覚し、お客様やPMとの信頼関係を築かなければなりません。そして、それぞれの相談事に真摯に耳を傾け、彼らを支えるという自覚と行動が必要になるでしょう。また、予算については、アカウント営業が一切の責任を負います。案件の開拓やコスト、お客様満足度の管理にも責任を負います。
アカウント営業に、お客様毎の、あるいはプロジェクト毎の総責任者として、役割を与えるのです。そのようにすれば、自覚も生まれ、行動も変わるはずです。お客様にも安心感を与えられるようになり、信頼感を醸成することになるはずです。
「簡単なことではない!」、「うちでは無理!」、「そんなことができる人材はいない!」・・・
こんなコメントが返ってきそうですが、「お客様の立場」を大切にしたいのであれば、「お客様の立場」に責任を持つ専任者を持たなくては無理だと思うのです。
精神論として、「お客様の立場」を唱えても、「お客様の立場」を尊重した仕事などできません。責任の所在を明らかにし、そのための動機付けを与え、必要なスキルを育成しなければ、無理なのです。
冒頭の「なんで、俺たちが、そんなことしなきゃいけなんですか?」という言葉に、「お客様のためにだからです!」と自信を持って言い切れる人を持つことです。
アカウント営業を持つことが、唯一の方法だとは言いません。営業のいない会社であれば、PMがそれを担ってもいいでしょう。いずれにしても、“「お客様の立場」責任者”を持つことを考えてみてはどうでしょう。不毛な軋轢と意欲の低下を招かないためにも、そして、お客様に信頼されるためにも、取り組まれてみてはどうでしょうか。
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〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
工数で見積もりする一方で,納期と完成の責任を負わされるシステムインテグレーションの限界がかつてないほど叫ばれる今,システムインテグレーターはこれからどのように変わっていくべきか?そんなテーマで考えてみました。