「SI業界はマーケティングの概念が弱い!」
SI事業者で営業として活躍している友人が、Facebookにこんな投稿をしていました。私も全く同感です。しかし、そこにはそうなった事情があります。
SI事業者は、これまでマーケティングという概念を意識する機会が無かったのだと思っています。
かつて、顧客企業は、コスト効率を高めるためにシステム開発や構築、運用管理などの業務をアウトソーシングする割合を高めてゆきました。そのため、顧客企業の要望に誠実に取り組み、必要な成果を上げていれば、需要は拡大しリピートも期待できたのです。加えて、顧客企業の成長は、ITの需要を拡大させました。これもまた、SI事業者への需要拡大を後押しするものになっていったのです。
顧客企業側も需要の拡大で要員不足を招かないためにあえて競争を避け、棲み分けによりSI事業者の要員を囲い込むようになってゆきました。また、顧客企業のIT部門の担当者が短期間で異動する一方で、SI事業者はひとつのシステムを長期間にわたり継続的に担当することも多く、かれらの存在無くしてシステムを維持することができない状況にもなっていったのです。
このような相互依存の関係が長く続いた結果、「売るための努力」は、「誠実に仕事をすること」であり、「迅速にトラブルに対応し、無茶な要望にもできる限り応えること」と同じ意味を持つようになっていったのです。
つまり、このような対応は、個人力に頼るものであり、組織的な取り組みとしての「ビジネスを創り出す仕組み」であるマーケティングに頼る必要など無かったのです。
しかし、リーマンショックがひとつのきっかけとなり、その構図が変わり始めたように思います。開発や構築の需要は一気に冷え込みました。コスト削減は当然の要請となりました。結果として、供給は需要を上回り、棲み分けの根拠も希薄になり、顧客企業は、競合によってさらなるコスト削減を模索し始めたのです。
その後、一旦景気回復の局面も訪れましたが、東日本大震災や急激な円高により経営の先行きが不透明になる中、IT投資も慎重になり、需要は低迷していったのです。
また、オフショアやクラウドなど、これまでとは異なるITリソースの調達や利用形態の出現により、これまでの人月単価積算の収益構造を脅かし始めました。そんな中で、新規顧客の開拓やビジネスの開発に関心が持たれるようになりました。
しかし、新規顧客の開拓は営業の役割であるという、個人力を頼るやり方を変えようとしませんでした。また、稼働率が下がる中、ベテランのエンジニアなら「仕事も知っているし、お客様との関係作りも知っているから」という理由で営業に起用し、顧客の開拓を任せたりもしていました。しかし、そもそもの需要が低迷し、既存の仕事は知っていても、新たなアイデアも無いままに新規顧客の開拓など容易なことではありません。
また、新規ビジネスへの取り組みについても、既存業務を持ちながら、自分の業績評価とは無関係なクラブ活動的プロジェクトも少なくなかったようです。明確なマイルストーンやKPIの設定も無いままに、かれらの自助努力を期待していたわけですから、成果など上がるはずもありません。
そしていま、再び需要が拡大し始めています。リーマンショックや東日本大震災で先延ばしにされていたプロジェクトの再始動、みずほ銀行のシステム刷新、番号制度(マイナンバー)対応など、案件が集中している事が背景にあります。それに伴い、単金も上昇傾向にあります。
新規顧客の開拓、新しいビジネスの開発は、結局先送りにされ、再び人月を稼ぐことに人材が振り向けられています。
しかし、このような状況が長続きするとは考えにくい状況であることも確かです。2015年に必要工数は集中的に拡大する一方で、その後に急減すると予想されています。「2015年問題」と呼ばれるこの問題は、また再び同じ問題を顕在化させるでしょう。それ加えて、クラウド、オフショア、高速開発などの新たな代替手段の普及、また、ITの戦略的価値を推し進めようとする企業の拡大により、内製とアウトソーシングとの棲み分けに新たな基準が設けられるようになるでしょう。
このような変化の中で情報システム部門の存在意義も問われ始めています。そうなれば、これまで同様の人月積算を前提としたビジネス・スキームは通用しなくなるでしょう。ユーザー部門が意志決定に大きく関与するようになれば、成果への対価がますます重要視されるようになり、「これだけかかったからその工数分をお支払い下さい」は、なかなか受け入れられないようになるかもしれません。
受託開発が無くなることはないにしても、代替手段との競合や収益を上げるお作法が変わることを考えておかなければなりません。
そこで必要となるのがマーケティングです。
マーケティングについて、アメリカ・マーケティング協会(AMA)は次のような定義を行っています。
「マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。」
また、著名なマーケティングの研究者であるフィリップ・コトラーはつぎのように定義しています。
「マーケティングとは、製品と価値を生み出して他者と交換することによって、個人や団体が必要なものや欲しいものを手に入れるために利用する社会上・経営上のプロセス」
この両者に共通する部分を次のようにまとめてみました。
「価値の提供、その対価としての売上、それを結びつけるプロセス」
顧客が求める価値は、工数から成果へと変わってゆくでしょう。そうなれば、対価の考え方も変わるはずです。当然、それを結びつけるプロセスも変わります。
お客様に価値の存在を知らしめ、それを収益拡大に結びつけるための対外的、社内的な一連の取り組みや体制、実行者のモチベーションを上げるための評価制度や目標設定、収益構造や事業形態など、様々な仕組みを変えてゆかなければなりません。
つまり、マーケティングとはSI事業者にとって、事業転換への取り組みに匹敵する言葉と言えるかもしれません。少々、拡大解釈と言われるかもしれませんが、それほどの覚悟が必要なことだろうと思っています。
マーケティングを広告宣伝と同一し、セールスと区別されないままに顧客の拡大を営業の個人力に任せ、新規事業の開発を自助努力に期待する経営者や経営幹部がいるとすれば、改めてマーケティングの意味を真摯に問い、向き合う必要があるでしょう。
クレイトン・クリスチャンセン氏は、自著「イノベーション・オブ・ライフ」の中で、新規事業が成功している企業について、次のように語っています。
「成功した企業は、最初から正しい戦略を持っていたから成功したわけではない。むしろ成功できたのは、当初の戦略が失敗した後もまだ資金が残っていたために、方向転換して別の手法を試すことができたからだ。」
つまり、成功するまで何度も試し、成功するまで資金が続いた企業が成功したのだと説いているのです。
2015年を迎え、急激に需要が低迷したとき、もともと利益率の低いSI事業者は資金的余力を一気に失うことになるでしょう。そうなれば、早急に成果を求められることになり、試行錯誤を繰り返すことなどできません。
需要が伸びているこの時期だからこそ、資金的余力も生まれています。このタイミングを逃すべきではありません。「マーケティング」、すなわち新たな「売るための仕組み作り」に向き合うべきは、今をおいてないように思うのです。
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- ベトナムで考えた「ハイレベル」という仕事との向き合い方
- 混沌とエネルギーに満ちあふれたベトナム・ビジネスの今を垣間見る
「システムインテグレーション崩壊」
〜これからSIerはどう生き残ればいいか?
*6月5日出版しました。
- 国内の需要は先行き不透明。
- 案件の規模は縮小の一途。
- 単価が下落するばかり。
- クラウドの登場で迫られるビジネスモデルの変革。
工数で見積もりする一方で,納期と完成の責任を負わされるシステムインテグレーションの限界がかつてないほど叫ばれる今,システムインテグレーターはこれからどのように変わっていくべきか?そんなテーマで考えてみました。
ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/ LiBRA